「――んぅっ!?」
ヌルッと口内に入ってきた感覚に何がなんだか分からなくて首を捻って逃げ様とすると岡田は、空いている右手で強引に俺の顎を押さえ、キスしやすいように前を向かせた。
「ん…ふっ…」
喉の奥から洩れるように聞こえる、自分の声がなんだか甘ったるく聞こえて信じられなった。…岡田は、俺の逃げる舌をしつこく追いかけて絡ませる。送られてくる唾液が飲み込めなくて顎を伝った。
「…川瀬…」
「……っ…ぅ…」
唇を離した岡田が視線を合わせて囁くように俺の名前を呼んだ。俺は息が上がって、涙の滲んだ目で岡田を睨む事しか出来なかった。
「俺は川瀬が好きなんだ…」
そういうとシャツの裾から手を忍ばせてくる。冷たい大きな手が脇腹を撫でるのに俺は声を上げた。
「――やめっ…―っ!」
俺が体を捩り、暴れようとすると岡田はグッとさっきよりも体重を掛けて抵抗を防いでしまう。俺は本当に不安で怖くて…何よりも岡田が全く知らない人物に思えて怖かった。…体が震えて止まらなかった。
「……もっ、止めて、く…よぉ……」
恥とかそんな余裕も無く、目から涙を零す。…岡田は俺のそんな姿をただじっと見ていた。けれど、ただ一度、溜息をついて掴んでいた手首を開放してくれた。岡田は体を離し、ベッドを降りた。そして…
「…帰れ…」
低い…押し殺したような声で呟くように言った。俺から視線を外して。
「…お、かだ?…」
「―帰れと言ったんだっ!………もう、来るな…」
きつく閉じられた瞳が俺を見ることはない。……俺は急に自分の体温が氷のように冷たくなったのを感じた。
「……それっ…て?…」
出した声が信じられないほど震えていた。
「………」
岡田は答えない。俺は無性に不安になった。
「――岡田っ!」
知らないうちに…考えるよりも早く、叫ぶように岡田の肩を掴んでいた。岡田はそれでも俺を見ようとしない。
「……」
すっと伸ばされた腕に肩を掴んでいた手を外されて落とされる。…触れる事を拒絶するように…
「……岡田?」
「…もう、止めよう…」
眉を寄せ、諦めたように…無表情に口を開いた。
「……ぇっ?…」
「…もう、お前と俺は何も関係ない…ただのクラスメイトだ…」
「…っ!…」
喉が張り付いてしまったように声が出ない。体が不安なくらいガタガタと震えた。…どれくらい時間が経ったんだろう…先に口を開いたのは岡田だった。
「…帰るんだ…川瀬…」
追い討ちを掛けられるように声を落とされ…俺は、ただただ首を振った。
「川瀬っ!」
岡田は怒鳴るように声を響かせた。けれど、このまま帰る気になんてなる訳がなかった。
「――嫌だっ!」
「―川瀬っ!」
「絶対、嫌だっ!」
岡田と俺は睨み合うように対峙していた。そんな俺の態度に呆れたのかしばらくして岡田は今度は脅しめいたようにこう言ってきた。
「…ここに居たら何をされるか分かっただろう?…嫌だったら帰るんだ!」
けれど、それにも俺は首を振った。それを見た岡田は
「…川瀬、それがどういう意味か分かって言ってるんだろうな…」
はっきりとした怒りを含んだ声だ。…当たり前だ。嫌だと言って岡田を拒否したのは俺。その俺がまた我侭を言っている。けど…岡田の言う事を聞くわけにはいかなかった。
「…お前…勝手、すぎるよぉ…」
嗚咽が止まらないけれど、やっと口に出来たのはそんな言葉だった。…岡田はその俺の言葉をただ静かに聞いていた。
「好きだって言ったり……止めるって、言ったりっ!勝手過ぎるっ!」
「………川瀬…」
「なんでっ?なんでそんな風に言えんの?…俺とそんな風になってもお前、良いのかよっ!」
ボロボロと零れる涙。けれど、拭う事もせずに問いだてる。そして、岡田は俺の言葉を最後まで聞かずに遮るように言葉を放った。
「――良いわけがないだろうっ!!」
目の前のテーブルをダンッと勢い良く拳で叩く。その迫力に俺は息を呑んだ。
「いい訳がないっ!…お前と離れていいなんて…思うわけがないだろ?」
けれど、テーブルを軋ませた力に反して、後に続いた声には力が無かった。岡田は額に両手を組むかのようにしてそのテーブルに肘をついた。
「…じゃ、なんでっ…?」
「………」
「教えてくれよ…。頼むからっ!」
俺が声を上げると…岡田は辛そうに一度だけこっちを見た。すぐに視線は外されてしまったけれど。
「……お前が好きなんだ…。だから…もう、友達には戻れない。…元に戻って傍にいられる程、俺は強くない…」
そう言った後には、岡田は両の手で顔を覆うようにした。
「…頼むから…帰ってくれ…」