産婦人科医あるいは産婦人科という言葉のイメージは現在、一般にはどうなのでしょうか。私たち医師は、大学卒業時に何科の医師になるか決めます。親が医師で継がなければならない場合を除いて、その選択にそうはっきりした理由があるわけでもないように思います。もちろん聞かれれば、手術をしたかったから外科を選んだ、とか子供の病気を治したかったから小児科を選んだ、などと答えるのでしょうが、それが本当なのかどうかは分かりません。かく言う私も手術も内科的な事もできるから、とか、生まれるというおめでたいことに立ち会えるから、などと答えることになろうかと思います。それも確かにうそではないのですが、直接のきっかけは、友人が産婦人科を選び、私を誘ったからであります。彼がなぜ産婦人科を選んだのか、それはよく分かりません。そんな話を特に友人としてしませんでしたから。ともかく、一般外科や耳鼻科、眼科などをも考えていた私は結局産婦人科医となったのでした。
さて、そのときの周りの反応はどうだったでしょうか。もちろん大学の同級生は、特別な反応はありませんでした。それは当然でしょう、結局は偶然のようなきっかけで選ぶにしろ、皆真剣に自分の将来を考えていたわけですから。ところが、中学や高校での友達はどうだったでしょうか。たいていは、まず私が産婦人科を選んだと聞くと、プッと吹き出すものが多く、あるいは『やっぱり』とか『夢が叶ったな』というような第一声がほとんどでした。このような反応は私に対してだけではなく、他の産婦人科医の多くも同じような事を言われています。私も同級生たちにそのように思われていたということでしょうし、産婦人科のイメージもだいたいそのようなものであるのでしょう。私の親たちはどうだったか。まず、『何でまた』の一言でした。この様な反応は泌尿器科を選んだ者にとっても同じで、『近所には外科を選んだといっとくから』といわれた同級生がいました。それはなぜでしょうか。やはり、産婦人科、泌尿器科といえば、男女の生殖器を扱う科ですから、性や生殖器に対するイメージが強く影響しているのでしょうね。しかし、当然の事ながら、我々医師にとっては、扱う臓器がどこであれ、上下はありません。何しろ誤診をすれば人の命に関わるのですから、真剣です。
昔から、映画やテレビドラマにも医師を主人公にしたものがいくつもありました。ベン・ケーシーは脳神経外科医、白い巨塔は外科医でしたっけ。私が臨床実習で指導を受けた脳外科医もいわゆる団塊の世代で、子供の頃見たベン・ケーシーに憧れて脳外科を選んだそうです。現実にはテレビほどかっこよいものでも無かった、と言ってましたっけ。ともかく、二枚目俳優の演ずる医師が主人公のドラマでは主人公はたいてい脳外科医か心臓外科医か一般の外科医のいずれかと相場は決まっていたものです。産婦人科医が出てくるとすれば、コメディアンが演ずるちょっとスケベで剽軽な役回りと決まっていたものです。