―素直になれないっ!―

 

 

 

 俺がこの町に引っ越してきたのは幼稚園に入ったばかりの頃。

 父親の仕事の関係で急に決まった事もあり、俺は今まで仲の良かった友達とも「さよなら」を満足に言う事も出来なかった。

 ……正直、新しい場所に行くのが嫌で泣き叫んだのも覚えていて…(照れ)…でも、そんな自分を信じられないほどにこの町を好きにしてくれた人が居る。……それは隣に住む六歳上のお兄ちゃんだった。

 もしかしたら、一人っ子で心寂しかった俺が優しいお兄ちゃんに懐くのは、当然だったのかも知れないけれど俺はその時『この人とずっと一緒にいたいっ!』って子供心に思ったのだ。

 

 

 ……けどさ……それにもやっぱり限度って言うか……今までみたいにはいかないって言うか……

 今も咲(サク)兄ちゃんの事は大好きだし……ずっと一緒に居たいよ?…でも…さ…

 やっぱり、素直にはなれないんだよ〜〜っ!!

 

 …そう、今の俺の悩みは…咲兄ちゃんの前で…思うように素直になれないって事だった。

 

 

「あのさ…咲兄ちゃん?」

「ん?何?」

「毎日のように俺の部屋に居る理由って何なわけ?!」

 このニ週間強。俺が中学校から帰ってくると大学生の咲兄ちゃんは、まるでこの部屋の主のように当然のようにのんびりと過ごしていた。…別に俺にとってそれは嫌なわけでも何でもないんだけど……否、正直に白状してしまえばそれは嬉しい事なのだ。大好きな咲兄ちゃんと一緒に居れるのは嬉しいし、大学生になった咲兄ちゃんとは思うように会えない日が続いたりして落ち込んだりだってしたんだ。

 ……だけど、親にすら向けた事のない反抗的な気持ちは大好きな咲兄ちゃんに向いてしまったようで…

「……大学生ってそんなに暇なわけ?」

 な〜んて、嫌なヤツな言葉までスラッと出てしまう始末で……(涙)ほ、ほんとはそんな事、これっぽっちも思ってなんかないんだよ?!

 内心、可愛くない自分に涙を流しながら、この言葉で咲兄ちゃんが怒っちゃったり、俺の事嫌いになる事がないように日頃、信じてもいない神様に片っ端から祈ってしまったりして……。けど、咲兄ちゃんは読んでいた本を閉じて、俺のベッドに転がっている枕に顔を半分埋めて

「あ、擢(タク)君、そういう事言うんだ?……ちょっと前までは「しゃくおにぃちゃん」ってひよこみたいについて回ってくれてたのになぁ……」

 なんて冗談めかして悲しそうな顔をして見せる。…咲兄ちゃんの名前は木月咲夜(キヅキ・サクヤ)っていって背が本当に高くって一見、スラリとしているのにちゃんと筋肉は均等に付いた男らしい体つきをしている。顔だってそんじょそこらでは見られない男前だ。……声だってさ、その気のない女の人をポーッとさせちゃうくらい美声だったりするし……(ファミレスの店員と話してる場面で実証済み)それに加え、性格は温厚で優しく、勉強・スポーツも万能だなんてほんと神様は一体、咲兄ちゃんにどれだけ力を注ぎ込んだんだって感じだよ。

「……一体、何時の話してるの?俺、もう中三なんだよ?」

「そうなんだよねぇ……昔はあんなに小さかったのにこんなに大きくなっちゃって」

 そう咲兄ちゃんは懐かしそうに言うけれど、俺なんて男子で前から三番目の157cmしかない。……咲兄ちゃんみたいになりたくってご飯だっていっぱい食べて牛乳や魚だって沢山食べてるのに(泣)しかもさ、周りの男子は軽く160cmなんて超えちゃって、部活もしてないのに170cmを超えてる奴だって居る。

「……それって育たない俺への嫌味かなんかなわけ?」

 ついつい眉根を寄せて咲兄ちゃんに詰め寄る。すると咲兄ちゃんはにこって笑って

「まさか。気にしないで大丈夫だよ?高校になれば勝手に伸びてくるんだし。……それに例え伸びなくったって擢君は十分可愛いしね」

 ポンポンって頭を撫でながら優しい声音で言う。……見てるとこっちまでホワ〜ってなるような優しい微笑みで。でも、見惚れてしまうのが恥ずかしいから俺はいつもみたいに素っ気無くその手を振り払った。

「か、かわいいなんて言うなよっ!男にかわいいなんて嬉しくない!」

 きっと赤くなっている顔を隠すために俺は着替えるために後ろを向いて制服を脱ぎ出す。実はこれは咲兄ちゃんのお下がり。でも体格がかなり違ったから詰めたりとか色々してやっと着れるような感じ。……しかも、咲兄ちゃんはニ度ほど制服を新調しなくちゃ追いつかなかったらしい。これはその一番古いやつで、つまりは小学からの上がりたての時のもの。……この違いって何なわけ?中三の俺が楽々ゆったり着れてるのって。

「あ、擢君、今度の土曜に一緒に買い物行こう?」

 咲兄ちゃんは、俺が着替えてるのを見ながらそう言う。……今度の土曜って明後日じゃん。

「……咲兄ちゃん、ほんとに暇なわけ?ていうか彼女とかは?」

 お、俺って本当にかわいくない。つか、嬉しいのに素直に「うん」て言えない自分が悲しい…。俺が一人、激しく自己嫌悪になっていると咲兄ちゃんは悪戯めいた笑顔を浮かべると優しい声で

「……擢君、そういう痛い事言うとね……」

「な、何っ?」

「……お仕置きしちゃうよ?」

「――ぇえっ?!」

 驚いて硬直してしまった俺を咲兄ちゃんは軽々と掴まえて、ベッドに横たえさせ、片腕で俺の動きを封じてしまう。

「さ、咲兄ちゃんっ?!」

 訳が分からなくて、でもヤバイ気がして俺が焦っていると咲兄ちゃんはニコって笑うと上半身裸の俺の脇腹を一撫でして……

「――ひゃっ!や、やめっ!!」

 

 ……思いっきりくすぐり出したのだった。……俺の弱点を狙うなんて咲兄ちゃん、お仕置きだからって意地悪すぎだよ。

 

 

 ……結局、咲兄ちゃんの気が晴れるまでくすぐり続けられる事10分。……俺はぐったりとベッドに沈んだのだった。


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