さて、研修医2年が終わると私は大学院に進みました。医局の方針、あるいは医局の代表である教授の方針によって、大学院生の生活、仕事は全く違います。これも面白いところで、教授によっては、医局員に大学院進学を勧めない人も居ますし、大学院生と言う学生の身分なのに、数年間一般病院への赴任を命ぜられる医局も有ります。大学病院でも学生の身分でありながら、受け持ち患者も持ち、外来診療も義務づけられるところもあります。私は、医局、教授からは全くデューティーが無く、ひたすら研究生活(そんなにカッコ良いものでもありませんが)を続ければ良かったのです。私の教授はとても良い方で、朝何時に出てきても、帰りも何時でも許されました。つまり、昼から出て来ようが、深夜まで実験をしていようが、なにも言われませんでした。もちろん実験の途中経過などは時々申告しなければなりませんが。
忙しい研修医生活を送った後でしたから、また、自堕落な学生生活に戻るというのは、これはとても楽しいものでした。それに、医師となる前の学生時代と違って収入は一人暮らしには十分なくらいは有りましたから、実験終了後、夜な夜な飲み屋に行くこともできましたし。その代わり、数年後に結婚するときにも貯金は全くありませんでしたが。実験に使う試薬をいちいち教授に申告して購入しようとすると、なぜ必要なのかなどの質問をされるので、どうも面倒くさくて、ある部分は自費で購入したりしていましたので、却って試薬屋さんに借金が有るくらいでした。結局研究者としての能力はあまり無かったようで、大した論文も書けずじまいでしたが、博士号だけはいただきました。研究者として歩むことは有りませんでしたが、物事を多方面からじっくり考えることを学びました。今の臨床家としての私にも十分役に立っていると思います。
大学院の間は、アルバイトで食いつないでいたわけです。週数回の平日の当直、月1から2回の土日の当直、あるいはバスに乗っての子宮癌検診など。当直のアルバイトはその日だけ凌げば良いわけで、ある面気楽では有ったのですが、毎週どんな患者さんが入院しているのかも分からず、その病院の医師のやり方からあまりはずれたやり方はできませんし、日によってあちらの病院、こちらの病院と寝る場所が違うのは、私にとってはあまり楽しい生活では有りませんでした。
大学院以降の生活については、またこの次に。