―only love―
「愛しています…」
…ただただ、あなただけを愛しています。
この気持ちはあなたにとってどうでしょう?
…迷惑でしょうか?
いらないと思われるのでしょうか?
…けれど、諦められない僕は…今もあなたしか目に入らない…。
「魔王様、仕事をして下さい」
「…しているよ?」
「…机に見るも情けなく倒れた状態でとは…本当に怠慢も良い所です」
「…それはひどいな。私は熱心に魔界を監視しているよ?それを仕事というのだろう?」
「…えぇ、確かに。−ですが、あなたの仕事は監視だけでなくこれ以後の行事に対し案を出して頂かなくてはいけません。もちろん、あらゆる悪魔達への指示、決定も下して頂かなくては。あなたにして頂かなくてはいけないことが山済みです」
にっこりと。秘書たる者、上の者には常ににこやかに。…その言葉に反することなく、僕は僕の仕事に全力を注ぐ。
魔王様は、机の上に腕を組み、その上に顔を乗せるとチラリとこちらを見てみせた。
「…そうだね、確かにシンの言う通りだ。…けれど、その私にシンは休憩というものも…しいては、ご褒美もくれないよね。」
「……」
「…それは秘書の仕事じゃないかな?」
魔王様は、まるで厭味なのかと言いたくなるほど見惚れる位、美しい微笑を浮かべながら僕に言ってきた。
僕が言葉を発せずにいると…。
「…フゥ…。仕事にやりがいも感じられない私は…これから魔王としてやっていく意味があるのかな?」
と嘆き悲しむかのように空中を一瞬見て、浅い溜息をついてみせた。
その光景は完璧な人がやると芝居がかっているとは分かっていてもちょっと、見惚れてしまうほどだった。
腰まで伸ばされた漆黒の髪。
現在は直されている大きな翼も髪と同じく闇の色なのを僕は知っている。
そして、黄金を思わせる美しい肌。
均整の取れた体と長い手足には付きすぎることのない筋肉が全体に纏われていて、衣を着ていてもその美しさは他人に遜色なく伝わっている。
…そして何よりも魅力なのはその瞳だ。
…煌めいている宝石の…タンザナイト。
夕暮れを思い出させるその色と輝きは、見たものを捕らえ、視線でその手の中へと落としてしまう。
今も僕を篭絡させようと流し目なんてしてくるのだから、魔王様も人が悪い。
…魔王様に会ったあの一瞬で自ら手の中に飛び込んでしまった僕が言うのもなんだけどさ…。
「一体、どんなものをご所望ですか?」
いけない。と思いつつもやっぱり惹かれてしまってついつい聞いてしまう。
…もちろん、返されるのが毎度、受け付けられない言葉だと分かっているのだけれど。
……ほら、あの楽しそうな顔…。
「…そうだね。……シンとキス、かな?」
…やっぱり。僕が黙っていると
「出来ることならそれ以上」
と歌うように二人きりの部屋に声を響かせる。
「…却下」
毎度、毎度のやり取り。
…あなたのその声で、そんなこと言われていつも心乱される僕の気持ち、分かっています?
「…冷たいね」
フフって苦笑い。
けど、そう言いながらも僕にそういう事を最後まで仕掛けてきたことがないだなんて、矛盾していません?
「……。…………二時間の休憩を」
これも毎度。
だって、このまま続けても仕事は捗らない事は実証済みだし。
…それに、そうならない事なんてわかっているけど、魔王様を疲労で倒れさせたいわけじゃないし、ストレスなんて溜めさせて魔界を火の渦にしたいわけでもないから良心側の僕から、魔王様へのご褒美。
…けど、『秘書』の僕もキッチリしなきゃ。
「ですが、その後は一切、休憩はありません」
氷と呼ばれた鉄壁で釘を刺す。
…可愛くないことをしているのは分かっているけど『秘書』の立場は忘れられない。
…忘れちゃいけない。
「……分かったよ。…シン」
魔王様は立ち上がり、フワリと微笑むと僕の髪をさらりと撫でて部屋にある大きなソファへと横になる。
その大きなソファでも長身の魔王様の体は、はみ出てしまっていた。…それでも魔王様は優雅に飛び出した自分の足を組んでいる。
「…プライベート用の城か隣室のベッドに行かれたらどうです?」
いつもの会話。けれど、その姿を見ると言わずにはいられない。
「…一緒に来てくれるなら…ね」
また、ドキリとする。美声と微笑みが僕に向けられたから。
「……二時間後、起こさせて頂きます」
故意に作った苦い顔で答える。
魔王様はまた一瞬、苦笑いして
「…お休み…」
甘い微笑み。そして目を瞑る。
…瞬間移動なんて朝飯前なのに。
例え自分の翼で帰ってもベッドに入るまでにきっと一分も掛からない。
…なのに、その用途では不便なソファを長年愛用する訳は一体なぜなのだろう?
…僕は、出来る限り音を立てないようにして自分のデスクに座り、目を通さないといけない書類達を捲っていく。
…そうしながら毎日、毎日繰り返す。
…そう…あの日から一体どれだけの月日が流れたのだろう?
頭の中はすでに過去を辿る。
…あの…運命の日に…。
赤みを帯びた満月の日。何百年という歳月の中、母が倒れ、まるで手の平の砂のように一瞬で消えた。
死がない悪魔。
その悪魔であった母が亡くなった…。
「お前を守ると母上は私達に言った…」
その夜、泣き悲しんでいた僕の前に音もなく、時の魔王様と魔界一といわれる占師は現れた。
「だが、恐れていたことが起きてしまった今…お前をここには置いておけない」
占師は、無表情にそう言い、怪しい爪色をした指で隠れた唇をなぞった。
「…シン…お前の母君は力を使いきり…死の道を自ら選ばれたのだ」
「…ぇ…?」
魔王様は僕の濡れた目尻をそっと指で拭うと優しい落ち着いた声でそう言った。
「…母君は、お前の父を心から愛し…他の者から精気を奪おうとしなかった。…こうなることも母君は分かっていたのだろう」
「……」
「…シン…。母君がお前を護っていた時には私達も見守る事が出来た。…だが、今はそうはいかない…」
魔王様は、苦渋の顔をするとじっと僕の瞳を見つめ
「お前の力は強い。そして、きっとこれから比べようが無いほどに強くなる。そうなれば魔界…いや、天界も黙ってはいないだろう」
「……そんな…」
僕は言われていることが分からなくて…でも、なんだか怖くて聞きたくなくて…首を必死に振る。
自分の力が強いだなんてただの一度だって聞いたこともなかったし、自分でも全く分からなかった。
…言いようもない恐怖に不安になり青ざめる僕に魔王様は僕の手を両手で包むように握りしめ
「きっと私の子供がお前を助ける。…だからその時まで…」
魔王様は酷く辛そうに…まるで体中に怪我をしたような痛々しい顔をして重い口を開いた。
「……氷の塔に…隠れていて欲しい」
「…こお、りの…っ!」
それを聞いた僕は体中から血の気が引くのを感じた。顔はきっと色を通り越して白くなっていたに違いない。
…氷の塔。それは大罪を犯した者が入れられる戒めの塔。そのほとんどが大悪魔や名の知れた悪魔しか入れられたことがなく…今では使用されていないと噂で聞いた。
証である首輪や手首に嵌められるブレスに反応して、今にも崩れてしまいそうな氷の塔は、その者から自ら力を吸収して塔内に閉じ込める。
力が強ければ強いほど、その者から力を奪い、己の姿を美しく栄えさせる。
…死のない悪魔が永遠に許されるその日まで力も無く、生まれたての人間の赤子のようにただ暮らす。それは思うが侭に力を振るい面白おかしく生きている悪魔にとって、命を奪われることよりも屈辱で…絶望すらも与えることになる。
「…辛いだろうが…息子がお前の力を超え、迎えに行けるその日まで待っていてくれ」
大きな手に握り締められた手が痛かった。
……だけど、僕は……母さんが護っていてくれた命をとられずに済むのなら…ただその一心で深く頷いたのだった。
ただ一人、塔の中で暮らすのは寂しくて堪らなかった。
何度もベッドの中で泣いた事も覚えている。
……力を振るいたいわけでもない。
力が出せないことを屈辱に思ったわけでもない。
ただ一人、一度も振るったこともない力の所為で徐々に煌びやかに栄えていく塔が怖くて…自分以外の誰かが塔の中にいるんじゃないかと淡い希望まで抱いたりした。
そして、それと同時に味わう己の成長。
顔は母さんそっくりになっていくのに体は貧弱ながらも男の作りになっていって…。
白銀の髪が床まで伸びて自分が一体、いつまで成長するのか不安にもなった。
…悪魔や天使は、寿命がない。
己が一番力を振るえ、それを有効に使い、保てる時まで成長し、そこで止まる。
個人の力の強さや能力の成長によって違うから老いていようが幼児であろうが見かけでは力の強弱は分からない。
それに力の開花は遅咲きと早咲きがある。
僕は典型的な早咲きだった。
…そして、時の魔王様の子供は遅咲きだった。
僕よりも何百年も前に生まれたというのをずっと昔に母さんから教えてもらっていたから知っていた。
だから、魔王様の子供が僕よりも圧倒的な強い力を得られるその日まで誰の目にも触れない場所にいなければならないということは頭では理解していた。
だって、力の弱い妖魔と力のない人間の間に出来た子供が、たった一時であろうとも他を寄せ付けない程の力を持ち、しかも魔王の力を引く者と同等…もしかしたら、それよりも強いとなれば魔界はもちろん、天界も黙ってはいない。
だからこそ、魔王様の子供が僕を助けてくれるその日まで塔の中で暮らさなくちゃいけない。
そう、頭では理解しているのに寂しくて……怖くて仕方がなかった。
……本当に助けに来てくれるの?
ずっと、一人でここにいないといけないんじゃないの?
…人間との子供なんて祝福されていないのは分かっている。それなのに…誰もいらない僕を本当に迎えに来てくれる?
自問自答に傷つき、不安になる毎日。
…嵌められたブレスをきつく握り締めてベッドの中で泣く日々が続いていた。
…だから…本当に夢だと思ったんだ。
知らぬ間に頭上から黒い羽が舞い散り、ほんの一瞬に大きな翼に身を包んだ魔王様が目の前に現れたあの時。
……僕は今も鮮明に覚えている。
魔王様は所々に金と赤の糸が施された黒い衣装で身を包み、長い漆黒の髪を柔らかく揺らしながら静かに僕の前に跪いた。
「…お待たせ…我が姫君…」
と、童話の王子様がするように恭しく…けれど、妖しく瞳を光らせながら…僕の甲に口付けをしたのを。
あの時から僕の心は捕まっている。
輝き、見る者を魅了するタンザナイト。
今も僕の心は…あなたの元から帰ってこない…。
そういえば…あの長くなった髪は魔王様に切ったほうが良いって言われて切ったんだった…。
ふと、そんな事を思い出す。
自分ではコントロール出来ず、床まで伸びた白銀の髪は、塔を出てすぐに魔王様が自ら、切ってくれた。
「…切ったことがないって、髪をばっさり落としてしまってから言うし…」
思い出してクスっと知らずに笑みが零れる。
「鏡を見るまで不安だったよなぁ…」
少しずつ切るのかと思えば、いきなり肩まで切り落とされ、それからザクザクと耳周りを切られた。
自分がどんな姿になっているのか分からないから床に大量に散らばる髪に不安を積もらせたんだ。
…そして、魔王様が
「出来たよ…」
と満足そうに微笑みながら僕に鏡を見せてくれた時は驚いた。
きっとバサバサな纏りのない髪か、どこか変になっているのだろうと諦め半分に考えていたのに、鏡に映った自分の姿は、髪で暗く見えていた顔に光が当たってとても健康そうに見えた。
塔の中で見ていた自分の顔と本当に同じものなのかと、不思議にも思った。
「…ずるいよな…」
なんでも出来るだなんて…。
ぽつりと独り言を零す。
…魔王様の邪魔にならないようにと小さな声で言っていたけれど、これは言葉にも出さない。
優しくて、力も強くて格好良くて…。その上、何でも出来るなんてずるいって思うこともあるけど…そんな所もすごく…好きです…と。
「…あ、もうそろそろ起こさないと…」
いつの間にか時間が迫っていた。
いつもよりも思い出に耽ってしまって書類もあまり進んではいなかった。
僕は軽く溜息をついてデスクに書類を置き、魔王様の近くへと行った。
「…魔王様…時間です」
一度声を掛けても動かない。
…いつもはすぐに目を覚ますのに…。
もう一度、呼んでみたけれど反応がなくて、仕方なく体を軽く揺さぶろうと手を伸ばした。
「起きてくだっ…―ぁっ!」
伸ばした腕は途端に引っ張られて、魔王様の上に乗り上げる状態になる。
「―魔王様っ!」
…今までにこういう事がなかったとは言わないけれど、こんなにきつく抱きしめられた事はなかった。
内心の動揺を感じとられないようにと気を配りながら、魔王様に声を上げた。
「…シン。私の名前は…?」
「…はっ?」
「私の名前を呼んでごらん?」
左手で腰を力強く抱き、もう片方の手で首筋を撫でられる。
襟足に長い指を絡めて甘い声で囁かれた。
「…なぜです?」
ぐらつく弱い心に釘を刺して眉をしかめた顔で聞き返す。
「…そうだね。単純に聞きたいから…かな?…それと…」
魔王様は妖しい声でもったいぶるようにそう言い区切った。
そして、同時に体を反転させて僕を下に組み敷く。
僕の顔の横に腕を着き、顔を近づかせる。
…ここで初めて気づいた。
いや、こんな時に気づいたって意味はないのだけれど、魔王様には小さい、大きなソファは僕が横になるとぴったりのサイズだったのだ。
足も腕もゆったりと伸ばすことが出来る。
…僕がそんな風に一瞬別のことに気をとられると魔王様は微笑み…
「…もうそろそろ、我慢が効かなくなったから…かな?」
と夕暮れの瞳を細め、信じられない言葉を空中に落したのだ。
「ま、魔王様っ!」
悪戯で器用な手は衣の裾の下を這い、僕が焦りながら肩を押し返そうとするのに全く言うことに耳を貸してはくれない。
「駄目ですって!」
眉を寄せて、睨むようにする。
「…どうして?」
髪に何度も口付けていた魔王様は、その行動を止めることなく囁くように声を出す。
それは、甘くて…操られてしまいそうな声…。
その声音は僕にとって瞳と同様に魅了されるには十分な物だ。けれど従うわけにはいかないのだ。
「…決まっているじゃないですかっ!仕事をしなくてはいけませんっ!」
…秘書の僕。それは魔王様の生活を公私共に管理をしなくてはならない者。
それ以外の何者にも僕はなれはしない。
…なってはいけない…。
与えられた立場と役目。
…孤独の後に手に入れた居場所。
その場所は、人間との間に生まれた悪魔の僕が魔界や天界の複雑な事情の中で考慮された結果、与えられ、手に掴む事が出来た場所なのだ。
…他の幸せなんて望めるはずがない。
なのに魔王様は、その居場所を僕に見せようとする。
見てはいけない。触れてはいけない禁断の扉を時々、ほんの少しだけ内側から開いて覗かせるように…。
そして、それはとても僕を惹きつけてしまって、引き返す事を容易には許してくれないのだ。
…心の奥はすでに扉に飛び込んで…元の場所に戻りたくない程、熱望しているのだから。
「仕事…ね…」
魔王様は、僕の言葉に困ったように…でも、どこか寂しげに苦笑いを見せた。
僕の心がツキリと鋭く痛んだけれど曲げるわけにはいかない…。
「魔王様…秘書にはこのような事は…仕事に含まれません…」
瞳を魔王様から外して、声を落す。
…今までに理由を付けては口付けを乞われた事もある。
また、時には今みたいに抱きしめられた事も…。
魔王様はその度に可愛くない僕の言葉聞いて時には笑い…切なげに苦笑いもした。
僕はそれを見て…魔王様の腕の中に飛び込もうとする自分を戒めるのだ。
「魔王様…お願いします…」
逸らしたままの視線。
絡まるとその瞳の力に逆らうことが出来ないと分かっているから…。
「シン…私に抱かれるのは嫌…?」
ふと、悲しげに男らしい眉を寄せて、どこまでも深く悲しい…掠れた声を耳に響かされ…どきりとした。
今までにない、腕の力。
そして…一度としてなかったこの問い。
…魔王様…?
「……僕は…秘書で…」
「…うん…」
「…あなたと…このような事は…出来ません」
「……」
「…離して、下さい」
経験したことのない事態にやっとの事で声を音にした。なのに魔王様はまた信じられない事を真剣に口にしたのだ。
「……シン…」
「…はい?」
「…出来ないんじゃなく…したくないと言うんだ」
「―ッ!」
大きな手に顎を元に戻され、交わる視線。
そこには…今までに見たことのない瞳をした魔王様がいた。
…僕は逸らすことを許さない瞳の強さに知らない内に体を震えださせてしまう。
なぜなら、魔王様の夕暮れの色が濃くなって…どこか懐かしく、けれど夢のような不思議な色で映したモノを優しく包む瞳が闇を招く男の瞳に変わっていたから。
「…魔王、様…?」
震える体。
掠れて、喉に絡む声。
不安と…気持ちの揺れに溢れ出した涙。
滲んだ視界の中…変わらずに僕を見つめ続ける魔王様。
…僕は…どうすれば良い?
痛いほどの視線。闇を濃くした男の目は僕をただの一時も逃がすことなく捉え続ける。
…迷い。僕の心はほとんどがそれで支配されていた。魔王様に抱かれる事。それはあの恋に落ちた日々から徐々に蓄積されていた僕の心の奥底の欲望。
けれど、僕は秘書だ。そして人間との子供でもある。…その僕が秘書という立場以外で幸せを望む事はただの「夢」であり頭の片隅では愚かであるようにさえ考える。
…今まで魔王様に恋人のような甘い要求を乞われた事があったけれど僕はその度に嬉しさと戸惑いと不安…そして、もう一つ、諦めという絶望が僕の心を襲うのだ。
魔王様に抱かれても自分は「恋人」になれるわけでも「ただ一人の人」になれるわけでもない。
僕と魔王様が抱き合って…その後に残る物に僕は…涙を流さずにはいられない。愚かであろうと…望まずにはいられないから。
どれくらい時間が経っただろう?
魔王様は僕が怯えるような瞳を向けてしまったからだろうか…?ふと眉を歪ませて
「…私が怖いの?」
と悲しげな声を落した。僕はその声に反射的に体を震わせてしまって…まるで肯定をしてしまうかのようなその行動に魔王様の瞳は悲しさを濃くした。
「…シン…これ以上の我慢は…気の長い私でも出来そうにない…」
低く…掠れた重い声で
「…私に酷いことをされたくなかったら…もう、自由の道を行きなさい」
と僕を凍りつかせるその言葉を紡いだのだ。
魔王様はあれから僕をソファに残し、部屋を出て行った。
僕はただ、魔王様に言われた事に呆然とし…理解できずにいた。…否、理解したくないから頭が働いてくれないのかもしれない。
結局僕は何も考えられなくて…押し倒された姿のまま、震える指先を一度だけきつく握り締め…声を上げずに泣いた。