シンの事を知ったのはシンの母親が城に忍んで来た夜のこと。
 魔界でも三本の指に入ると言われたシンの母、リヴィスは己の肌よりもさらに白いドレスと肌の透ける黒のストールを身に纏い訪れた。
 豪華なドレス、煌びやかな宝飾品を身につけるのが常の悪魔の中、彼女は小さな藍い石の首飾りをしただけで悠然と…力の強い者達が取り囲む中、突き進んだ。
 …彼女の腹は、すでに大きくなりその存在を周りに示していたが…その姿は尚も彼女の美しさを示すかのようで…彼女自身、幸福な微笑みをしていたのを覚えている。 きっと辛い状況であっただろうに彼女はこれ以上ないほど幸せに微笑んでいたのだ…。

 ……そう…今のシンに良く似た顔立ちで…。
 けれど、私は今までシンの幸福な微笑みを見たことはあっただろうか……?
 氷の塔からシンを連れ出し、傍にいる時をどれだけ過ごしたか分からない…。
 それなのにシンに幸せを与える事が出来ないでいるなんて許されることではない。
 …シンを見た瞬間に囚われた心。
 あの心の熱が消えた日ただの一度としてない。
 儚いほどに美しく…触れてしまえば壊れてしまいそうなのに抱きしめずにはいられない。己の腕の中に閉じ込め、誰の目にも触れさせずにいたいとさえ思う脅威な程の独占欲と力ずくにでも散らしてしまいたいと思う欲望と…。
 …それをシンに強要することがどれだけ簡単なことかは分かっているつもりだ。
 きっとシンは「命令」となれば何も言わずに体を開くのだろう。…仮定ではなく確信さえ持たずにはいられないこの考えがどれだけ最低な行為であるかも理解している…。
 けれど、これ以上傍にいれば…己の欲に負けてしまうことは…自分だからこそよく分かっている。
 シンを傷つけたくはない…。
 そんな形で出来た物を手に入れたいわけではない。
 だからこそ…離れることにしたのだと…どれだけ繰り返そうと…深く…暗い気持ちが心を蝕む。


 ……シン……。
 あの時絡んだあの視線のように…二人の心が絡むことは…許されないのだろうか…?

 

 

「自由の道」

 それは見たことのない道。 自分が決められるモノ。
 自分を決めれるモノ。
 …魔王様に会う前に確かに夢見たモノ。
 それを与えられたというのに…。
 目の前に在る物にすら実感が湧かない。
 …見えているのに…気持ちが動かない。
 手に触れられるほどに近くに在るのに伸ばそうとも、伸ばしたいとも思えない。
 魔王様に会って…魔王様以外のモノが消えてしまったから。

 ……魔王様。
 僕は怖かったんです。
 「秘書」は由一、人から許されたあなたの傍にいられる《理由》だった。
 …あなたの傍にいることを許され、その範囲を超えて…あなたに触れてしまう事…。
 ……母さんのように許されぬ程の『異なる』人に恋をする事も。
 ……自分に祝福されぬ理由があるのに恋焦がれる人を求めるのは…その人を汚してしまうようで……怖かった。

 ……けれど、魔王様を僕の中から消さないといけない今…僕に何が残り…何を幸せと呼ぶべきなのか…。


 魔王様に最後に会った日から五回の月を見た。
 …僕はその間、感情を生み出す場所を透明な厚い膜で巻かれたように…動くことが出来なかった。


 ……魔王様。……いえ、ダスディ様。
 あなたの言葉を恐れながら…けれど僕はそれを奥深く胸に留め…あなたが「自由の道」を本当に許して下さいますのなら……
 戯言と笑われようと…許して下さらなくとも…お好きなようにして下さって構いません。
 ただただ、最後に……一度だけ…… 





 

シンがいない職務室。
 本当ならばシンのかわりに第二秘書を傍に着け…あの机に座らせるべきなのだが…私にはそれが出来ないでいた。
 今はまだ、誰にも辞めさせた事を告げてはいない。
 だが、このままでいいはずもない。
 …分かってはいる。情けない事と…。
 断ち切ると決め…それを己の中でも…外でも認める事が出来ないなど。
 ……あってはならない事だ…。

 私は、ソファに座り、いつものようにシンの机を眺める。

 ……ここに体を預けながらシンを見るのが好きだった。
 …自分の机からは遠くてシンの様子があまり見えなかったからだ。
 だから、このソファをこの場所に置いた。
 当初、シンは、私がこの部屋には皆無と言っていいほど誰も通さない事を知っていたから何に使うかが分からずに不思議そうにしていたっけ…。
 そして、それが私の昼寝に使われる物と知ると表面上はにこやかにしながらも
「魔王様。お昼寝だなんていつ幼児に戻ったんです?」
 と言ってきて……。
 …思い出せば口元に笑みが浮かぶ。
 …楽しかった。自分の欲を押さえ、シンと過ごす日を全く辛くなかったかと言えば嘘になるが、その気持ちよりも遥かに同じ時を過ごす事は幸せだった。
 その日々を…私は……


 ふと気配が近づく。同時に眠りから起こされるように霞みがかっていた気が急激に戻される感覚。

 ……なんだ?…小さな…けれど強い力が近づいてくる。それも扉ではなく、シールドで護られている窓の方からだ。
 私が訝しげに思っているとそれはシールドも何もなかったように通り抜け、私の方へと飛んできた。
 ――まさか?シンの使い魔か……?
 だが、そうとしか言いようがない。この気はシンでしか有り得ない。
 私は腕を伸ばし、その鳥を止まらせた。
 一見、白い羽を持つただの鳥。
 だが、光を浴びるとオーロラのようにその色を変える美しい鳥。

 使い魔は、一度首を横に小さく傾け、それをすぐに直すと嘴からこう言葉を紡いだ。

「ダスディ様。
 このような形であなたの前に再び現れることをどうかお許し下さい。
 ……どうしても…あなたに伝えたい事があって……あなたにとって迷惑かもしれません。いらないと…不快な気持ちにさせてしまうかもしれません。けれど、どうか聞いて下さい。
 ……私は、あなたを…
 ……あなただけを愛しています。

 …けれど、僕は恥も知らずに大それた夢を見てしまうのです。あなたの…ただ一人の人になれたならと……。
 実ることがないことは分かっています。
 だけど…例えあなたと離れようと…僕はあなただけをいつまでも愛しています…」

 使い魔は、シンの口調をそのままに仕事を終わらせるとスイっと大きく空中を舞い…消えた。

 ……なんということだ……。

 呆然とどこか実感のない不思議な気持ち。けれど、それも一瞬のこと。
そう…こんな場所にいるわけにはいかない…。
私がいるべき場所はもう分かったのだから…。  




「どうしても気持ちは変わらないのか?」
 僕は床に膝をつき、「はい」と答えた。
「……シン…」
 あの人とどこか似ている声。 
 聞いているだけで身を震わせるような…。
 ……けれど、ダスディ様の方がほんの少しだけ高かったな…。
 なんて、緊張と不安の中…気持ちを軋ませる記憶がふっと頭の中を掠めていく。

 お会いするのは本当に久しぶりの事。
 だけど、つい時の流れを忘れてしまいそうになるのは、きっとお姿がお変わりになられていないからだろう。
 ……そう、現魔王であるダスディ様のお父上のガルゼ様は、僕が塔に入った時から一切変わることなく、逞しく、凛々しい姿でいらっしゃる。
 最後にお会いしたのは僕が塔を出て…ダスディ様の秘書として過ごすことが決定した時だから何百年ぶり…といった所だろうか?
 僕が思いを馳せているとガルゼ様は、一度深く溜息をし
「シン。…私はお前に何もしてやることが出来なかった。…母上にも。」
 頭上の上から落された声音にビクリと体が揺れた。身を切るような辛い声だったから。…思わず、顔を上にし声を上げてしまっていた。
「――違いますっ!ガルゼ様は僕に幸福の場所を与えて下さいました!母に僕を産むことをお許しになって下さった事も…どれだけの言葉を尽くして感謝の意を表しても足りないほどですっ!」
 もっともっと、本当は言いたい事は沢山ある。けれど、こんな大事なときに上手く働くことが出来ない自分の思考が憎らしい。…だけど…僕が必死になったからだろうか?
 ガルゼ様は眉を寄せ、口元を苦く歪ませると
「……私はお前の幸せを祈っている。もちろん、お前の望みも…私が出来る事であればどんな事でも叶えてやりたい。…母上の分も私が力になれるのなら例え重罪になる事もやり遂げよう……だが、」
 ガルゼ様は一度だけそこで言葉を切ると
「シンの本当の望みは人間界に行くことか?…魔力を消され、魔界を離れ…お前の望みは叶うのか?」
 ガルゼ様は、厳しく…そして優しい声で僕に糺す。上げた顔を僕は俯かせて、流れる涙をガルゼ様に見せないようにした。
「…ありがとうございます。…身に余る光栄です。…ですが…ガルゼ様が僕にそう願ってくださるように…僕も大切な人には幸せになってもらいたいんです…」
「……シンがここにいてはならない?」
「……はい…っ…」
 止め処なく流れる涙が痛い。
 …僕はいてはいけない。
 身の程を弁えず、大それた願いを抱いてしまうから。
 …自分の欲に負けて、そして、あの人が僕意外との幸せを手に入れた時…僕がそれを壊してしまうだろうから。
 それは予想ではなく確信に近い想い。
 そうなった時、ただでさえ失った大事なものを…思い出にすら出来なくしてしまう自分が恐ろしかった。

「どうか…どうか、お願い致します…ガルゼ様…」
 震える声で、僕は言った。

「僕をただの人間にして下さい」

 




 城の地下。
 そこは城の主であるガルゼ様が足を踏み入れる事を避けたかった場所。
 …そこには、魔界を統べた者だけに与えられる物がある。
 きっと、その存在を知っている者などこの魔界を探してもトップクラスの悪魔の中…数える程度の少数で、実際に実物を見た者は今まで大罪を犯し裁かれた悪魔の数より少ないだろう。
 皆に恐れられる『氷の塔』など比べようにもないほどの力を持ち、与える力も巨大…。
 ……当たり前だ。
 それは、地位を受け継ついだ己の力を遥かに超える我子…魔界の王を罰する物なのだから。


「本当に後悔はないか?」
 黒い布掛けをされた、大きな物。ガルゼ様の身長さえも優に越える物の前でそう聞かれた。
 まっすぐに向けられる視線。
 辛そうに眉を寄せるのは、あの始めて会った夜と変わっていない。
 …その事になぜか小さな嬉しさを感じながら、短く
「はい」
 と答えるとガルゼ様は目を一度深く閉じ、間をおくと
「…承諾した」
 といつものお優しい声ではなく、時の王として魔界を統べた者の威厳ある声で僕に答えてくださった。


 呪文をガルゼ様は唱える。
 僕はただ、地に膝を着いて呪文が終わるのを待った。
 額・首筋・手首・腰・足首。
 次第に重い装飾具が呪文で形取られていく。
 銀の地金に黄金の細やかな文字で魔力を封じる術が書かれてあるそれは、人間界に行けば身の内へと一体化し、目に見えることはない。
 …ただの人間になる。
 呪文が終わり、あの大きな物の力を借りて人間界に行けば、僕はただの人間になるのだ。
 …魔界に戻れはしない。
 魔力もなく、永遠の命もなく…あの人が褒めてくれた髪も瞳も失ってしまうけれど、僕が一番大事にしたいものはそんな物ではないから…。

 呪文が已んだ。
 顔を上げると、ガルゼ様はあの黒い布を手に持ち、一気に外した。

 そこには頑丈に、豪奢ともいえる金色の細工に囲まれた不思議な色の鏡。
 七色のように…けれどゆらゆらと水面のように揺れて不意に黒い影が舞う。
 

「…シン……この鏡を通った時、お前は完全に人間になる」

 ガルゼ様はそう言い、僕を鏡の前へと引き寄せる。
 僕は、重い錘をつけた体なのに…まるで吸い寄せられるような足取りで鏡の前に立ったのだった。



 不思議な感覚だった。
 ぬるま湯のような…けれど時折浮かび上がる黒い影が近くを通ると炎に炙られるように熱くなり手を思わず引いてしまう。
 それを何度か繰り返し、意を決して何も映さない鏡の中に伸ばした腕を少しずつ埋めていく。
 ゆらゆらと不思議な波の中はどんな世界なのか分からず…指先から徐々に消える己の身体がどうなるのか…怖くないわけがない。
 人間になると覚悟をしていても僕は急激に高まる不安から、どうしても震えてしまう喉を一度だけ鳴らして後ろを見ようとした。
 それは、ガルゼ様という力の強い方に縋りたいという気持ちがどこかにあっての事だったかも知れないし、そうでなくとも…ガルゼ様を見て最後にあの人を想いたかったからかも知れない。

 でも、それは出来なかった。

 だって……
 だって、最初に見えたのは大きな手で。
 それは、振り向こうとした僕の頭を抱え込むかのように包んだ。そして、僕が何が起こっているのか理解する前に起こった身体への衝撃。
 それは激しい痛みじゃないけれど確かにスピードのついた速さで床に倒れ、鈍く痛んだ。
 僕は不快さに眉を寄せ、重い装飾具で身を庇うことすら出来なかった事に微かに己への苛立ちを感じながら、けれど、意外なほどに痛まなかった体に違和感を感じた。
 …当たり前だ。
 大きく逞しい腕に包まれた頭と身体。
 ぶつかるはずの物から包まれるかのように守られていたのだから。
「嘘…」
 信じられない…。
 信じられる訳が無い。
「…どうして…」
 なぜ?…どうして?なんで?
 …なんで、ここにいるの?
「…ダスディ、様…」
 きつく。痛いほどに回された腕は、僕が動くほどにさらに強くなり、掠れた声は苦しいほどの口付けで囚われた。
「――んっ!?…んぅっ…ふ…」
 強引に唇を割って入ってきた舌に想う様口中を探られる。
 歯列をなぞられ、舌を痛い位に吸われて…離れる時には濡れた音が聞こえた。
 そして視界がぼやけるほど近くにあった顔がほんの少しだけ遠ざかる。
「どうしてって?分からない?」
 愛しい声。けれど、初めて聞くくらい苛立った声。
「……」
 そんなダスディ様に対して僕はなんと答えたら良いか分からずに視線を彷徨わせると、ダスディ様は今度は両の腕でしっかりと僕を抱き寄せ、己の身体に密着させると
「…迎えに来たんだよ、姫君を……いや…花嫁をね…」
「――っ!?」
 顔を覗き込むようにして、でも真剣な顔つきで彼は言ったのだ。
「……な、何を言って…」
 信じられなくて。というよりも頭がついていかなくて、とりあえず頭に浮かんだ問題から解こうと、腕から逃れようとする。でも、僕が離れようとすると容赦なく力ずくで引き寄せられる。
「はっ、離して下さいっ!」
 精一杯、本当に精一杯の力で抗うのにびくともしない。そして、ダスディ様は、まだ暴れ続けている僕を軽々と肩に担ぐと
「父上。シンに行なった今回の事、例え貴方とはいえ許せはしません」
 とただの一度として見たことのない恐ろしい声と顔で言い放つ。それに対しガルゼ様は、口元を微かに歪ませて
「…愛する者をそこまで追い詰めた者になど何を言われようとされようと構いはしないさ…」
「……」
「それどころか感謝されるべきだろう?いくら力を抑える術を掛けた後とは言え、シンのように力にも才にも長けた者に気づかれぬように注意して私がお前にこの事を教えてやらなければシンが完全に鏡の中に入ってしまっていたかもしれない。そうだろう?」
「………」
「ここは魔王を罰する為だけの場所だ。そんな場所をお前がサーチするとは思わんからな。…まぁ、したとしても最後だろうな」
「…それについては感謝しています!ですが、貴方がもっとシンを説得するかもっと前に私に知らせるとか方法はいくらでもあったでしょう!」
「私は愛する者を助けに来ないような最低で薄情な子に育てた覚えは無いが、もしもお前が来なければ、情けない息子の面倒を長い間見させてしまったせめてのお詫びと感謝の印にシンが望む通りにしてやったさ。そうすれば肩身の狭い地界と嫌な思い出でしかないお前から開放されてシンも幸せになれるだろうからな」
 そう、ガルゼ様は僕には見せたことの無い…そう、言うなればとっても意地悪そうなお顔で言われたのだ。
 ……ダスディ様は、渋面な顔で抱き上げた僕の足をもう一度、抱え上げるとこう言ったのだ。
「誰にも渡しはしないっ!シンが私を愛していると知った以上、離れることは二度とありません!……そして、私が愛するのもこの命が果てるその時まで…シン、ただ一人だけです」
 …お父上であるガルゼ様に。魔王としてではなく一個人の愛を真摯に告げてくださったのだ。言葉も無くボロボロと涙を流す僕にガルゼ様は、それに満足したようにただ一度、深く頷き
「……もちろんだ。…シン、どうしようもない私の子だがよろしく頼む」
 と笑みを浮かべ、その部屋を出て行った。

「あ……え、と降ろして下さい」
 あれから数分、そのままでいた。
 だから、泣いて、まだ完全には止まらないけれどほんの少し気持ちが落ち着いてきた僕はそう言ったんだけど…
「なぜ?」
 と聞き返されてしまう。その上、
「気が変わっただとか仕事だとか言われて逃げられないようにこのまま私のものにするよ」
「えっ!?」
「もちろん、私の愛もたっぷりと時間を掛けて分かってもらわないと」
「そ、そんなっ…―あっ!」
 ダスディ様は、蕩けそうなほどに魅せられる微笑みを浮かべ、一度として触られた事のない奥深い場所を意味有りげに布越しで触れた。

 広げられた真っ黒で大きな翼。
 あの一瞬で虜になったあの姿。
 あの時は、魔王様に手を引かれ共に塔を飛び立った。
 けれど…今度は…
 …ダスディ様にまるで獲物のごとく片時も離されることも無く目的地まで運ばれる。
 そう、ただの一度として入らなかったダスディ様の寝室へ…

「もうっ…許してっ…!」
 また、中を深く抉られる感覚。
 何度となく揺さぶられて気が可笑しくなりそうで怖い。
 彼が果てて、やっと今度こそは許されるかと思えばそれはただの通過点とされて、もっと濃密的な交わりが強制的に始まる。
 もう、僕は最奥を嫌というほど衝かれ、数え切れないほどの絶頂を何度となく迎えさせられて想うように身体を動かすことさえ出来ず、彼の首に回していた腕を寝台の上へと崩れさせる。
「どうして?」
 くすり、と上で笑うのが分かった。
 それでもどうにか伝えようと声に出した。
「も、無理っ…で、す…」
 憎らしいとさえ思う。
 だって、僕が言おうとするとわざとその存在を分からせるように腰を押し付けて、僕を黙らせようとしたから。
 そして、胸の飾りをその器用な指で転がす。
「もう?…まだまだ、始まったばかりだろう?」
「…っぁ!…やぁっ…」
 触れられて身体を跳ねさせたと同時に思わず彼をきつく締め付けてしまう。
「シンもまだ満足してないみたいだね」
 クスクスと笑いながら首筋に熱いキスが何度も落ちて、あがる息を整えたくてコクリと喉を動かすとそれをなぞるように舌が触れた。
「…あぅ…っ…ちがっ…」
 …どんどんと引き込まれるような快楽の中、僕はまた、声を響かせた。
 嫌なわけがない。
 やっとの想いで一つになれたのだから。
 卑しいほどに彼が欲しくて堪らない。
 けれど、感じすぎて辛いのだ。
 それをどうにか伝えようとしたけれど、結局は言葉になどならなかった。
 彼に触れられるたびに過敏なほどに感じてしまう己の感覚に戸惑いと確かな喜びを感じながら僕はぼんやりと思考を徐々に暗闇へと落していった。


 ガルゼ様のお城から連れ去られるようにダスディ様の寝室につれられた後、僕はベッドへとゆっくり降ろされて深くて長い口付けを交わした。
 何度も何度も、今まで出来なかった分を取り戻すように。
 どこもかしこも、彼に触れられていない場所を探すほうが困難になるほどに指でも舌でも暴かれて僕が身体を震わせると
「ずっと…ずっとこうしたかった…」
 首筋に零れるような熱い溜息と共にそう言った。僕は、本当に嬉しくてダスディ様を出来る限りの力で抱きしめて
「……僕もです…」
 と言った。それに彼はとても嬉しそうに微笑んでくれた。けれど、彼はすぐに真面目な顔をして
「…私はシンを自分のものにしたくて…でも私の地位やいろいろな事がシンを苦しませているのも…分かっていなったわけじゃないんだ」
「……えっ?」
 僕が不思議そうな顔をしたからだろうか?ダスディ様は苦く笑うと
「けれどシンはただでさえ私や…魔界という物に縛られていて…もし、私が気持ちを伝えれば自分を抑えてでも答えようとするのが分かっていたから…恐くて言えなかった。…本当にすまない」
 そして、大きな手のひらで頬を包まれて目と目を合わせ
「…愛しているという言葉だけじゃ足りない…そう思うほどシンを私だけのものにしたい。…大切で…大切なのに壊してしまいそうで堪らない」
 そう、ダスディ様は言った。
 僕は、彼に「ありがとうございます。僕も。僕も貴方の事を何よりも…誰よりも大切に思っています。…けれど、僕はそんなに簡単に壊れたりしない。それに例え壊されても…貴方になら構いません」と伝えたかった。
 でも、感極まった僕は、喉が熱くなって…喉の壁が張り付いたように話せなかった。
 だから僕は、彼を自分に引き寄せて耳元で精一杯こう言った。
「ダスディ様…僕には…貴方だけしか見えません。今までも…これからも」
 ずっと…
 そう、僕は続けたかったけれど、それはダスディ様の微笑んだ唇へと吸い込まれたのだった。
 けれど、僕の気持ちはしっかりと伝わったようで綻ぶように笑ってくれた。
 それからは、幸せな気持ちでいっぱいで。
 何度交わっても飢えていた気持ちはそう簡単には満たされず、何度も、何度も肌を重ねた。

 そして、これは意識が飛ぶほんの少し前のこと。
「ダスディ様……あっ…あぁっ!…」
「…っ…シン…そう言えば…」
「……?…っ…」
「もう、様なんてつけてはいけないよ?これから、私はただのダスディだ」
「……そん!…ぁっ…」
「当たり前だろう?私は自分の伴侶に他人行儀な事をされて許せる程、心は広くないからね」
 クスリと。本当に楽しそうに。 
 でも、その蕩けるような微笑みと…虜になっているその細めされた夕暮れの瞳に僕はまた、心の熱を上げながら
「…ダスディ…っ…もっと…」
「ん?」
「もっと…これからもずっと…あなたとこうしていたい」
 と頭に浮かぶ望みを言った。ダスディは優しく笑むと僕の唇に軽いキスをくれて
「……私もだ」
 と僕が一番欲しい言葉をくれたのだった。
 


「…起きたかい?」
「……は、い…」
 喉が掠れて上手く声が出なかった。
 ダスディ…は(つい、様をつけてしまいそうになり焦りながら見ると)ずっと僕を腕枕していてくれたようで、僕が離れようとすると笑って逆に引き寄せられて抱きしめられる。
 僕はだるい体を動かすのも億劫になって暗い部屋の中見回した。
「…今は…?」
 昨日はいつ眠ったのかすら分からないような状態だったから、今も一体いつなのか判断できなかった。
「まだ眠っていて良い。というよりしばらくは休みだからね」
「えっ!そんなこ…」
 僕が必要ないと言おうとすると、唇に一指し指が優しく触れて僕が驚きながら言葉を切るとこうダスディは言った。
「誓いをしよう」
 と真摯な声で。まっすぐに瞳を合わせて。
 …僕は、それに腫れた瞳からまた涙を溢しながら
「はい」
 とただ、それだけをやっとの事で答えた。


 まだ、始まったばかりの恋。
 でも、何百年も掛けて育った恋。
 あの虜になった日から、ただの一時ですら心が離れることは無かった。
 これから…何が起こるか分からない。
 けれど、母さんが人間の男を愛し…僕を産んだように僕もこの人を愛することを誰にも譲ることは出来ないだろう。
 だから、惜しみなくただ伝えていたい。

『あなただけを愛しています』
 呟くように。
 囁くように。
 ……そして、今は愛しいその腕に。
 時が許す限り…包まれていよう。


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注:掲示板に載せていたままのUPなので見にくい・誤字脱字など多々至らない個所があるとは思いますがどうぞ、よろしくお願い致しますm(_ _)m