小さな村から考える市町村合併の押し付け

奈良県山添村議 奥谷和夫

はじめに

 18歳で大阪に出て、15年前に郷里の山添村に帰ってきました。ずっと村に住み続けている人の多くは「村には何もない」といいます。私も、大阪に出るまではそう思っていました。でも、何年かをおいて再び同じ村に帰ってくると感じ方が異なります。何もないどころか、村には美しい自然環境やおいしい水、そして何よりも地域を支える勤勉な住民という、さまざまな財産が満ちあふれています。

 いま、全国の市町村で「平成の大合併」の嵐が吹いています。三千二百の市町村を千以下にするという自民党。一万人以下の市町村の存在すら否定しようとする地方制度調査会の「西尾私案」の脅しに、小さな市町村の首長や議員が、そして住民までもが浮き足立っています。小さいことが何か罪であるかのようにいわれ、合併をせきたてられています。

 一万人以下の小さな町村は、奈良県下の四十七自治体のなかで過半数の二十四自治体を占めています。面積ではなんと七一%にもなります。そういう点では、県政上の重大問題です。にもかかわらず、まるでジグソーパズルを組み合わせるように、県が合併の組み合わせモデルを提案しています。県内の大半の自治体では、首長が「合併ありき」「合併はやむをえない」と十分な検討もされずに進められようとしています。

 小さい村に多額の地方交付税が使われている。都市の住民の税金が非効率的に使われ、都市住民の暮らしを圧迫している。だから、市町村合併をすすめる必要がある。マスメディアも無批判にこうした情報をたれながしています。

 人口4800人の小さな村にすむものからみた村の実情と小規模市町村が果たしている役割、市町村合併の問題点がこの連載のテーマです。

「自主的」という名の実体

 住民が自ら自治体の問題に関心を持ち、自治体の規模が小さすぎる。だから合併をするということなら、それは地方自治のうえではよいことかもしれません。

 しかし、現実の市町村合併の動きはそうではありません。合併特例法は、二〇〇五年三月末までに合併すれば「お金もあげます。借金もできます。だから今のうちですよ」とこんな具合に「自主的に」合併が進むように国や都道府県の後押しで進められています。

九九年に地方分権一括法が決められ、その一環としての合併特例法も改正、市町村合併の押し付けが本格的にはじまり、促進のためのさまざまな施策が拡充されました。主なものは地方交付税の算定特例(合併による交付税減を緩和する特例)を五年から十年に延長すること。合併特例債(建設事業を中心に返済額の七〇%を交付税で措置)の創設などです。そして同年八月に自治省(当時)は「市町村合併の推進についての指針」を各都道府県に通知しました。

奈良県は、〇〇年の十二月に「奈良県市町村合併推進要綱」を策定、公表し、市町村の組合せの基本的なパターンを例示しました。

しかし、この当時の住民の意識は積極的に「合併」に賛成する住民は少数でした。

市町村合併の是非について、〇〇年に月ヶ瀬村が住民アンケートを実施しています。結果は「合併は必要」が26.1%、「合併は必要ない」が47.8%でした。(広報月ヶ瀬平成十二年十一月一〇日号)県内の多くの町村も同じような傾向でした。

こうした状況を打開するために、県は各市町村に講師を派遣。また、奈良新聞をはじめとした地方紙も巻き込み、合併の促進をはかっています。

山添村では、〇一年七月に役場管理職を対象に、県の市町村課主幹を講師にした研修会がもたれ、〇一年一〇月に、村議会に市町村合併対策特別委員会が設置。その後も、県市町村課主幹などを講師に研修会が繰り返しもたれています。そして、〇一年十二月から「広報山添」で市町村合併を推し進めるための特集が連載されます。また、住民の十分な理解がないままの抽出アンケートの実施がされ、〇二年九月からは保育園別懇談会、各大字別懇談会がもたれました。

 各種の研修会や講演会の特徴は、一部の例外を除いて講師が合併推進を唱えるひとばかりということです。しかも、合併に慎重な態度をとる講師には県の補助を受けている山添、都祁、月ヶ瀬三村の「合併研究会」の予算の支出は認めないという実態です。「自主的」な市町村合併の名が泣きます。

地方交付税という兵糧

 共同通信社が一昨年末に、全国の3253人の首長から市町村合併についてのアンケートを実施しています。

合併を首長が「具体的に検討中」が64%、「個人的に考えている」が22%となっています。人口の少ない町村ほど合併協議会や研究会を設置するなど「具体的検討」をすすめており、それは六割をこえています。しかし、「地域活性化のための必要な重要施策」に対して「合併」をあげたのはわずか6%でした。(奈良新聞02年1月1日付け)

合併で地域が活性化するということは、合併を推進している首長でもほとんど思っていないことが明らかです。

「金がないから。本音はだれも合併したいなんて思っちゃいない」と語るのはある自治体幹部。(朝日新聞03年5月23日付け)これが本音ではないでしょうか。

町村を合併に追い込んでいるのは、国などの「押し付け」とともに、現実に進められている地方交付税の削減など自治体財政への兵糧攻めです。

 山添村の場合、地方交付税額の推移は表のようになっています。同村の場合は00年をピークに交付税は減り続けています。この数字だけを見ると、交付税が大幅に減っているように見えます。

しかし、これにはからくりがあります。国が本来、地方交付税として交付しなければならない額のうち、地方交付税特別会計の借入金で対応してきた財源不足分について、半額を臨時財政対策債として交付しているのです。その返済額は全額地方交付税で措置されることになっています。実際の自治体への交付税額の推移は、地方交付税と臨時財政対策債の合計額で見る必要があります。そうすると、確かに減ってはいるが、その額は「合併しかない」というほどの額ではないことがわかります。

 それを理解しないで、あるいは意図的に無視して名目上の「地方交付税額」だけをとりあげて、「合併ありき」というのは、住民を欺くものです。

「合併の必要性」検討すれば

 奈良県は、市町村合併の必要性について、どのように言っているでしょうか。県が発行しているパンフレットから見てみましょう。01年5月発行のパンフでは、�@日常生活圏の広がり�A行政ニーズの高度化・多様化�B地方分権の推進と自主的・主体的な地域づくり、の三点が掲げられています。02年3月発行のパンフでもこの点は変わっていません。

市町村では、多少自治体の状況などを加えていますが、「合併の必要性」の基本はこの三点をあげています。

合併のメリットとしては、�@日常生活圏に対応した行政展開が可能となる�A行政サービスの高度化・多様化を図ることができる�B市町村の行財政基盤を強化することができる、の三点をあげています。これらは、必要性と表裏一体のものです。

県や自治体は、これらを当然のこととして説明していますが、一つひとつについて十分検証されているとは思えません。次に、これらの各々の問題について検討したいと思います。

「日常生活圏の広がり」の根拠として、交通や情報通信手段の発達をあげています。しかし、山添村が合併の検討対象としている奈良市や天理市へ直接行ける鉄道はありません。バスも一部地域しか通っていません。いま、新たに三重交通がバス路線の廃止を通告してきています。いまあるバスもいつ廃止をされるかわかりません。そのために、村がお金を出して代替バスや福祉バス、スクールバスを運行し、かろうじて村民の足を守っているのです。こんなところで、村がなくなればどうなるでしょうか。

ちなみに、私の家から奈良市や天理市に行くには、いったんバスで三重県の名張市まで出て、それから電車で二回乗り換えないと、それぞれの市役所に着きません。一日仕事です。それでも一応市役所まで行ける地域はまだ良いほうです。村の人口約4800人、うち免許所有者は3225人です。免許のない人、運転できない人はどうなるでしょうか。

車に乗れる人の日常生活圏は広がったかも知れません。でも、バス路線が次々と廃止をされた現状では、それ以外の人にとっては「昭和の大合併」時よりかえって交通は不便になっています。

 情報通信手段の発達も、「デジタルデバイド」という言葉が象徴しているように、本当にパソコンなどを使いこなせていると言える人がいるでしょうか。こんな状況で、「だから市町村合併」と自信をもって言えますか。

合併で少子化解決できる?

 奈良県は、市町村合併の必要性について、�@日常生活圏の広がり�A行政ニーズの高度化・多様化�B地方分権の推進と自主的・主体的な地域づくり、の三点を掲げています。今回は、�Aの「行政ニーズの高度化・多様化」について検討してみます。

ここでは、「少子・高齢化、環境保全対策など新たな課題への対処」があげられています。

 「高齢化」そのものは、これまでの人類の願いであった長寿の実現であり、めでたいことではないでしょうか。私たちの村も「敬老会」などの行事をおこない祝っています。どこの自治体も同様です。悲しむべきことではありません。

問題は少子化です。しかし、合併でこの問題が解決できるでしょうか。

一人の女性が生涯に生む子どもの数を、統計上で表したものを「合計特殊出生率」といいます。99年の統計で、全国平均が1.34、東京は1.03、大阪は1.28となっており、少子化の進行は、農村より大都市で進んでいることがわかります。合併により都市化すればかえって少子化が進行しかねません。

山間部の小さな村では、自治体内の最大の事業所が役場になっています。山添村でも、役場関係職員が約120名で、最大の事業所となっています。合併は、若者の最大の就職先である役場そのものをなくすか、少なくとも大幅に人員を減らすことになります。そういう村に若者は住めなくなり、少子化にさらに拍車をかけることになるのではないでしょうか。

ダイオキシン対策など環境保全対策が合併の理由になっているのは、ごみ問題にとりくんできたものとして理解できません。

国は、ダイオキシン対策として、確かに焼却炉の大型化、広域化を進めています。このことで「ゴミが足りなくなって、何でも焼却するようになった」などと環境保全に逆行する事態もすすんでいます。また、輸送にかかるコストやそれに伴う環境への影響も軽視できません。ダイオキシンの削減のためには、発生のもととなるゴミをつくらないことや燃やさないことが基本です。小規模な焼却炉でも燃焼管理などでダイオキシンを大幅削減している施設もあります。

同時に、全国でもダイオキシン対策で最先端をいっているのは、川辺町などの小さな自治体です。奈良県でも、水源地への産廃処分場や不法投棄に反対する運動は小さな自治体からはじまりました。水道水源保護条例の制定は、室生村や山添村がその先頭にたちました。合併をしないから、小さいからできないのでなく、やる気がないからできないだけではないでしょうか。合併の必要性に環境保全を掲げるのは他に適当な理由がないから使っているだけで、それで環境が守られる保障はありません。

真の地方分権の推進とは

 市町村合併の必要性について、「地方分権の推進と自主的・主体的な地域づくり」が第三の理由として掲げられています。

 奈良県が市町村合併の理由として掲げている三点のうち、最も住民が理解し難いのがこの理由付けです。個々の市町村が責任を持って住民にサービスできるように自立を求めているのに、規模が小さいとそれができないというのです。

 「地方分権」というのは、基礎的な自治体の権限が強化されることです。「地方分権の受け皿として力をつけるために合併」というのでは本末転倒ではないでしょうか。

「地方分権」というのなら、その前提として、まず市町村合併の押し付けをやめ、自治体の規模の大小も含めてその地域の住民にまかせることが不可欠です。ところが、国や県は逆に、それをテコにして、市町村合併を推し進めようとしています。

山添村では、神野山の中腹への産廃処理施設建設が問題になったときに、地元北野区の要請にもとづいて、村をあげて住民運動を行ない、この計画をストップさせました。人口5000人弱の村で10万人を超える反対署名を集め、それが議会を動かし、村を動かしました。

同じように、産廃処分場問題がおきていている奈良市東部地域でも、それぞれの自治会では、産廃処分場の設置や拡張に反対しています。ところが、これが全市的な運動には、なかなか広がりません。やはり、自治体の規模が大きすぎることが、市政への住民の参加を妨げる一つの要因になっているのではないでしょうか。

98年に三郷町で同和住宅の不正問題に関わって町長リコールの運動がとりくまれ、成立をすることが確実となった時点で町長が辞職しました。このように、小規模な市町村ほど直接請求や住民運動などが取り組みやすいのではないでしょうか。

図表を見ていただくとわかるように、首長の解職や議会の解職署名の法定数達成は人口3万人ぐらいまでの小規模な自治体が多いことがわかります。図表では30万人の人口を超える自治体では皆無となっています。「自主的・主体的な地域づくり」を考えても、「合併」すすめるよりも小規模な市町村のままでいく方が、その可能性が広がるのではないでしょうか。

農協の合併で透けてみえるもの

奈良県内の農協の合併を一つの例として、 市町村合併がもたらす問題点を探って見ましょう。

98年に県下の農協が一つに合併しました。合併前に2581人いた職員は、現在2130人に減っています。全体として職員数が減っています。しかし、この減り方は一律ではありません。

山添村では、旧村単位で三つの農協がありました。これを89年に一つに合併し、山添村農協となりました。そして、全県的な合併前には役員を含め69人の職員がいました。これが県単一の農協となって36人に激減しました。

しかし、それでとどまったわけではありません。儲かるガソリンスタンドは別会社となりました。さらにリストラが進み、現在は24人にも減っているのです。全県的な職員数減と比べても減り方が極端です。中心部と周辺部との地域格差は歴然としています。

私の地元岩屋地区では、合併前に農協の「岩屋事業所」が置かれていました。ここでは、預貯金の出し入れ、食料品や日用品の販売、購買、そして、地域のお年寄りの憩いの場ともなっていました。この「事業所」の運営は、合併後もしばらくは続きましたが、数年後に廃止となりました。住民の反対の声によって、支店職員の出張による経過措置がとられましたが、現在はそれも廃止の危機にあります。

県の合併パンフでは、「市町村合併によって、困ることはないのでしょうか?」と、住民の疑問を「親切」にとりあげ、それに対する「回答」も載せています。

�@合併後の中心部と周辺部との地域格差が生じませんか?

�A住民の意見が反映されにくくなりませんか?

�B行政サービスの水準が低下しませんか?

などの疑問点です。

これに対して、合併パンフは、「合併協議会」において「市町村建設計画」がつくられ、「合併後の市町村の均衡ある発展が図られるよう配慮」する。住民の声は「地域審議会」で反映され、「きめ細かな行政サービスを展開することが可能」。「合併後は、住民の負担は低い水準に、福祉などのサービスは高い水準に」と述べています。

合併した市町村の現状は

農協合併の現実は、パンフが述べるような楽観的な予想を無残にも打ち破るものです。しかし、農協の合併は農業や金融などの一分野の合併にすぎません。市町村合併がもたらすものは、村民の全生活にかかわり、村民の暮らしの基盤さえ破壊しかねない大きな影響をもたらすことは疑いありません。山間部の小さな自治体の合併後の将来像が、農協合併の姿から透けて見えませんか。

 農協合併後の職員数の推移のなかに、住民が心配している「合併したら、周辺部がさびれるのではないか」という現実があらわれているというのが前回のお話でした。

 合併した市町村の実際はどうでしょうか。合併のモデル都市兵庫県篠山市を見てみましょう。

同市は、99年4月に篠山町、西紀町、丹南町、今田町と合併とてできた市です。支所別職員数の変化を見ると、周辺部の旧西紀町が合併前に74人いた職員が01年で9人に。旧今田町が66人が9人。旧丹南町は169人が21人(うち水道5人)になっています。

 兵庫県の外郭団体「21世紀ひょうご創造協会」が00年9月に実施した合併についての調査報告書があります。「合併後の市民生活への影響」について、合併後の市役所のある旧篠山町の中心部では、不安や不満が少ないとし、これに対し、「西紀、丹南、今田の旧三町からは不満の不安の声が聞かれた」、「なかでも西紀北、今田などの周辺部での不安は大きい。その内容は、支所機能の低下と、行政サービスの低下である」と厳しく指摘しています。(「議会と自治体」02年1月号「合併してどうなったか」より)ここに合併後の冷厳な現実があらわれています。

月ヶ瀬村や都祁村では、奈良市との合併に向けて任意協議会が立ち上げられています。「大きな市になれば、財政も豊かだから」と、こう思いがちです。そういう発想から、「どうせ合併するなら奈良市へ」という声が山添村内でもでています。

 仮に、合併して中心部と周辺部に地域格差が生じないという前提で、次に奈良市との合併のケースを考えてみましょう。

普通会計歳出決算総額を総人口で割ると、住民一人当たりの財政規模、一人当たり自治体が使った金額がでます。奈良市は30万8千円、これに対して、月ヶ瀬村は92万2千円、山添村は83万7千円、都祁村は54万9千円となっています。(00年度決算より)

月ヶ瀬村の村民は、奈良市民と比較して、3倍のお金が住民のために使われていることになります。これが奈良市になりますと、市民平等に予算が使われるとしても、使える予算は一人当たりに直せば三分の一になってしまいます。これが暮らしを支えるベースとなる予算です。この比較は、合併後の将来の住民サービスの低下を予測させるのではないでしょうか。

農山村の豊かさ示す指標

 前回は、奈良市と山添、都祁、月ヶ瀬の三村(山添三村)について、その暮らしを支える基盤となる予算規模について比較しました。今回も、引き続き「100の指標からみた奈良県政」(平成十四年版)を資料として「合併」問題を検討してみます。

 奈良市の面積は211.6平方キロメートル。今でも県下で四番目に大きい自治体です。ここに山添三村が加わると十津川に続く、県下第二の異常大きな面積を持つ自治体となります。

人口は奈良市が365,630人で県下一。これに山添三村が加わっても379,287人となりますがあまり人口は面積ほど増加しません。ここで、市民の代表である市議会を選出するとして、この人口を現在の条例定数44名で割れば、一人当たりの人口は約8,620人。比例配分されるとすると、現行の奈良市域が42人、山添三村がわずか2人となります。もし、それぞれの村がばらばらで選挙をたたかうと、各村とも一人の市議も持つことができません。現在山添三村の条例で決められた議員数は34名ですから、「合併」すれば激減もしくは消滅し、地域の声が議会に届きにくくなります。

暮らしの前提となる持ち家比率では、山添村97.8%で第一位、月ヶ瀬村が96%で第二位、都祁村が89.3%で13位です。これに対して奈良市は62.3%で46位です。

就業率は、月ヶ瀬村が60.46%で第二位、都祁村が58.44%で第三位、山添村が57.45%で第四位。これに対して奈良市は52.66%で29位となっています。

運転免許保有率では、山添村65.93%で第六位、月ヶ瀬村が63.7%で19位、都祁村は63.52%で21位。これに対して奈良市は、59.49%で40位です。これは、交通の便が悪いということの反映でもありますが、免許を持ち、車を所有できる経済的な余裕があることを示す指標ではないでしょうか。生活保護率を比較すると、人口1,000人当たりの被生活保護者数では奈良市が12.22人、これに対して、山添村2.64人、月ヶ瀬村2.58人、都祁村2.06人と大きな開きがあります。これらの指標をトータルに検討すると、自治体の財政規模や財政力とは逆に豊かな農山村の実態が浮き彫りになってきます。

「サービスは高いほうに」ってホント?

 住民の暮らしにかかわる住民負担は、奈良市と山添三村(山添村、都祁村、月ヶ瀬村)ではどうなっているでしょうか。この比較はなかなかやっかいです。比較のものさしがちがっている、制度としてあっても山間部では実施されていないこともあるからです。それで、とりあえず比較のしやすいものからはじめます。

 市町村民税は、どうでしょうか。個人の均等割額では、奈良市は2,500円、山添三村は2,000円となっており500円の格差があります。

国保税はどうでしょうか。一人当たりでは、奈良市が93,224円。それに対して山添村が67,820円、都祁村が70,916円、月ヶ瀬村が66,728円です。(00年度)

高齢者の介護保険料はどうでしょうか。奈良市が3,116円、天理市が、3,400円。山添村が2,000円、都祁村が2,800円、月ヶ瀬村が2,000円となっています。

 見過ごされがちなのが交通費です。新設合併(対等合併)の場合は、新しい自治体の市役所の位置をどうするかで、そこまでの距離が大きく変わってきます。しかし、奈良市と山添三村の場合は、市役所の位置はそのままですから、割合わかりやすくなります。例えば、私の家から役場までは約10km、奈良市役所までは40kmで、4倍のガソリン代がかかることになります。

 山添村の中峰山から山添村役場までは奈良交通バスで往復380円、奈良市役所までは往復3,000円もかかってしまいます。奈良市に一番近い地域でも、交通費は二倍になります。

奈良市は、市役所以外に三つの出張所しかありません。一番近い出張所は東部出張所になります。ここは距離的には近いのですが、車以外に交通手段がありません。

仮に、山添村が奈良市と合併した場合、田原地区が連絡所になっていることから人口規模から類推すると、出張所でなく連絡所になる可能性の方が高いと考えられます。簡単な届出などは、そこで用が足せますが、どうしても市役所へ行かなければならないときは、交通費の負担が村民の肩にズッシリとかかってきます。

 これまであげた指標は「サービスは高いほうに、負担は低いほうに」という国や県の言う合併の一般的な原則には当てはまりそうにありません。奈良市には奈良市の、天理市には天理市のいろいろな進んだ施策があると思います。しかし、周辺部では、実際の利用が不可能、もしくは、それらの施策を利用するために多額の交通費等の経費を要することになりはしないでしょうか。

合併は農山村の公益的機能、都市の基盤さえも脅かす

 連載も終わりに近づいてきました。あらためて、このテーマの舞台となっている小さな自治体である農山村の果たしている役割を考えてみましょう。

 奈良県の農山村は、県内の市や京阪神、和歌山、三重などの水源地に位置します。

木津川・淀川水系では、山添村の下流に、月ヶ瀬村、奈良市、京田辺市の上水道の取水口があります。さらに下流にも、京阪神の自治体の上水道取水口が連なっています。このように、奈良県の農山村は、きれいな、おいしい水をたえず供給している地域になっています。

 農山村のなかで大きな面積を占める森林は、水を浄化するとともに、地球温暖化の要因となっている二酸化炭素を吸収し、光合成をおこない、酸素を供給するなど、おいしい空気を生み出す大切な場所ともなっています。農山村は、そういう意味で、大都市を含めた住民の生存を支えている場所ではないでしょうか。

 同時に、農山村は、生産の拠点でもあります。いまは、食料を外国に依存していますが、輸入ができなくなったときに、あらためて農山村の役割が見直されます。農業を営むには、必ず田畑などの土地が必要となります。そういうところは、都市のように人口が密集していては成り立ちません。

水田の持つ公益的機能についての食糧庁の統計があります。ここでは、洪水防止機能一兆九千二百二十七億円、農村景観保全機能一兆七千百十六億円をはじめ、年間四兆六千二百七五億円の経済的評価がされています。(「水田のもたらす外部経済効果」食糧庁1993年)

森林の公益的機能については、水源涵養機能二十七兆千二百億円、土砂流出防止機能二十八兆二千六百億円など、年間七十四兆九千九百億円と評価されています。(「森林の公益的機能の評価額について」林野庁2000年)

「合併」によるさまざまな問題点をこれまで述べてきました。しかし、より根本的には、公益的機能をもつ農山村を正当に評価したうえで、地方交付税などによって、農山村が引き続きそういう役割を果たせるように保障していくのか、それとも目先の「効率性」を追い求め、「合併」をすすめ、結果として都市そのもの生存基盤さえも脅かすのか、ここが問われているのではないでしょうか。

合併への流れ一色にみえたが・・「合併問題」で高まる村民の自覚

 小さな自治体である農山村は、これまで国政、県政上どのような政治的な位置にあったのでしょうか。01年7月に実施された参議院比例代表選挙での自民党の得票率は、山添村では62.4%、奈良市は35.7%でした。山添村などの農山村は、政府与党である自民党政治を支える拠点となっています。

税金の収納率でも、例えば国保税では、月ヶ瀬村は99.77%で市町村で高い方から三番目、山添村は99.14%で五番目。これに対して、奈良市は88.13%と県内の市町村で下から二番目の低い収納率となっています。

農村の基幹産業である農業の分野でも、国の減反政策に従ってきました。政府や県の施策を積極的に支えてきたのが、こうした小さな農山村ではなかったでしょうか。

これまでは、国や県の言うとおりやっていても、村までなくなるようなことはありませんでした。ところが、市町村合併は、そうした村の存在意義さえ否定するものです。さすがに、今回ばかりは、国や県の言うことを聞いてはいられない。そういう動きが広がっています。

全国町村長大会のあいさつにたった山本文男会長は「人口が少ないということのみをもって町村の権限が制限・縮小されることになれば、地域社会はどうなってしまうのか、地域住民の福祉が守れるのか、自然や国土の保全ができるのか、といった言い知れぬ不安であり、憤りではないでしょうか。まさに、いま、町村自治は存亡の危機にあるといえます。」と語っています。

山添村でも、01年10月に村議会で市町村合併対策特別委員会が立ち上げられ、さまざまな論議を重ねてきましたが、積極的に合併を進めようとする声は議会では少数にとどまっています。各種団体の代表者で構成された山添村合併問題研究協議会も、合併の是非については両論併記となり、7月15日には、住民投票条例が制定。住民投票で決することとなりました。

いま、村内では、合併の是非をめぐって、さまざまな住民団体が結成され、連日数十人から数百人規模の集会がもたれています。「住民が主人公」の地方自治を体現する、まさに「民主主義の学校」としての地方自治の本来の姿が発揮されつつあります。また、このなかで保守系議員有志が、「共産党の講師を自民党がかついでいる」と誹謗や中傷をうけながらも、自治体問題研究所の講師を迎え、三百人の住民の参加のもとに村内最大規模で集会を成功させています。

奈良県内では、十津川村、川上村が合併せずに自立を選択。當麻町は、住民アンケートで「合併反対」の意見が多数を占めました。そして、いま、明日香村が全国のアスカファンにも協力を呼びかけ自立の道を歩もうとしています。合併への流れ一色に見えた県政界でも、いま、あたらしい流れが押し寄せています。

山添村の市町村合併の意思を問う住民投票の結果は予断をゆるさないものです。しかし、確実に言えるのは、「合併」を選択しても、しなくても、目覚めた村民の自覚、村のことは自分たちで決めるという思いは抑えられないということです。そして、そういう住民が、「そんな合併を押し付ける県や政府なら変えよう」という日もそんなに遠くないような気がします。