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私には妹がいる。 濡れた鴉羽のような黒髪。粉雪のように白く透き通る肌。どこまでも澄んだ、何処か憂いを含んだ瞳。 その全てが……彼女は美しかった。 だから。 ──私は、鳥篭に閉じ込めたのだ。 「鳥篭」 「あの…ご主人様?」 その声に、私は読んでいた本から視線を上げる。 「……ああ、梢か」 梢……この屋敷に仕える、私専属のメイド。 「どうかなさいましたか?なんだかぼうっとしていましたが……」 梢は心配そうに私の顔を覗き込んでくる。 「いや…少し考え事を……な」 私はそう答える。 「そうですか……?あ、もうすぐご昼食が出来上がりますので、食堂へいらしてくださいね」 「あぁ、わかった」 私がそう言うと、梢は軽く頭を下げる。 その姿も、すっかり様になってきた様に見えた。 梢との出会いから、もう1年の歳月が過ぎようとしている。 今、私はここで梢と2人で過ごしている。 梢を引き取ってから、私は元居た広い屋敷を離れ、この小さな──と言ってもあの屋敷と比べてだが──離れに移り、梢を残した使用人を全て解雇した。 ……それも、少しでも多くの時間を共に過ごしたいが為だった。 梢には、私の身辺の世話をさせている。 梢もそれに不平を漏らすことなく、よく尽くしてくれている。 「……明日はいい天気かな、梢」 食事の席につきながら、梢に尋ねる。 引き取ったばかりの頃はろくに料理も出来なかった梢だったが、今では一流シェフも顔負けの腕前だ。 基礎的なことは私が教えたのだが、梢自身の才能に依るものだろう 「はい、明日もきっと良いお天気になるでしょうね、ご主人様」 「そうか…」 「こんな気持ちの良い日は、どこかお散歩にでも行きたいですよね……」 梢はどこか夢見るような表情をする。 微かな罪悪感が、私の胸をよぎる。 その所為で、無意識に梢から目を逸らしてしまった。 「…そうだな、明日は少し無理だけれど……」 それを聞いて、梢が少しだけ残念そうな表情を見せる。 「今度、どこかに出かけようか……梢」 「えっ…いいんですか?」 私の言葉に、梢は途端に瞳を輝かせた。 「あ…本当ですか?……あ、でもご主人様もお忙しいのでは……」 「気にするな、私もたまには外に出たいと思ってたんだ」 そんな心にも無いことを言う自分が少し可笑しくなった。 「あ…ありがとうございますっ」 素直に喜びを顔に出す梢。 その笑顔を見る度……私は胸の奥が痛くなるのだ。 梢は、この世に居ない人間だ。 彼女の戸籍はこの日本のどこにも存在しない。 屋敷の住人、厳密に言えば私の祖父に当たる人物……これは後で知ったことだが……の手によって、彼女はいなかったことにされていた。 それだけの力が、この屋敷の一族にはあった。 梢はそれ故、学校にも行くことも真っ当な職に就くことも出来ない。 だがそれは私にとっては寧ろ都合のいいことだった。 一目会った時から、私は彼女に魅入られてしまったのだから。 「梢……」 夕食の後、私は梢に声をかける。 「片付けが終わったら、私の部屋に来なさい」 その言葉が何を意味しているのか、梢は知っている。 「……はい」 梢は俯きながら短くそう答えた。 梢を真島家のメイドとして迎えてから。 私と男女の関係となるまで、そう時間はかからなかった。 初めて出逢ってからずっと、私は梢を女として見ていたし、梢もソレを拒まなかった。 ……いや、拒めなかったのかもしれない。 しかしそれも、私にはどちらでもいい事だ。 梢が私の傍に居てくれるのなら。 梢を初めて抱いた時、彼女は既に処女ではなかった。 それが何を意味するのか……今となっては知る由も無い。 しかしそれすらも私にとってどうでもいい事なのだろう。 それから暫くして。 言い付けどおり、梢は私の寝室にやってきた。 * * * 梢との初めての出会い。 それは私がまだ少年の頃のことだ。 ある日、両親と共に訪れた屋敷。 そこがどのような場所なのか子供だった私に分かるはずが無く、ただ広大な敷地を持ったそこを歩くのは私にはちょっとした冒険気分で、好奇心を刺激されたのだ。 そして私は、あの地下室を見つけた。 ──今考えると、そこは常に錠を下ろされていた場所だった。 ──何かを閉じ込める為の場所。 ──人の目から遠ざける為に。 周りに誰も居ないことを確認して、地下へと続く階段を降りる。 そこには、檻に繋がれた……文字通り「檻に繋がれた」少女が一人。 長い間其処に居るのだろう、その顔は随分とやつれていたものの……少女は美しかった。 鳥篭の小鳥。 それが、私の彼女に対する印象だった。 神秘的な、それでいて何処か頼りなげな印象。 そして何故か、私は彼女にどこか懐かしさを感じていた。 「……こんな所で、なにをしてるの?」 そう声をかけてみる。 「……だれ?」 少女は答える代わりにそう問いを返してきた。 「僕は和男。真島和男だよ。ここに遊びにきたんだ」 「かずお……さん?」 「うん、君の名前は?」 「私……こずえ」 「こずえ、か。よろしくね、こずえ」 「……」 暫しの沈黙。 少女は、まるで何かに怯えているかの様だった。 その沈黙に先に堪えられなくなったのは私のほうだった。 「こずえは……どうしてこんな所にいるんだい?」 もう一度尋ねてみる。 「……ここにいろって言われてるの」 「……誰に?」 当然の疑問。 しかし梢は、答えを躊躇っている様子を見せる。 「……ごめん、言いたくないんならいいんだ」 何か深い事情があるのだろう。 子供心にこの屋敷の異常さに気づき始めていた私は、そう考えた。 「…ねぇこずえ、僕と遊ばない?ここって大人ばっかりでつまんないしさ」 「……おにいちゃんと?」 「うん…嫌かな?」 「……ううん、でも私、あんまりあそびとかしらないし……」 梢が寂しそうな表情をする。 「だったら、僕が教えてあげるから」 「……?」 「僕、こずえといっぱい遊びたいから」 「………」 「……どうかな?」 「……うん、ありがとう、お兄ちゃん……」 ずっと沈んだ表情だった梢が、その時初めて私に微笑を向けた。 ……それが、とても嬉しかった。 その日は一日中、梢と取り留めの無い話をしたりして過ごした。 それから直ぐに、あの地下室への入り口は閉鎖され、私は2度と梢に会えなくされてしまった。 しかしそれからずっと、梢は私の記憶に、忘れられずに残っていたのだった。 月日が流れ…… その屋敷が手に入る決まった時、私は真っ先にあの地下室へと足を向けた。 そこには、あの時と変わらぬ部屋に。 あの時の少女が。 あの時の面影を残したまま。 そこに、居た……… * * * 「…自分で脱いでくれるかな?」 私の前に立ったままの梢に、私は座ったまま言う。 「……はい」 羞恥に頬を染めつつ、梢は服を脱いでいく。 私は今まで、梢に奉仕を強制したことは無かった。 それでも梢は、私の言葉に決して逆らわない。 ……例え、それがどんな命令であろうと。 梢がメイド服を脱ぐ。 一糸纏わぬ姿が、私の眼前に晒された。 ……微かな背徳感。 私は今、梢を抱こうとしているのだ。 それがどんな意味を持つのか、理解していながら……。 「……綺麗だな」 これは本心から。 私の言葉に、梢は顔を赤らめ俯く。 梢の体を優しく抱きしめ、唇を重ねる。 折れそうなほど細い梢の体は、心地よく暖かく、柔らかい。 「ん……んふぅ……っ」 長い長い口付け。 梢の口内を貪り尽くす。 少しだけ甘い味がした。 「……ぷはっ……はぁ……」 それだけで、梢の瞳はもう虚ろになっていた。 「梢、今度は、私のほうをしてもらおうか……」 「……はい」 私に促され、梢が跪く。 「……ご奉仕させて頂きます、ご主人様…」 そう言って梢は私のズボンのファスナーを開き、しな垂れたままの自身を取り出す。 そして、それをゆっくりと舌先で刺激する。 「んっ……んむっ………」 粘膜の擦れる音が、静かな部屋に響く。 梢は懸命に、私自身に奉仕をしていた。 微かな、しかし心地よい刺激……。 「……上手くなったな、梢」 そう言って、梢の髪を撫でてやる。 「んふぅ……はぃ、ありがとうございますぅ……」 上目遣いに梢は微笑む。 「…よし、もういいぞ」 「あっ……はい…ご主人様……」 促されるままに梢が唇を離す。 梢を立ち上がらせ、その肩を抱き、首筋にキスをする。 「…あっ……御主人様……」 切なげな吐息が、耳元から聞こえる。 そのまま右手を、梢の未だ成長途中の乳房へと下ろしていく。 「…んっ…、はぁっ………」 ピクン、と梢の体が小さく跳ねる。 掌に伝わってくる梢の鼓動は、早鐘のように脈打っていた。 「ここも…段々成長してきてるな」 仄かに汗ばんだ梢の肌は、まるで吸い付いてくるかのようになめらかで柔らかく、そして暖かい。 胸の先端を軽く刺激してやると、梢の体が前より大きく震えた。 「ふあ……っ」 梢の唇から、甘い声が漏れる。 「梢……」 梢をベッドに寝かせ、そのまま、梢の秘部へと手を滑らせる。 そこは、既に充分に湿り気を帯びていた。 「……行くぞ」 「…はい」 短く言葉を交わす。 梢は目を閉じ、身を堅くする。 私はゆっくりと体を被せていった。 そのまま、梢の中に自身を入れていく。 「んんっ……」 微かな抵抗を見せたそこは、徐々に私自身を飲み込んでいった。 梢の中は暖かく、きつく締め上げてくる。 「梢、動くぞ」 「……はい」 目に涙を浮かべながら、梢が答える。 ゆっくりと、繋がった部分を動かしていく。 その度梢の口からは甘い吐息が漏れる。 「ん……ふぅ……ああっ………」 梢の中はまるで私自身を離さないのように複雑にうねり、絡みつく。 「梢っ……」 「あっ……ご主人様っ………」 唇を重ね、舌を絡めあう。 梢のその快感に耐える表情は、私を更に高みへと昇らせていった。 「梢っ……行くぞっ……」 「はっ…う……ああ………はいっ…ご主人様っ…!」 急速に昇り詰める。 そのまま、梢の中に精を放った。 「……お兄……様ぁ……っ…!」 擦れゆく意識の中、そう梢が私を呼んだ、気がした……。 * * * 屋敷の当主になって暫くして、私は梢があの地下牢にいた理由を少しだけ知ることが出来た。 書斎に残っていた父の日記は、私に忌まわしい真実を教えてくれたのだ。 ──梢は私と血の繋がった実の妹であること。 ──母と使用人との不義によって生まれた子だと疑われ、虐待を受けていたこと。 たったそれだけの理由で、梢はその人生の大半を奪われたのだ。 血の繋がった家族の手で。 そして、今は実の兄によって。 私が屋敷にやって来たあの日、梢は私の目から遠ざける為、あの地下牢へと押し込まれていたのだ。 そして偶然、私がそれを見つけてしまった。 あの日、梢と出会っていなかったら……或いはその方が梢には幸せだったのかもしれない。 私に彼等を責める権利は無い。 私も同類なのだ、彼等と。 ……梢はそれでも笑顔でいてくれた。 それだけが、私の心の救いだった。 * * * 「わぁ、今日もいいお天気ですよ、ご主人様っ」 梢は今日も空を見ている。 その瞳に溢れんばかりの憧憬をたたえて。 ……篭の中の小鳥は、日増しに外界への憧れを募らせている。 どんなに繋ぎ止めようとも。 「なぁ、梢……」 「…なんですか、ご主人様?」 不意に声をかけられ、不思議そうな顔で梢が振り返った。 「…今、幸せか?」 「………?」 暫く言葉の意味が飲み込めなかった梢は、少し考えた後こう言った。 「…ええ、だってご主人様と一緒にいられるんですもの。梢は幸せです」 屈託のない笑顔。 その笑顔が、不意に眩しく感じた。 ああ、そうか。 ──篭に囚われているのは、私のほうなのだ。 「……あはっ、なんだか照れちゃいますね」 梢は恥ずかしそうに笑う。 「でも、できるなら……」 静かな声で。 「ずっとこうして、一緒に居られたらいいですね……」 ずっとこうして、二人で。 その言葉に私は…… 「ああ、そうだな……」 微笑を浮かべて、そう答えた。 この鳥篭で、永遠に………
〜 終 〜
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