ここに一枚のチケットが有ります。1971年7月17日東京後楽園球場1塁側 J 81番。もちろんプロ野球の試合では有りません。グランドファンクレイルロードのコンサートチケットです。これはもう、伝説になっていますね。と言ってもロックファンの間だけですが。当日は蒸し暑い日だったと思います。『インサイドルッキングイアウト』がヒットした後でしたが、曲よりは大音響のコンサートの方が話題となっていました。直前にはフィルムコンサートなどもそこここで開催されて、人気をあおっていたように思います。かくいう私も入場整理券も持たずに出かけていって、入り口をすり抜けてアメリカでのコンサートのフィルムを見て大興奮したのでした。
さて、来日コンサートの当日です。当局が暴動などを警戒したのか、グランドには観客席は無く、セカンドベースくらいの位置にステージが作られていました。内野スタンドのみに観客が居て、もちろんフェンスが有りますから、観客は完璧に隔離されているような具合でした。前座は日本から麻生レミと井上孝之バンド、カナダからマッシュマッカーンでした。マッシュマッカーンは当時『霧の中の二人』がヒットしていて、演奏もなかなか良かったと記憶しています。ただ、メンバーが禿げ上がっていて、ロックバンドらしく無いなあとは思いました。麻生レミも本当は当時アメリカで一緒に活動していたバンドが来るはずが、ヴィザが降りなくて急遽井上孝之バンドに変更になったのだと記憶しています。ベースは後にフリー、フェイシズのメンバーとなる、あの山内テツでした。今どうしているのでしょうね?
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コンサートのパンフレット
雨に当たった割には綺麗に残っています。 右側は、スーパグループの紹介です。 |
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| 当時発売された、マッシュマッカーンの来日記念盤の4曲入りコンパクト盤 |
ともあれ、前座の演奏も順調に進み、マッシュマッカーンの演奏が終わる頃、それまで晴れていたのに、急に一陣の風が吹いて、ステージのテントが飛ばされそうになりました。何か異変が起きることを予感させるシーンでした。空はその後どんどん暗くなり、それとともにまるでバケツをひっくり返したような土砂降りとなりました。雹も降ったような気もします。それこそパンツまでびしょ濡れになりながら、グランドファンクの連中が出てくるのを待ちました。他のサイトを見ると1時間半も待たされてと書いてありましたが、そんなに長かったのですかねえ?その間会場内に入れなかったファンの一部がシャッターをぶち破って会場に乱入したりと一波乱があって、雨もやまず、中止になる可能性も有ったようですが、まだ降り止まない雨の中、メンバー3人が現れて、コンサートは始まったのでした。演奏は力もこもっていて、なかなか良く、興奮させられたのでした。後で聞くと、楽器も雨で濡れて、少々感電しながらの演奏だったそうですが、最近見た他のサイトでは感電を恐れて、全部テープを流していたと言う噂があったそうです。私は初めて聞きました。本当だったのでしょうかねえ。演奏の途中、マーク・ファーナーが吹いていたハーモニカを客席めがけて投げていましたが、あれが欲しかった。誰かキャッチした人がいるのでしょうか。
コンサートの終了後は、意外に静かで、暴れる者も無くみんなおとなしく退場したと思います。帰りは水道橋駅にみんな殺到し、なかなか電車に乗れなかったのですが、何となくみんな連帯感もあり、コンサートの興奮も引きずりながら、余韻に浸りながら、共に時間を共有した幸せを感じながら、家路についたのでありました。まあ、かくも簡単に人は些細なことで幸せになれるものです!
さて、そのチケットはいくらだったでしょうか?1700円でした。売り出し中とはいえ、まだ発展途上のバンドだったからでしょうが、ギャラもそんなに高くなかったのでしょうね。2002年ポール・マッカートニーの大阪ドームが14000円ですから、30年前とはいえ、10分の1とはねえ。それもアリーナ席も無く、内野席だけですから。ポールが高いのか、グランドファンクが安いのか。ファンとしてはどっちも満足はしましたがね。