きっと1960年代、日本全国の田舎では音楽好きの少年たちが似たようなことをしていたのでしょうが、学校の帰り道、行きつけのレコード屋に立ち寄り、雑誌で発売を知った新譜を視聴させてもらったものです。もちろん、何枚も試聴させてもらえるわけではないですし、買えるのは二、三ヶ月に一枚くらいでしたから、どれを買うかは慎重に慎重に決めたわけです。たまには雑誌で見ただけで、ラジオなどでも聞いたことの無いシングルレコードを注文して買ったこともありましたが、これが期待はずれだったときは、ほんとにがっかりでした。

 ヴェンチャーズ以来、全国的にいわゆるエレキブームとなり、ご多分にもれず私もギターを買ってもらって仲間とバンドをしようと試みました。もちろんクラシックギターの安いものは買ってもらえましたがエレキは買ってもらえませんでした。受験勉強などもあり、仲間は一人減り二人減り、とうとう私を含めて三人だけになってしまいました。そこで私はベースギターをすることになり、貯めていた小遣いをはたいて、楽器屋さんで見つけた中古のベースギターを親に内緒でこっそり買ったのです。 その後一ヶ月もしないうちに、私は母から呼ばれました。『今月、お金無いから、悪いけどおまえの小遣い貯めてある奴を貸してくれないか?』いやー、うちも貧しかったのですねえ。貸してあげたいのは山々でしたが、いかんせん、ベースを買うので全部つかってしまい、100円玉がいくつかしか残っていなかったのです。結局、ベースを買った事を言わざるを得なくなり、あげく、返してこいといわれて、泣く泣くベースを返品しました。それ以来、結局大人になって自分の給料で買えるようになるまで、エレキを買うことはできませんでした。こうして、第二のヴェンチャーズ、ビートルズになる夢はとん挫したのです。中学3年生の頃でした。

 ビートルズに代表されるリヴァプールサウンドに魅せられたのはもちろんですが、私はそれよりも、リヴァプールに対するロンドンからの返答といわれた、ローリングストーンズに惹かれました。なぜか私にも分かりませんが、ビートルズの曲の中でもツウィスト&シャウトやアイム・ダウン、ディジー・ミス・リジーなど激しい曲やR&B系統の曲が好きでした。ビートルズのかっちりと作られた曲よりも何か不安をかき立てるような、鬱屈したような、不思議な感覚に引き込まれたのでした。また、その後出てきたエリック・クラプトン率いるクリームやジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの音楽にも衝撃を受けました。ブルーズやR&Bを多くカヴァーするバンドの曲を聞き始めるにつれ、そのオリジナルである、アメリカ黒人のブルーズマンにも興味が広がっていきました。ただし、田舎ではブルーズのレコードなど見たこともありませんでしたし、ブルーズに関する雑誌類などもありませんでした。

当時一番はまっていたバンド ミッチ・ライダー&ザ デトロイト・ホィールズ!


大層なタイトルですねえ。ミッチのドスの利いたヴォーカルとアメリカン・ハード・ブルーズ・ロックの先駆けとも言えるハードなサウンドには10代の私は完全にノックアウトされたのでした。

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