…廊下を歩いている間、私の頭の中には、去っていった鵜川の顔が浮かんでいた。出て行く時に垣間見せた、あの泣きそうな顔は、本当は何を私に伝えようとしてくれたのか…?
私の出した答えは間違っているのかもしれない。
けれど、他の答えが私の中にないのだから…――
――どんなに沢山の人がいてもすぐに見つける事が出来る。…まだ、目を逸らしたくる気持ちも確かにあるけれど、私に塩を送ってくれた鵜川に対し、そんな事は、もうしたくない。…私は、大きな学食の入り口で一度、大きく息を吸って前を向き、歩き出した。…私が、中に入ったことで入り口にいた人の目が私に絡んでくる。…私は立ち止まりそうになるその足を叱咤して、歩を進めた。
「…宮田先輩…」
宮田先輩は、中央に作られた大きなテーブルに鵜川や進藤先輩と座っていた。奥に座っていた二人は、私がここに近づく前から私を見ていた。…鵜川の視線が…痛い。
「宮田先輩」
さっきよりも大きな声でその名を呼ぶ。…この名前を呼ぶのもなんて久しぶりになんだろう……その名を呼んだとで一斉に回りがざわめき、注目を浴びる。…手がわずかに震えて、抑えれない。…私は拳を握りしめた。
宮田先輩は、ゆっくりと私の方を振り向いた。まっすぐにその黒い瞳に自分が映るのを見る。
「……なんだ?」
座ったままの宮田先輩とは私を見上げるような形になる。…自分の心臓の音がうるさい。…私は、目を瞑り、呼吸を一回、整えた。
…そして、ゆっくりと目を開け、宮田先輩の肩に手を掛けた。…回りがざわつくのも、鵜川が見てるのも無視して。
――私は、少しだけ屈んで、目の前の唇に自分の唇を合わせた。
「…菱谷…」
少しの時間。…一瞬だけ。懐かしい、その形の良い唇は、見かけよりも柔らかくて温かかった。
「―なっ!―何してんだよっ!!」
…私がした事で回りのざわつきが酷くなっていた。けれど、それは鵜川がテーブルを両手で叩き、食器が音を立てるとみんなが静かになった。…私は、先輩から目線を外し、鵜川に向き直った。
「…鵜川は教えてくれたよね?…私もあんな何も出来ない自分は嫌いだ。…だから、変わるためにここに来たんだ。」
しんとした場所に響く自分の声。その声が他人の声のように聞こえた。
「…だから、終らせるために先輩にこんな事しに来たってわけっ?!」
皮肉げに笑った鵜川は、私を睨む。…私は、それに少し、笑って答えた。
「終らせないよ」
「―何っ?!」
「宮田先輩が私をいらなくても私はいるから。だから、終らせない。誰かに渡したりなんかしない。…諦めない。」
「………」
「…私も鵜川にあげないよ。…宮田先輩は、私のものだ。」
私がそう言うと鵜川は、何かを口にしようとしたけれど止めて、私から視線を少し、外した。…少しして私は、視線を鵜川から離して宮田先輩に合わした。先輩は、まっすぐに私を見ていた。
「………」
「……宮田先輩が嫌だって言っても追いかけますから。」
私がそういうと、先輩は瞳を大きく開いた。…私は、そんな宮田先輩に向って軽く笑って見せ、背中を向けると近くにいた人を一瞥し……ゆっくりと、通ってきた道を引き返した。
…学食場の入り口にも人はごった返していたから、今にもよろけてしまいそうな足に力を入れて歩き続けた。…やっと、人の姿がなくなる場所になると、ずっと、握り絞めていた手を開いて見た。爪の跡がくっきりと残り、汗がじんわりと出て、自分がどれだけ緊張していたのか……でも、頑張れた自分を少し、褒めてやりたくもなった。