男は暗く深い森の中を彷徨い、一つの屋敷を見つけた。
日も暮れかけ、疲れ果てていた男は一晩の宿をそこに求めようとした。

屋敷の主は、身なりの良い男だった。

「道に迷ったようですね、さぞお困りのことでしょう。
どうぞ、今宵は我が屋敷にお泊りください」

淡く笑んで主人は男を館の中へを誘った。

そこは広い、広い屋敷だった。
いくつもの部屋が並び、奥まで続いている。
おそらく、上の階も…屋敷全体がそうなのだろう。
だが、不思議なことに人間の気配をあまり感じない、男はそう思った。
召使いも少なく、微かに立ち働くものの気配はするが
部屋の中にそういった気配を感じない。
不思議に思っていると、主人は口を開いた。

「この部屋たちは、全て私のドールの為に作ったものなのです」

ドール―

なるほど、人形収集家か。

男はそう思った。
屋敷の主人は、身なりといい物腰といいアンティークドールを好みそうな雰囲気がある。
部屋のいたるところに、人形が立ち並んでいるのであろう。

「私は、美しいものや可愛らしいものに目がありません…。
ある日、骨董屋で素晴らしい人形を見つけました。
象牙の肌、流れるような髪は瑞々しく、唇は熟れたさくらんぼのように赤く艶めいて…」

主人はうっとりと、ドールとの出会いを語った。

「私は一目でそれを気に入ってしまった…いても立ってもいられなくなり、
その場でドールを買い上げてしまいました」

そして、ドールの為にこの屋敷を建て移り住んだのだという。

「そして、欲が出てきました。もっと、この美しいドールをもっと集めたい。
世界中のドールを我が手中に収めたい、と。
そして、実行に移しました……世界中から、
ありとあらゆる手段を使って、美しく可愛らしいドールたちを集めたのです」

主人の瞳には、狂気めいた光が混じっていた。

「私のためだけに微笑み、私の言うことだけを聞く、愛しいドールたち……彼らは、私の愛に応えてくれました」

満足げにくつくつと笑う主人に、男は怯えにも似た感情を抱いた。
それに気づいてか、主人は笑いを収めると男に向き直った。

「あぁ、つい話が長くなってしまいましたね。すぐに晩餐の支度をさせましょう。それまで…そうですね」

主人は何かを思いついたように、淡く微笑む。
どこか悪戯めいた表情で。

「私は、殊更独占欲が強い性質でして。
普段はドールたちをほとんど誰の目にも入れないのだけれど。
今日は久しぶりの客人を迎えたのでとても気分がいいのです…。
特別に私のコレクションを…ドールたちに会わせて差し上げましょう」

いささかもったいぶった口調で、主人が廊下の先を示す。

「屋敷の部屋のどこかに、ドールたちはいます。
花のように美しく気高い、私の自慢のドールたちが。探してみてください」

部屋は入り組んでいるから迷子にならないように、そういいながら主人は男を屋敷の中へと送り出す。
淡く、どこか酷薄な笑みを浮かべて。

「さて、どのようなドールがお気に召すのでしょうか?
そうそう、これだけは守っていただきます。
決してドールに乱暴をしないよう…そして、いくら心を奪われても連れ出そうなんて考えないこと…。
ドールはこの屋敷でしか生きていけないのだから…」

底光りする瞳で男を見つめて、主人は言う。

「ドールたちは悪戯好きなので、悪戯されないようにご注意ください。それと最後に……」

主人は、男の背中を押しながらその耳元に低く囁いた。


「美しいドールたちに、魂を奪われないように…お気をつけください…」



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