三次元漂流記 2002
[6月のモデル; 発見、未確認カメ物体!]

5月30日、昼過ぎ。クロスケが鳴いていた。
又、木をかじりたいのに届かないとゴネているんだろうな〜。
食えるのか???
おらを放せ〜!   見に行くと、鹿の子ママも、
茂みの方を向いて警戒の唸り声を発している。
蛇に遭遇した時と同じ反応だ...... 何かいるのか?!
おそるおそる覗き込むと、
手のひらサイズのアカミミガメがいた。
干上がったアスファルトの上を、
陽に焼かれながら歩いて来たのだな。
夕方までゆっくり休んで貰ってから、
鹿の子ちゃんとのお散歩道で、池に放した。
いたずら親子に命を救われたカメであった。

□■■ Jun. 30th

クロスケの新しい家族はサッカー好き。
「だって、ワールドカップの時に来るんですもの!」
色々な選手の名を挙げては、ああだこうだと決まらない。
まだ、クロスケのままなんだって。
間違えて、名字を付けられなければいいけれど......
ま、「にしむら」という名で可愛がられている仔犬もいたから、いいんだけどね。

お前達がおりこうさんにしているか、ちゃんと報告は受けているよ。
だって、幸せになるのを見届ける義務があるもの。
おイタしてたら、メンメだよ。

目利かずがベタベタとラベルを貼って歩く。
レベルの低い集団にマシなのがいたら、もう「天才」。
「才」で無くとも、寄ってたかって繕って作り上げたアート作品、
それが現代日本に於ける「天才」だ。
その証拠に、才能が溢れかえっている筈の巷では、天才なんかに出くわさない。
器用なの、面白いの、酔ってるの、困ったの、
当たり前の個性は持ち合わせているものの、どれも天才ではない。
本質的に。

私は"超人"が好きだ。
嘘のシールを貼っても、偽物はひとめで判るから通用しない。
サッカーには興味ないのだが、ドイツのキーパー、カーンが気に入って見ていたワールドカップ。
パトリオットミサイルとでも呼ぶべき、その人間離れした力は、
生まれ持った幸運などでは決してない。
ほんの数年前の動きを見ると、普通の、少なくとも人間にしか見えないキーパーである。
人間としてミスを重ね、下手くそ、役立たずと罵られ、叩きのめされ、立ち上がり、這い上がった、
それが今大会の彼だ。
"努力"などという軽々しい言葉で表現しては失礼に当たる位の、
凄まじい執念、己への厳しさが、彼に人の壁を越えさせたのだ。
そう、"努力"なんて、呼吸よりも自然なことだ。
わざわざ口に出すようなもんじゃない。

"絶対"を保証することの出来る信念。
それを支える実力と責任感、経験。
そういう世界に住む人間にしか、興味が湧かない。
一見、非人間的に映るかも知れない。
が、一般に人間的であると思われているのは、怠惰な文明人達が都合良く作り上げたイメージ。
勤勉な動物本来の姿からはほど遠い。
そんなニセの"人間らしさ"に、心はびくともしないのだ。

日本が、他の国々に比べて明らかに著しく欠いているもの。
ナショナリズム。
その言葉の意味すら、正確に理解する者は少ないのだろう。
敗戦から未だ立ち直れず、GHQに支配されたまま。


□■■ Jun. 27th

ステキチ。
不思議だね。
私の手元には、君の首輪がある。
君は活発だから、1年で交換しなくちゃならないのだけれど、今年は少し、遅かったんだ。
いつものように顔を見せてくれていたら、金具だけ残して、捨ててしまっていたかも知れない。
でも何故か、まだうちにあるんだ。
君のにおいが、キョンの宝箱の中に残っているんだよ。
その前の年の首輪から取ったDカンが、今、キョンの迷子札をぶらさげている。
お守りだね。
君にもう一度会えるまで、この首輪は大事にしまっておくよ。
ねぇ、わざと私にくれたんじゃないよね?
思い出に置いて行った訳じゃないよね?


□■■ Jun. 25th

貢ぐ男は
太股を見せる女と同じ
いいんじゃないの?
本能だもの
野性だもの
原始的な生き物なのだという
自覚さえあれば


□■■ Jun. 24th

そうだ......
あの子は、歯が抜けていた。
右の犬歯手前の門歯が無かったから。
生え替わりの時期なんだ。
一番、咬みたい頃だね。
初めてのお散歩に行く時には、ずらりと並んで、新人を注目していたひまわり達が、
おちびさんは元気に出掛けたかい、って訊いていた。
もう、公園に連れて行って貰ったのかい?
大好きな犬の友達が、たくさんできるといいね。


□■■ Jun. 23rd

仔犬の体温は高い。
新しいおうちへと向かう車の中でも、クロスケのお腹は熱かった。
いや、やはり膝が妙に熱い。
まさかと触ってみると、又もや、おもらし。
初めて病院に行った帰りに車の中でおしっこをした時のことや、
排泄の時間帯のことなんかを話していたから、仕方がないね。
「しー」でおしっこ、「ぷっぷっ」でうんこをするんだもんね。
緊張していたんだね。
その後は、眠ったり、私の膝の間に顔を突っ込んで、
足下のカバンをかじって遊び始めたりと、豪傑ぶりを見せてくれた。
ニャンおばあちゃんの小屋は、今のおまえに少し大きい位だから、
暫く住んで、かじって、
もっと大きくなって落ち着いたら、いいおうちを作って貰いなさい。
3日前に組み立てたところなのに、入り口や屋根がもうボロボロ。
おまえ達一家を導いた優しい犬達が、いつまでも守ってくれるよ。
彼らが私にしたように、おまえも、犬がどんなに善良な生き物であるか、教えてあげなさい。
それが、いつか他の犬を救うことになるだろうから。

粘り強さと運を持つ、鹿の子は選ばれた生命。
強い体と優れた頭脳を併せ持った、ピヨやステキチと同じ。
私が助けなくとも、自力で生き延びただろう。
母として、立派にその使命を果たしただろう。
私のした事なんて、大した事じゃない。
彼らの生活を、塀で囲っただけ。
彼らが当然、天から与えられるべきであったものを、
無法者に奪われないように監視していた、それだけのことだ。

帰りの乗り継ぎ駅で、粟玉のにおいを思い出していた。
剥き粟と卵黄の、ぬるく湿ったにおい。
羽ばたく歓びを知ることもなく、この手の上で冷めて行った、
幼い小鳥達の命のにおい。

長いながい夢から醒めたみたいだ。
まだ、鹿の子一家の誰もいなくなってしまった我が家に帰り着いてもいないのに。
映画館から出て家路を辿るような、そんな気分。
キョンがお散歩の時間を待っている。
やんちゃな弟だったね。
仲良くしてくれてありがとね。
よく出来た子だ。
お前がいたから、頑張れた。
未来のお前だと思って。
きっと、賢く立派な犬に育つ筈と。

獣が何故、牙を剥くのか
恐ろしい声で唸るのか
あなたには判りますか
後ろが絶壁でなければ、逃げたでしょう
傷だらけでなければ、悠々と行き過ぎたでしょう
安住の地を荒らし、獲物を食い散らし、騙して何もかも奪おうとしたあなたを
咬み殺す他に、もはや彼には生き延びる道が無いのです

自分で獲物を捕らない子ライオンが「ママは残酷」なんて、言うんじゃないよ。
だって、おまえも食べるんだろ?


□■■ Jun. 22nd

キャンディのおうちから小包が届いた。
開けてみると、箱一杯のじゃが芋。
夜、電話すると、「キャンちゃんは大きくなりましたよ!」
キャンだからキャンキャン鳴くのかなぁ、だって。
産声もあんただけ、大きかったもんねぇ。
一番早く這い始めたクロスケは、兄弟の耳をかじっていたし。
生まれついた性格って、あるんだね。

鹿の子ちゃん。
すっかりお嬢様だね。
ほんの10日前までは口うるさいママだったのに、まるで仔犬だね。
4ヶ月半前に初めて会った時みたいだ。
たくましい野良犬が、甘えん坊になっちゃって。
食いしん坊だから、食卓を荒らしてぶくぶく太っているんじゃないかと気が気で無かったけれど、
お行儀がいいのでびっくりしたよ。
私が帰った後、3日間もハンストしたんだって?
で、缶詰に換えて貰ったの。
ダメだよ、贅沢しちゃ。
時間をかけて元に戻して下さいってお願いして来た。
ちゃんと、お前さんの体のことを考えてくれているみたいよ。
会ったら、一緒に帰るってダダをこねるんじゃないかと、少し期待していたよ。
辛い思いをしているなら、連れて帰るつもりだったけれど、
親しい人に暫くぶりに会った程度の喜びようで、ぐるんと巻いたまんまの尻尾をパタパタ振って、
おうちの人が驚くほどに跳ね踊りはしてくれたものの、クンとも鳴かない。
その後、私が来ているというのに、おばぁちゃんと楽しそうにお散歩に出掛けたね。
ハーネスのかけ方は間違えていたけれど、フィラリアの薬は指定した日に呑ませて貰っているし、
お風呂にも入れて貰っているし、避妊もして貰えそうだし、第一、お前さんが御機嫌だ。
取り返そうったって、口実が無いや。
近所では可愛くて賢いって、早くも評判だそうじゃないか。
キティより、鹿の子ちゃんの方が、ずっといい名前だけどね。
さよなら。
元気でね。
......同志より

明日の朝はクロスケのお引っ越し。
迷子札を探していたら、ステキチの首輪を買った時のレシートが出て来た。
日付は、5月21日。
交換してあげたのが、その翌日か2日後だから、20日に捕獲されて26日に"処分"された犬とは違う。
子供に吠え掛かっただけで殺された、無抵抗の不運な犬がいた、その事実には変わりが無いが。

クロスケ。
生まれて育った家を離れる時が来たよ。
隅々まで知り尽くした庭から、いつも新しいおもちゃを引っぱり出したり、掘り起こしたりしていたね。
お前の鳴き声の意味が判る。
お前の視線を見ると、何をたくらんでいるか、すぐに判る。
お前のことは、何でも知っているよ。
4ヶ月間、命を賭けて守って来たお前を、これからも守り続けるよ。
私に代わって守ってくれる人を、見付けたから。
安全で楽しい毎日が、保証されているんだ。


□■■ Jun. 21st

孤独でいなければならない瞬間がある。
弓をピンと張っている。
笑顔は作れない。
君を守ることに全神経を集中している、こんな時に。


□■■ Jun. 20th

饒舌な詐欺師、紳士の身なりをした痴漢、確かな足取りの夢遊病患者......
最後まで騙されたフリして群がっているのは、ごらん、中毒患者だけ。
窪んだ頬に虚ろな笑みを浮かべ、夢や希望を語らい合っているよ。

まともに話すことの出来ない人と話をしようとしていた私は、やはり愚か者。
早々と諦めた人達は賢明だ。
忠告を聞かず、問題が明らかになっても尚、何とかしようとした。
振り返ればおぞましい程の時間と労力と、才能を浪費した。
これ以上の犠牲を払う価値は無い。
手に届く範囲にあるものだけ持って、自分のことに専念しよう。
嘘だらけの弁解に鼓膜を振るわせられることすら、勿体ない。

妄想癖ですか、それとも、虚言症ですか?
病ですか、それとも、罠ですか?
無邪気ですか、それとも、馬鹿ですか?
言い訳するということは、悪いと判っているのですね。

誰もが真実を知っているのならば、叩きのめす必要は無い。
放っておけば、孤立し、自ずと滅ぶであろう。


□■■ Jun. 19th

クロスケの初めてのお散歩。
何が何だか、判らなかったね。
あっちをクンクン、こっちをクンクン。
「待って」でちゃんと待つことが出来た。
庭で練習したもんね。
上手に出来ました!

まだまだ段取りの判らないクロスケは、外でおしっこもうんこもしない。
お散歩から帰ってから、ゆっくり、するんだね。

「私はプロだから判るんだ!」
その言葉には、過去の栄光や、これまで積み重ねて来た信用が全てかかっている。
意地を張った一言が、己を滅ぼす。
「判んないけど、好きなんだ。」
そう言っておけば、安泰なのに。


□■■ Jun. 17th

内緒じゃないのに、誰も知らない。
隠れていないのに、忍び逢い。
すっぱ抜いても、スクープじゃないよ!

「絶世の美女!」と言われても、それはあなたひとりの基準だから。
あばたをえくぼに塗り替えてしまう癖があるのだから、
人を評価する時には、もっと確かなものを拠り所にした方がよろしくてョ。


□■■ Jun. 16th

クロスケのおうちが正式に決まった。
新しいおうちのお姉ちゃんとは、偶然、一緒の電車で帰って来ることになったから、
吠えもせず、はにかみもせず、
ありのままの、やんちゃで困った甘えん坊さんの姿を見て貰えたね。
「かわい〜〜〜っ!」だってさ。
居心地の良さそうな庭。
今、食べているご飯と同じのを食べさせてくれるんだから、我が儘するんじゃないよ。
小屋は、暫く、ニャンおばあちゃんのを使ってね。
今度はほんとにお別れだ。
お前は、居残るべくして、居残ったんだね。
天の声だ。
そして、ママに愉快な家族を見付けてあげたんだ。
親孝行だね、ステキチにそっくりな子。
安心して、送り出してあげられる。
お兄ちゃん、お姉ちゃんの時と同じように、
ハンカチを用意して行っても、きっと、又、泣けずに帰って来るだろう。
だって、最高のおうちなんだもの。
いつでも会いに来てね、って言ってくれているけれど、多分、行くことは無いと思う。
だって、心配してないんだもん。
ワクチンを打つのが遅かったから、お外に出られなくて、
お散歩に出掛けるキョンを、いつも恨めし気に見ていたね。
お引っ越しは23日だから、3回くらいは、遊びに行こう。

ボンの写真が届いた。
クロスケによく似ている。
やっぱり兄弟だな。
ステキチにそっくりな目も。


□■■ Jun. 8th

人間は猿よりも賢いと思っている人は、猿よりも馬鹿である。
人間のおつむの平均は、猿の知恵の平均よりも遙かに劣る。
それも当然の話である。
人間というのは、馬鹿でも生きて行けるから。
考えなくとも、闘わなくとも、天敵に襲われもしなければ、飢え死にもしないから。


□■■ Jun. 7th

封筒を出しに行くのは面倒だけれど、ひとりじゃないから平気。
鹿の子ちゃんと一緒に行こうっと...... そうか、いないんだった。
いつも、ひょっこり現れてはお供をしてくれていた、ステキチもいないよ。
仕方なく、用事のついでに出して来ることにしたのに、忘れて帰って来た。
ニャンが死んでしまった時のことを思い出したよ。
ニャンは怖がるから、途中から抱っこしなくてはならなかったけれど。
ポストはやっぱり嫌い。
ひとりで歩くあの道は、とてつもなく、つまらない。

ありがとうって言わないよ。
ステキチって呼ぶ時には、いつだって、ありがとう、大好きだよ、って気持ちがこもってる。
孤独を選んだ者の本当の気持ちが判るから、探さないとは言わないよ。
いつだって、表に出る度に、見てるんだ。
いつも寝そべっていたところ。
犬が吠える度に、戸を開けて覗くよ。
外へ出ても、下を見て歩くよ。
待ってるよ。
いつまでも、待ってるよ。
そして、思い出す度に泣くよ。

馬鹿みたい、って笑いたい。
心配してたのに、どこに行ってたのさ、って。
大きな口を耳まで開けて、眩しそうな目で、いたずらっぽくウィンクしてよ。
大嫌いな薬を、月に一度だけ、我慢してよ。

雷で、近所の犬が死んだそうだ。
あの、とんでもない雷の夜だと思う。
パニックに陥り、鎖でぐるぐる巻きになってしまったのだという。
少し離れたところで、茶色い犬が溝に落ちて死んでいるのを見た人があると聞いた。
この辺を縄張りにする犬が、怯えて、暴走し、辿り着くには、非現実的な距離ではない。


□■■ Jun. 6th

何だ...... ステキチかと思った。
そうだよね。
リードにつながれている筈なんか、無いよね。
みんなが君を捜してる。
みんなが君を待ってるよ。
いつものように、ひょっこり、帰って来てよ。

「あの子、いつもお宅の水をおいしそうに飲んでいたんです、水を置いてあげて下さい。」
ステキチが晩御飯を食べに行くおうちの奥さんに言われて、気が付いた。
無い。
うちの前の水入れが、いつの間にか消えている。
何故だ?!
あれは、ステキチの為に出してあるんだよ。
もう何年も、何年も。
この間も、汚れていたから、歯ブラシで綺麗にしたところだよ。
風ででも飛んでしまったのか?
喉が渇いているだろうと、わざわざ入れてあげても、うちの水しか飲まなかったそうだ。
お散歩犬の護衛中でも、必ず、うちの前に寄ってくれていたのだって。
あの水は、いつ、無くなったのだろう。
ずっと守ってくれていたうちには、今ではキョンという番犬がいて、
夜、気紛れにやって来て眠っていたガレージは、鹿の子達親子の為に閉ざされていて、
隣には、馬の合わない雄犬がいて......
そして、自分の為に置いてある水が無くなって、
居場所が無くなった気がしたのかも知れない、と、奥さんは言う。
そうなのだろうか???
毎日、毎日、ステキチのことを考えていた。
ニャンのお散歩で出会ったのが最初。
忘れた日なんて、一日だって無いよ。
キョンだって、鹿の子達だって、君がいなかったら、とうにこの世にいないかも知れない。
あの子達をここへ導いたのも、私に強さの意味を教えてくれたのも、君だから。
君がいなければ、守れなかった。
一番、幸せにしたいのは、君だったのに。
何を与えることが出来たろう?
私達よりも、ずっとずっと賢くて、大きな君に。


□■■ Jun. 5th

鹿の子ちゃん。
もう眠ったかな?
おしっこもしたし、ご飯も食べたそうだね。
長い一日だったね。
ゆっくりおやすみ。
この時が、まさかこんなに早く来るとは思わなかったよ。
心の準備が出来ていなかったから、急にスケジュールに穴が空いちゃって、
朝のお散歩をしていた時間、どう過ごしていいか判らない。
愉快なおうちで、おまえさんが楽しく暮らしていけそうなら、
子育てが終わったらプレゼントしようと思っていた新しい首輪を持って、
本当のお別れを言いに行くよ。
ネイビーにピンクで"KISS"って、沢山、書いてある、
独身気分に戻れそうな、可愛らしいの。
きっと、とてもよく似合うと思う。
お疲れさま。
幸せになるんだよ、そう願いを込めて、昨日の夜、選んだの。


□■■ Jun. 4th

げきどーの一日だった。
疲れた......

おとなのおままごとの相手は、やっぱりおとな。
子供達は、幼稚なお遊びには付き合ってくれない。
裸の王様の物語のように、巻き込まれて付いて行くのも、おとな達だ。

キョンとステキチが仲良くなってから暫くの頃、ステキチに案内して貰って行った畑道へ、
鹿の子ちゃんを連れて行った。
初めての道でも、憶せずにトコトコと軽やかに歩く鹿の子。
ん?
もしかして、来たことあるのかも知れないね。
ステキチの消息を訊いて回る。
茶色い犬が捕獲されたという日よりも後に見たという情報が、幾つかあった。
1週間ほど前から、姿を消していることは確かなようだ。
仲良しの犬がお散歩していると、いつも、どこからともなく現れるのだが、
全く、見なくなったという。
私も、早朝に必ずステキチに会うところへ2度ばかり行ってみたが、影もない。
いなくなる前、疲れた様子で、半日ほど、同じ場所に座り込んでいたらしい。
年だったし、寿命かな、と皆が口々に言う。
ついこの間まで、キョンや鹿の子ちゃんのお散歩に付いて来て、誇らしく護衛をしてくれていたのに。

ほらぁ、鹿の子ちゃん、早く行かないと置いて行かれちゃうよー。
ステキチ君、もう見えなくなっちゃったね〜。
せっかちだねぇ〜。
......真後ろでザザザザー。
池の縁から今通り過ぎた茂みに、転がり落ちた大きな犬。
わ〜〜〜っ、ステキチだ。
そんなところに隠れていたの!
私が驚くのを見て、にかっ、と大口を開けて笑ったかと思うと、
我々をもの凄い勢いで追い越して、畑道を抜けて行った。
待てぇ〜〜〜。
ステキチは、いつものところ、随分先のアスファルトの上で、寝そべって待ってくれていた。
ついこの間のことだよ。
年老いたなんて、嘘だよね。

もの凄い雷が鳴っていた晩。
ちょうど、ステキチがいなくなったという頃だ。
あちこちで、犬が悲鳴をあげていた。
キョンも、何事にも大して動じない鹿の子までも、くんくんと鳴いていた。
助けを求める相手も、安心できる隠れ家も無い君は、どうしていたのだろう。
怖かったよね。
体を張ってみんなを守って来た君を、必要な時に守ってくれる人はいない。
そんな誇り高く、淋しい生き方を、君が望んだとでも言うのだろうか?


□■■ Jun. 3rd

ここ何日か、ステキチの姿を見かけた人がいない。
体の具合でも悪いのかと、気になっていた。
うちに余り近付かなくなってから、ずっとご飯をあげているという奥さんが、
「あの子の首輪を換えてあげたのはいつでした?」と、訊きに来た。
心配で探し回り、保健所に問い合わせたところ、20日に捕獲した、
ステキチに特徴のよく似た犬を、26日に"処分"したと聞いたいう。
何でも、子供を襲ったと通報があったとか。
ステキチは、子供が苦手だから、近付かない。
襲うなんてことは絶対に無い。
何らかの行動を、見た人が誤解したか、よほどひどいことをしたかであれば別だが。
場所を聞けば、他の野良らしき犬がうろうろしていた辺りだ。
行かないとは言い切れないが、ステキチのなわばりではない。
そこでは見たことが無い。
首輪はしていなかったらしい。
ステキチは、首輪がよく傷む犬ではあるけれど、外れるような動きはしない。
それ故に、少し、ゆるめに付けてはいたが、抜けてしまうほどだったろうか???
子供が、首輪を無理矢理に引っ張ったり、
首輪が抜けてしまうようなとんでもない仕打ちをしたのなら、
吠える位はしたかも知れない、いや、そうだろうか、やはりしない。
ステキチの仲良しの犬をいじめていたのなら、するだろう。
26日と言えば、クロスケと一緒に新しいおうちへ向かっている予定だった私が、
昼過ぎ、いつものように、玄関で親子と遊んでいた筈。
そして、通りかかったその奥さんと立ち話をしたのも、26日だったそうだ。
2、3日前に首輪を付け換えてあげたら、ステキチは厭な顔をしてどこかへ行ってしまった......
もうじき、フィラリアの薬を付けなくちゃならないのに、
寄りついてくれなくなったら困るな、そんな話をしていたのは覚えている。
私がその時話した、2、3日前というのが正しければ、
処分されたという犬が捕まった後だから、それはステキチではない。
隣の先生が、丁度、ゴミを出しに出て来たので、訊いてみた。
はっきりとした記憶ではないが、最後に見たのが1週間ほど前だったそうだ。
クロスケはステキチに似てる、と書いたのが26日。
並んで見ても、よく似ているなぁ、と思い始めてから数日だったと思う。
3日位前から、クロスケをジュニアと呼んでいる。
ステキチに恩返しをしているような気分になっていること、
姿を顕わさないステキチを、心配しながらも懐かしむような、
妙な気持ちになっていることも、とても気になっていたところだ。
あんなにみんなに尽くしてくれた犬を"処分"なんてしていたとしたら、
傲慢な人間どもに罰が下るだろう。
下って、然るべきだ。

子供は、お腹の中で生きている。
卵の中で生きている。
既に、生きているんだよ。
産まれるということは、生命がその営みの場所を変えるということに過ぎない。
カンガルーが母親の袋から出て生活し始めるのと同じ。
体の中にいるか外にいるかなんて、
見えないものの存在を認められない、愚かな人間だけの尺度だ。

ニャンがお世話になっていた先生に、ようやく挨拶に行くことが出来た。
せめて電話ででも、と思っていたが、なかなか、冷静に話せる自信が無く、
途中で言葉を失ってしまいそうだったから、もう、2年半も経ってしまっていた。
行きつけのペットショップに、クロスケのことを貼り紙させて貰いに行く道すがら、
先生にも写真を渡して、欲しい人がいたら連絡を貰えるようにお願いして来た。
早く連れて来れば、注射で流してしまえたのに、と言われた。
産まれても貰い手の当てが無いのなら、ということなのだろうが、
そういう言葉は安易に口にして欲しくなかったな。
確かに、産まれる前ならば、何とか割り切ることも出来たろう。
しかし私は、その時、お腹にいたのがどんなに美しい命だったか、
この目で、しっかりと見てしまったのだから。


□■■ Jun. 2nd

癒し系商品のヒットは、
本来は、自分で見付けるべき、心の問題の解決方法まで、
マニュアルや既製品に頼らねばならなくなってしまった、
現代人の精神の営みの貧弱さを示している。


□■■ Jun. 1st

目がハート形になっちゃってる人と話すのは、とても疲れる。
景色が歪んで見えるみたいだし、都合の悪いところは、枠の外にカットしてしまうから。
大事な話、真面目な話、何にも出来ないもんね。

里親詐欺はなくならない。
日本人が、安易な買い物を止めない限り。
騙し取られた犬猫やうさぎが、実験に使われる国は終わらない。
あなたの使っているそのシャンプー、それも、その化粧品、それもそう。
私の使ってるのも、きっとね。

腹が立つ。
相手が表向きに激怒しないのを見て、問題が解決しないのにホッとしてる奴に会うと。
叱られるからやっちゃいけないのか?
善悪の基準は無いのか?
責任感は無いのか?
情けないよ、こんな国。

「いい人に拾われるんだよ。」
悲劇の主人公のつもりかい。
「いい人」がどんな気持ちで、そんな生き物達を見て来たと思っているんだ。
おまえ達はいつもそうやって、自分の事情ばかり涙目で叫んでは、被害者面をするのさ。

ショッキングなことに、アメリカでのペットの死因の第一位は、安楽死らしい。
理由は、吠える、咬み付く。
金で買った他の生き物の子を、しつけをする事が出来ずに、金を払って殺して貰うのだそうだ。
あざ笑ってはいられない。
日本人は、他人の家の前や保健所に捨てたりと、更に汚くて怠慢なのだから。
子供の教育も人任せ、社会は滅茶苦茶、地球はボロボロ。
自分のこと何ひとつ、独力で出来ない癖に、
これでも、高等生物のつもりかい。

大人は、自分でおしりぐらい拭きましょうね。
その前に、トイレに行きましょうね。

失礼でも何でもないのに「失礼ですが」と言う人もいれば、
「申し訳ないのですが」と言いながら、申し訳の付かないようなことを平気でやる人もいる。
謝罪の言葉は、気持ちを表す為のものであって、免罪符じゃない。
口にしたからと言って、何かが許されるものではない。

味方が欲しくて嘘を振りまく者は、本当は孤立している事に気付かずに、
強気で戦争をしかけて袋叩きに遭い、「裏切られた」と嘆くのさ。
己には最初から、真実のかけらも無い癖に。

開き直り癖のある人には、近付かない方がいい。
とんでもないことに巻き込まれて、
「全部コイツのせいです。」
吉本新喜劇ばりの展開の果て、落とし前を付けろと脅されるのは、君ひとりだから。

嘘つきを見付けるのは、実はとても簡単。
ひとりだけ、違う供述をする者、
或いは、口を開く度に違うことを言う者がいたら、そいつだね。

自分に言い訳をしながら、ある程度、生きて来てしまった人というのは、
何を話してもつじつまが合わなくなってしまっていて、
会う相手やその時ごとに、状況に合わせた嘘を付かずにいられなくなる。
そんな人に出会った場合、何を信じていいのか判らなくなり、人間不信に陥ってしまう。
果ては、自分さえも信じられなくなってしまう。
でも、答えは至ってシンプル。
その人の存在そのものが嘘なのだ。
あなたや、あなたの信じて来た世界ではなく。

© K. JUNO ALL RIGHTS RESERVED.
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