数年前に三浦友和主演で産婦人科医を主人公にしたテレビドラマがありましたが、これが、産婦人科医の生活ををまじめに扱った初めてのドラマでは無かったでしょうか。あれが、だいたい一般の開業産婦人科医の生活に近いものと思います。要するに、他の普通の方々と特に違った生活はしていないと言うことです。もちろん、大都会のNICUを備えた救急病院に勤める医師と、市井で働く開業医とは扱う症例が自ずと違っていますから、緊張感の持ち方が少し違ってはいますが。
さて、私が、あるいは世の産婦人科医がいかにして一人前の産婦人科医になるのか、を書いてみましょう、
以前にも書きましたが、卒業する頃に何科の医師になるか、どこの医局に入局するかを最終的に決めなければなりません。私が産婦人科に決めた直接の理由は友人に誘われたからです。それも以前に書きました。外科系か内科系かという観点からすれば、恐らくその人の生い立ちや、性格などである一定の傾向はあるかもしれません。たとえば、子供の時プラモデルを作るのが好きだったとか、時計を分解するのが好きだったとかの人は多くは外科系の科目を選ぶような気がします。
どのような理由にせよ、産婦人科医になることを決めた者は、多くは母校、あるいは出身地などの大学病院の研修医になります。今では、私立の大病院でも研修指定病院となっている病院も増えていますが、私の卒業当時は、日赤などの病院を除いて、国公立病院以外にはそういう病院はあまりありませんでした。私は、様子の分からない他大学などに就職活動をするのも億劫だったので、母校の産婦人科に入局しました。寄らば大樹の陰で古くからある大学に行くのも癪に障るというのも理由でした。
研修医の最初の仕事は、点滴係です。何十人かいる入院中の患者さんに毎朝点滴をしに行くのです。学生実習で学生同士お互いに採血し合ったくらいしか、注射の経験の無い我々が、何十人分の点滴注射に行くのです。若い、元気な血管の太い患者さんばかりではありません。ガンの末期で衰弱した方もいます。血管の元々細い方もいます。当然針が血管に入りません。そういうときは、一年上の研修医に助けを求めるのですが、さっきまで四苦八苦しても入らなかった細い血管に、一回で針を差し込んで、帰っていく彼らを見て、悔しいこと。患者さんからも同情されていました。20代で絨毛癌の患者さんがいました。脳にも転移していて、視力もかなり低下していて、我々の顔も区別できなくなっていました。もう、一年以上も抗ガン剤など注射を繰り返していましたし、血管も細くてなかなか針が入りません。もう、その患者さんのところへ注射に行くのがいやでいやでたまらなくなってしまいました。私が何回も針を刺すのに失敗していると、主治医である一年上の研修医が廊下を歩いてきました。彼女は目は見えなくなっていましたが、その足音を聞いただけで、ほっとした様な顔をしたのです。当たり前のことですが、そのときは悔しいとは思わず、「ああ、こういう医者にならないといけないなあ」と思ったものです。患者さんに不安がられるような医者じゃ、しょうがないなあ、とね。もちろんしばらく苦労した後は、ベテランの看護婦が採血できないような時にもかえって助けを求められるようにはなりました。そのころには先の患者さんも私の声が聞こえたり、足音が聞こえるとほっとした表情をしてくれるようにはなりました。しかし、彼女も治療の甲斐なく間もなく亡くなってしまいました。まだ若い患者さんでしたし、赤ちゃんを産んで間もない人でしたから、小さなお子さんを残して亡くなってしまったわけで、何ともお気の毒でした。
研修医の生活はどこの大学でも、昔も今も恐らくあまり変わってはいないのでしょうが、日曜日も祝日も無く、朝も夜もありません。注射や点滴の仕方から、カルテの書き方、薬や検査のオーダーの仕方等医療あるいは医学とは直接関係ない雑務に関することまで沢山の事を覚えなければなりません。学生時代は、医学として、疾患の診断の仕方や、治療法、検査データの解釈などを勉強したわけですが、実際に患者さんを目の前にして、診療するには、検査のオーダーの仕方が分からなければ、何も始まらず、患者さんの苦痛は何時までもそのままなのです。カルテの書き方にしても、どう書いても良さそうなものですが、きちんとした方式に則って書かないと、看護婦や薬剤師や他の医師と情報の共有が出来ず、系統だっ診療が出来ないと言うことになります。
こうして、毎日毎日、朝早くから夜遅くまで雑用に追われ、受け持ちの患者さんの顔は最低日に一回は見に行かなければならず、受け持ちではなくとも、手術があれば出来るだけ見学に行き、夜になればその日一日分のカルテ書きが残っていて、いつの間にか眠くて、眠くて、気がつくとミミズのような誰にも読めないような字で眠りながらカルテを書いていたりというような毎日でした。それでも、翌朝にはいつも通りに仕事が始まるのです。ある日当直あけで眠そうな顔をして病棟に出ていったところ、婦長から、『産婦人科医たるもの、一睡もしていなくとも、患者さんの前で眠そうな顔をしてはいけません!』一喝されてしまいました。