法輪寺の寺宝

かつて伝わっていた多数の寺宝も、歴史の変転のうちに、その多くは散逸し失われてしまったようです。
以下の宝物は一般公開していませんが、秋季特別展などでご覧いただく機会があります。

龍鬢褥 龍鬢褥
藺・絹製 縦72.0センチ 横77.0センチ 重要文化財

現存している花筵(はなむしろ)としては最古のものであるといわれています。龍鬢褥(りゅうびんじょく)とは藺、すなわちいぐさを五色に染めて織った花筵をさしますが、これは赤・紫・緑・縹に染めたいぐさと黄色の麦藁を用いています。もとは一畳の花筵であったものを半切し、四周に錦の縁をつけたもののようです。
文様は表面のみで、繧繝風に色を変えた枠をめぐらして、その内外に流麗な植物文と、長方形に内接する楕円の団花文とも見える文様を織り出しています。
原料のいぐさを中央で連結しており、後世の中継ぎ技法のルーツとしても貴重な史料であるとのことです。当寺では推古天皇御褥と伝えていますが、法隆寺献納宝物にも類品があり、奈良朝以前の制作ではないかとされています。


塔心礎納置銅壺(とうしんそのうちどうこ)
銅製 総高8.5センチ 口径7.1センチ 胴径11.3センチ 底径7.3センチ 重要文化財

江戸正保2年(1645)、法輪寺は台風の大変な害にあい、建物はことごとく倒れ、ただ三層目を吹き飛ばされた三重塔のみが残っていたそうです。
この銅壺は、江戸時代の元文4年(1739)の三重塔の修理に際し、塔心礎の舎利孔から発見された舎利容器です。現存する心礎の舎利孔はこの銅壺がちょうど納まる大きさであること、銅壺の胴廻りの舎利孔周壁と接していた部分に帯状の錆が浮き出していることなどは、この銅壺が創建以来心礎の中に納置されていたことを物語っています。材質もよく入念に仕上げられており、白鳳時代すなわち当寺三重塔創建時のものとみてまちがいないと思われます。


宝塔文磬(ほうとうもんけい)
銅製 鍍金 絃(裾張り) 24.0センチ 重要文化財

(けい)とは中国古代の楽器のひとつで、玉や石を「へ」の字形に工作し、木の枠にかけて打ち鳴らしたものです。その後仏教に取り入れられて銅製のものが多くつくられ、導師の右脇にある磬架(けいか)にかけて用いられます。釣鐘とは違い、たたいたときの音が余韻のないことをよしとしています。
制作年代は平安後期といわれており、多宝塔文様のものは類例がないようです。


絵画では、室町時代の釈迦三尊十八羅漢図三幅と、16世紀の李朝期の浄土曼荼羅図一幅が伝蔵されていますが、現在は奈良国立博物館に寄託しています。


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