独り言 8

 若くて、意欲にあふれているうちは、一人医長もなかなか楽しい面も有ります。つまり、大学病院などでは最終の診断も治療法の選択も、病棟医長などがし、それに基づいて、実際の治療が行われるのですが、若い医師には、決定に関与はできますが、最終の決定権は有りません。それが、一人になれば、全て一人でできます。もちろんそれだけ、責任が重くはなるのですけれど。意欲的に仕事をしたいという思いが強ければ、自分の知識を総動員して、患者さんにとって一番良いと思われる方法を考えるのは、不謹慎な言い方かもしれませんが、楽しいものです。しかしながら、思ったほどの効果が現れなかったり、思いがけず患者さんの様態が急変したり、子宮外妊娠などの緊急を要する患者さんが担ぎ込まれたときには、緊張を強いられます。若くて体力もあるうちはしばらくは楽しいですが、何年もこれが続き、結婚し、家族が増えてくると、なかなか大変です。特に、お産は、始まりが全く普通でも、何時異常分娩に変わるか分かりません。異常を見逃さず、時機を逸することなく、決断しなければなりません。それも、相談相手も無く、一人で。

 京都の病院に移動してすぐ、医師会の会合で出会った、大学での元上司が、私に言いました。産科医には『肯き』が必要だよ。つまり、もう帝王切開にしようか、と迷った時、『そうしましょう。』と言ってくれる人がいるだけで、ストレスが減る。と言うことです。これは、本当にそうです。人の体にメスを入れるかどうか、もうちょっと待ってもいいか、こんな決定の責任を全て自分一人で背負い込んでしまうと、本当につぶれてしまう人も出てくることでしょう。

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