ブルーズ!なんと言ったら良いのか、一度取り憑かれると、抜け出せなくなるような魅力があるのです。私もブルーズに取り憑かれてしまった一人です。音楽的にはただただ単純なコードの繰り返しで、基本的にはどの曲も同じコード進行なのです。スローブルーズからロックンロールまで様々な曲がありますが、キーは違っても皆コード進行は同じです。基本骨格が単純なだけ、それに乗っかるメロディやリズムには多様性があるということでしょう。私が最初に聞いたのは恐らく、ローリング・ストーンズがカヴァーしたリトル・レッド・ルースター(本歌はハウリン・ウルフですね。エリック・クラプトンが最初に加入したバンドの名もこれからとったルースターズでしたね。)あたりでしょうか?これがブルーズといわれる音楽形式の曲であることすら知りませんでしたが。私が最初に買ったLPレコードがストーンズのビッグ・ヒッツでしたので、B面の最後に入っているこの曲をよく聴きました。もちろんスライド・ギター等というギターの演奏法もそのときは知りませんでした。私が最初に聞いた黒人のブルーズが誰の何という曲であったのかは覚えていませんが、恐らくB.B.キングかアルバート・キングだったと思います。クリームやブルーズブレイカーズあたりがカバーしていた曲の原曲だろうと思います。60年代の後半には先ほど書いたクリームやジミ・ヘンドリックスが登場し、その後一大ブルーズ・ブームとなりました。フリートウッド・マック、チキン・シャック、サヴォイ・ブラウンなどのバンドが人気となったのです。そのころにはラジオの深夜放送というものも我々十代に人気となり、夜遅くまで布団の中で、イヤホーンをつけて聞いていたものです。そういう番組の中に最新のヒットやちょっとマニアックなバンドを紹介するものもあって、これらのブルーズ・ロック・バンドも時々かかったのでした。
なぜ深夜に聞いたのかといえば、もちろん深夜にそのような音楽番組が放送されていた、ということもありますが、田舎でも、深夜になれば電波の状態が良くなり、地元の放送局だけではなく、東京や名古屋、札幌などの放送でもよく聞こえたということもあります。勉強そっちのけでそんなことにばかり熱中していたので、勉強家と同じように毎日寝不足ではありました。授業中よくうたた寝をして、いきなり当てられて頓珍漢な答えをして、ずいぶんと恥ずかしい思いをしたものです。勉強というものは遅れれば遅れるほど、授業中には肩身が狭くなり、恥ずかしい思いも度々となり、ますます意欲を失う、、、、と言うことで悪循環に陥るものです。成績はどんどん落ちるのでした。
高校三年間は勉強の方は最悪の三年間でしたが、ロック、ポップミュージックにのめり込んだ三年間でした。成績は最悪でしたから、大学など受かるわけがありません。数年間浪人することになりました。もちろん最初から何年も浪人するつもりは無かったのですが、来年こそはと、毎年思いながら、結局浪人を繰り返してしまったのです。浪人生活は東京でした。初めて親元を離れて暮らすことにもなりました。田舎もんが初めての一人暮らしを東京でするなんて、最初は不安一杯でした。高校時代も一人暮らしを都会で始めた先輩の噂話を聞いていました。あの先輩が、風邪を引いて寝込んで、寂しくて一人で泣いていたらしい、等と。一人で暮らし始めれば、新聞の勧誘だって一人で断らなければいけないし、自炊するにしろ、外食するにしろ毎日どこで何を食べるか決めないといけないし、親のありがたみが分かった数年間でした。それは本当か?・・・そんなことを思いつつ、勉強そっちのけでアメリカやイギリスからやって来たロックバンドのライブにしげしげと通った数年間でもありました。教科書よりもレコードの数が増えた数年間でもありました。これではちっとも大学には受かりませんね。
東京には、長野では売っていなかった輸入レコードを売っているお店がいっぱいありました。それに、私が浪人し始めた頃から、いわゆる外タレ、欧米のロック、ポップスのバンドやシンガーが日本公演にやってくるようになりました。それまでは、来日するとは言っても主にプロモーションのためにちょこっとテレビに出るくらいでした。それもほとんどはカラオケに口パクだったようです。恐らく、レコードのマーケットとしての日本がその頃から無視できないくらい大きくなったと言うことでしょう。浪人の後半には私の好きなバンドがほぼ月に一組くらいは来ていたように思います。これじゃあ勉強どころでは無いですよね。何時誰のコンサートに行ったのかはっきりとは覚えていませんが。思い出すだけでも結構な数のコンサートに行っています。ジェスロ・タル、ロリー・ギャラガー、スリー・ドッグ・ナイト、キャット・スティーヴンス、グランド・ファンク・レイルドード、ロッド・スチュアート・ウィズ・フェイシズ(来日時はテツ・ヤマウチ&フェイシズでした)、第1回ブルース・フェスティヴァル(ロバートJr・ロックウッド、ジ・エイシズ、スリーピー・ジョン・エスティス)第2回ブルース・フェスティヴァル(バディ・ガイ、ジュニア・ウェルズ)・・・結構今では伝説になったものにも行っていますね。ローリング・ストーンズの来日が突然中止になってしまったり、チケットまで手に入れていたのに、結局行けなくなってしまったハンブル・パイのコンサートこれらは今でも返す返す残念でなりません。これらのことに関しては、また後ほど。