独り言11

 京都の病院に赴任して数年たった頃、母校の教授が代わりました。母校とは言え、とっくの昔に卒業した大学の産婦人科教授が代わったからといって、それが何か?と普通は思うのでしょうが、そこが医師の世界の不思議なところです。たとえば、そのときの私の雇用主は病院の理事長では有りますが、実際の人事権は所属の医局の長である、教授でした。今では、教授の権限というのも随分と小さくなり、特に、新研修制度が始まってからは、直接大学の医局に入局しない新人医師が増えましたから、教授の人事権も小さくはなっていますが、当時はまだまだ昔の雰囲気が残っており、悪く言えば、教授のいいなりに近い雰囲気でした。
 大昔は、本当に絶大な権威を持っていて、関連病院に対して、どの医師を派遣するかは教授の一存で決められていたそうで、病院にとっても、教授とのつながりを保つことが、経営にとっても重要な要素だったようです。教授のご機嫌を損ねると、全医師の総引き揚げなどをちらつかされて、どうにも出来なかったようなことも聞いたこともあります。
 というわけで、私も、当時の病院の院長、事務長などと、就任後のご挨拶には出かけたのでした。
 新教授は前教授と同様旧帝大のご出身で、当然私の母校の出身では有りませんし、学会でお顔とお名前は存じていましたが、どのような方かは良く知りませんでした。ま、こんなことは田舎の新設大学では何処も同じでしょうけど。
 その1年後位だったでしょうか、私は、教授に呼ばれました。忙しくしていたので、誰か下に医師を派遣してくれるお話かと思っていたところ、なんと、私自身の人事のお話で、滋賀県の病院に移動しないか、とのお話でした。それも、給料は今よりもかなり増え、地位も副院長でどうか、とのことでした。
 私が、京都市内の病院間を移動した時には、何人か仲介した方がいらっしゃり、裏の事情は詳しくは判りませんが、当時の教授からは、お前のこの人事はちょっと特別だから、他の医局員の手目も有るので、医局からは離れたものとして移動してくれ、とのお言葉がありましたので、私も居心地がよければ、この病院にずうっと居ても良いつもりでした。
 さて、どうしたものか、副院長というポストもなかなかに魅力的だし、給料が増えるのもうれしいし。しばらく迷ったのですが、結局は移動を受け入れることにしました。その最も大きな理由は、私が移動しないと、今
滋賀の病院に居る後輩が、一人医長になる、ということでした。
 まあ、ここではちょっとかっこいい理由にしておきましょう。
 

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