約束の土曜日。咲兄ちゃんが俺を迎えに来てくれて出発。って言っても隣だから迎えだなんて要らない気がするんだけれど。
「…今日はどこに行くの?」
ほとんど毎日会ってるのにこうして約束して買い物をするなんて、なんだか気恥ずかしい。俺は赤くなる頬を止められなくて下を向きながら、車を運転する咲兄ちゃんに聞く。
「…ん?……擢君は何が見たい?別に映画とかでも行きたい所があるなら良いよ?」
「……何それ?咲兄ちゃんが用事があるんじゃないの?」
驚いて咲兄ちゃんの方を見てしまう。すると、咲兄ちゃんは見惚れてしまうくらい、とびっきりの笑顔で
「僕はね……擢君と出かけたかったんだよ」
って優しい声で言う。でも、いつもより低い、知らない男(ヒト)っぽい感じでゾクリってした。
咲兄ちゃんの格好は黒のVネックのニットとベージュのストレートパンツ。そして日が暮れてから着るために車に乗せられたモスグリーンのジャケット。手には腕時計をしていて結構な価値がある物らしい(ブランドに疎い俺でも聞いたこと有るやつだったし)そして、普段から付けてるグリーン系の香水。
特に力を入れたようには見えないのに、やっぱりお洒落でカッコ良い…。
それに対して俺はブルーのジーンズにラフなパーカー。靴もいつも履いてるスニーカー。…お洒落の欠片もないからなんだか一緒に居て恥ずかしい気分。だってさ、大人と子供の差がすごいするし。……そりゃ、俺が背伸びしたって咲兄ちゃんには追いつけないだろうし、同じ格好しても似合わないだろうけどさ。
……咲兄ちゃんへのドキドキはまだ変わらずにある俺は、チクンと痛んだ胸に気づかない振りをしようと努めた。けど、
「……えっと…映画は…アクションでも良い?」
上手く行かない気持ちに動揺しながら確かまだやってたっけ?と不安になりながら、話題を振る。すると、咲兄ちゃんは、
「もちろん」
と一人うろたえる俺に瞳を細めながら微笑んでくれたのだった。
一緒に見た映画は面白かった。映像は綺麗だったし内容も良かった。……けど……
「別に俺に気を使わないで行ってきたらっ?!まだ、そこらで待ってるんじゃないの?!」
そう、その後が良くなかったんだ。映画が終って俺がちょっとトイレに行ってる間に咲兄ちゃんはなんと三人組みの女の人達に逆ナンされていたのだ。……もちろん、咲兄ちゃんが悪いわけじゃないんだけど……俺が近くに行って咲兄ちゃんは断ろうとしてるのに女の人達はしつこく離れなくて……それでさ、カッとして俺が
「しつこいんだよ!断ってんのが分かんねぇのかよ、バカっ!」
って言っちゃって。そりゃ、俺の言葉が良くないのは分かるけどさ
「こら、擢!駄目だろ、そんな事言っちゃ!」
って軽くだけど俺の頭を殴ったんだ。別に痛くなんかないし、そういう事で怒ってるんじゃない。……だってさ…咲兄ちゃんがあの女達の肩を持った気がして……。だってそうだろ?俺も悪いけどあっちだって人の迷惑を考えずにしつこく付きまとってきたんだし。
だから…
「その人達とが良いんなら好きにしたら良いだろっ!」
って俺は咲兄ちゃんに言っちゃって……今に至るわけで。
「咲兄ちゃんだって女の方が良いだろ?!俺は勝手に帰るから気にしなくていいよっ!」
周りなんか気にせずに、帰る為に駅の方へと向かう。悲しくて苦しくてそんな事、気にしてる暇なんかなかった。ズンズンと大股で前を行く俺に咲兄ちゃんはすぐに追いかけて来て、俺をなんとか宥めようとするけれど、今ではそれがさらに俺の感情を逆なでる。
「擢っ!待つんだっ!」
「嫌だっ!帰るっ!」
気持ちが複雑過ぎて、自分が分からなくなってしまった俺は咲兄ちゃんの顔を見ずに沸き起こる言葉を、深く考える事も出来ずに言ってしまう。
「――優しいのは良いけどさ、誰にでも優しすぎるのって問題じゃない!?……俺、そういう咲兄ちゃん、嫌いだっ!」
俺だけ。俺だけに優しくして欲しい。俺だけが特別であって欲しい。
そんな考えが気持ち一杯に膨れ上がった俺はそう、言ってしまったんだ。だから、咲兄ちゃんに腕を掴まれた時も咲兄ちゃんの様子を知る事なんて俺には出来なかったんだ。
「……僕が嫌い?」
冷たい…冷やかにさえ思える声。怒っているような…悲しむような…でも、本心を閉ざすかのような抑揚のない声。……初めて聞く…声。顔も瞳をスーっと細めて感情が読めないのに機嫌が良くないことだけは分かる。
……俺の体がびくりと一度跳ねた。知らない咲兄ちゃんが怖かった。
「来るんだ」
グッと俺を掴む腕の力が強くなって連れて行かれる。逆らう事を恐れるくらい咲兄ちゃんは怖くて、俺は言われるままに車に乗った。