苺が好きなんだもん










 
我が名は斬月。

 一護自身の死神の力であり、一護の内面世界に住む魂を導く者である。身長は2Mもあり、外見はまさに長身痩躯。
 通称、「黒衣の男」だ。

 一護は親しみを込めて「おっさん」と呼んでいるが。

 卍解を体得した死神は、斬魄刀と対話・同調するする術を備えているものだ。さらに具象化、屈服を経て完璧な卍解に至る。我ら斬魄刀と主はまさに一心同体の関係にあるのである。

 ところで、私がいる世界ではずっと雨が降り続いていた。

 稲妻が頭上に重くたれこめ、雲塊を切り裂き、鋭い槍のような雨が世界を覆っていたのだ。大気はビリビリと振動し、上空は暗くなるいっぽうだった。

 それが一護の精神世界だったのだ。

 6年前に母親を雨の中で失い、そしてルキアが捕らえられ、無慈悲にも連れてゆかれる時にも雨が降っていた。

 鈍色の冷たい雨に打たれる記憶。それが一護の精神世界に大きく反映されており、私の場所を過酷に濡らしていたのだ。

 時に激しく降る雨は、解放を求めて苦しみ叫んでいる一護の心を代弁しているかのようだった。

 だからルキアを処刑から解放し、晴天が立ちこめたあの朝、一護の中で降り続いていたあの雨が漸く止んだあの朝、私は深く感謝したものだ。

 ルキアに。

 一護の雨を止めてくれた死神に。

 だって見て欲しい。

 この晴天を。

 空の蒼さと雲の白さ。何と凝視すれば目に涙が滲むくらいの綺麗な色のコントラストではないか。
 雷雨の影など跡形もなく、頬にあたる風は穏やかで心地よい。


 私は空を見上げた。




 ん?





 何だか空から舞い落ちる赤い花びらが。

 いや、赤だと思ったが白だろうか?

 もし牡丹や桜や薔薇の花弁が、まるで吹雪きの如く乱舞しているのなら、これはなかなかに一護の心象風景も風流なものだと言えるだろう。

 しかし、私はよぉく凝視した。その白だか赤だかの物体を。それは距離が縮まってくるとハッキリと輪郭を示し、驚愕の事実を私に教えてくれたのであった。

 下着だったのだ!!

 女性下着。ブラジャー。白地に苺柄のフリルありの、それは少女趣味で乙女チックな下着であった!

(苺柄の下着・・・・が、何故に一護の心象風景に?)

 私と一護が同調するのは、闘いの最中においてである。死神が斬魄刀を解放し、その能力が解放された時に主と一体化するのだ。主と私は心を重ねて共に闘ってきた。
 それ故に戦闘中の一護の苦痛、苦悩、迷い等は私のいるこの世界にダイレクトに届くのである。

(斬魄刀が解放された筈なのに、何故闘わないのだ?一護よ。)

 こんな怪奇な現象は初めてのことだったので、私は言いしれぬ不安に襲われた。








  








 巨大なる虚、メノスグランデが出現したのはまだ明け方の頃だった。薄暗い空が突如割れたと思うや、不気味な化け物が咆吼を上げたのである。

 メノスグランデは幾百もの虚が集まって形成される異形の化け物で、その巨大さゆえに死神よりも「王族特務」が管轄することとされている。それほどに手強い相手なのである。

 だが、心配するなかれ。一護は卍解する前から一人でメノスグランデを倒した経験もある男なのだ。
 よって今ではその巨大さに脅威を感じることはあっても、尻込みをするような獲物ではなくなっていた。

 メノスグランデは口腔内から特殊なセロを発射し、凄まじい霊圧で周囲を吹き飛ばそうとする。
 やはり、やっかいな虚ではある。

「一護っ!待てっ。無茶はするでない!」

 そう諭したルキアが瞬時に風圧で吹っ飛んだ。

「ルキア!」

 ルキアは身長144センチ、体重は33キロしかない非常に小柄な女性だ。だから羽のように軽く、飛ばされ方もそれだけに距離が出てしまうのだ。

 運の悪い事にルキアが倒れた地面には水たまりが出来ていた。

「・・・・・くっ!!」

 一護はすぐにルキアの元へと駆けつけた。

「うっ・・・・・ル、ルキア・・・・・」

 水たまりによって濡れたルキアを抱き起こした一護は、なぜか赤面している。
 なぜなら、ルキアが着ていた薄いTシャツが濡れてしまい、それによってブラジャーが透けて見えているからだ。

 透けブラ。

 堂々と見える下着には色気も淫靡さもない。だが、チラリと見える下着の線や、あるいは布を通して見える透けブラというものは、どうしても男の本能を刺激してくるものらしい。

「ルキア・・・・お前、苺柄のなんて持ってたのか?」

「はうっ!こ、これはっ・・・・浦原商店で安く販売されていたのだ。通気性がよく、それでいてバストアップしてくれる優れものらしいぞ!」

「バストアップ・・・・・」

「そんな同情するような目で見るな!私だって胸くらいはある筈なんだからな!」

「ある筈って・・・・・自分でも分からない程度なのか?」

「貴様、私を愚弄する気か!?はんっ!どうせ貴様の周囲には巨乳娘しかいなかったのだろう?まったくっ、乳はデカければいいというものではないわっ。」

「いや、別に俺はお前を愚弄する気はねぇよ。ただ・・・・・・苺柄が可愛いなぁって思ってさ。」

「・・・・・・苺が好きなのだ。」

「えっ?」

「だから・・・・・苺が好きなのだ、私は。悪いか!」

「苺・・・・いちご・・・・一護・・・・・が好き?」

「ちょっ・・・・変な発音をするな。苺と言っているのだ、馬鹿者。一護ではない。あくまでも私は苺が好きなのだ!」

「馬鹿って言うなよ!傷つくだろっ。」

「まったく、下着が見えたくらいで・・・・・お前もやっぱり餓鬼だったのだな。近頃は忘れておったわ。」

「むっ。当たり前だろ。俺はまだ現役高校生だっつーの。大体な、おっぱいは男子高校生の夢なんだよ。そのおっぱいを包み込んでいるブラジャーは、パンティーと同じくらいに重要アイテムなんだよ。」

「・・・・・・おっぱい・・・・・。馬鹿者!この破廉恥な奴め!」

 実は二人のこの微笑ましいやりとりは、奇跡的にもルキアの鬼道・六杖光牢によって張り巡らされた結界がメノスグランデを捕縛している間になされたものなのだ。

 この術は、光状の霊帯でもって敵の動きを封じる事が可能なのであった。だがこれを長く維持するには相当の霊力を必要とする。無意識の内に一護が援護霊力と呼ぶべきものを発し、密かにルキアの施した術を支えていたのである。

 そんな離れ業をやっている間にも、一護の頭の中は苺柄の透けブラが舞っている。
 苺祭が開催中なのである。






 ああ、春爛漫。恋せよ、乙女男。



 



 時代は乙女男を求めているのかもしれない。今なら苺のポエムだってすぐに書けそうだ、と一護は思っていた。







  







「ああ・・・・・、本日も晴天なり。とうとうここもブラジャーも降ってくる世界になっちまったか。あの一護にも春が来たんだなぁ。」

 内なる世界にいるもう一人の一護が呟いた。死覇装も髪も、そして肌でさへも真っ白な、もう一人の白一護。

 凶暴で残酷な一護の分身だ。

 奴は嗤っていた。

 何とも不気味な笑顔だった。私はこの白一護には、如何に一護がルキアを大切に思っているのか、あるいは懸想しているのかを知られてはなるまいと思っていたのだが。

 これでバレてしまったな。

「邪魔をするでないぞ?」

 私が釘を刺すと白一護は口許を歪めた。白一護にとっては、これでも愛想を返したつもりらしい。

「けっ!俺にはあんなロリータ趣味はねぇよ。俺は豊満な女の方が好みでね。胸もデカい方がいい。」

「ならば良いが・・・・・・・・・。」

 メノスグランデを倒さねばなるまい時に、ぎゃいぎゃいと痴話喧嘩をする二人に私は密かに愛おしさを覚えた。
 そんな温かな父性愛がまさかこの白一護にあるとも思われないが、奴も殺伐としたこの世界の中に突如振ってきたブラジャーに、実は心癒やされたのではあるまいか?等とバカな事を思ってしまった私である。
 
 私は一護の淡い恋心も見守ってゆこうと決めた。

 赤い髪の死神や、眼鏡の滅却師、剛拳の高校生、変な商店主は性別が男であるからして、常々我が主の一護の相手には相応しくないと思っていた。
 同級生の巨乳姫と強い幼馴染みはどちらも相手として捨てがたいが、一護を強く大人の男へと導いたのは、この世界の雨を止めてくれたのはルキアなのだから。


 ルキアよ、もっと苺が好きと言ってやるが良いぞ!



 我が名は斬月、一ルキ派な男。 一護よ、私はルキアを応援してゆくぞ!?早くお前も無駄な妄想と欲情は捨てさり、ルキア一筋になるがよい。





 我が名は斬月・・・・・・黒衣の男。










                             終