主題 配偶者特別控除廃止の批判的検証
     副題 「政府税調の改正審議を手掛かりとして」                                 
                                             (南) 堀  裕 彦
 開題                                      

  配偶者特別控除の一部廃止を盛り込んだ平成一五年度税制改正法が去る三月二八日に参議院本会議で可決・成立した。今年 度改正では「選択制相続時精算課税制度」の創設や「消費税の免税点・簡易課税制度」の見直しなど多くの個人納税者に関する項目が含まれているが、所得税の 人的控除制度の見直しも前二者と同様に昨今の社会・経済の変化に対応し、かつ税体系のバランスを考慮した結果だと解される。     
    
 さて、配偶者(特別)控除制度存続の是非については、畏友で東山支部の毛利麻子会員が昨年五月一〇日号の本誌「論壇」において持論を展開されており (一)、筆者も関心を寄せていたテーマであり精読した。彼女は予てより、わが民法の夫婦別産制(民七六二条一項)の立法趣旨を敷衍して選択的夫婦別氏制度 の導入を積極的に支持されていることから「(所得税法上の)専業主婦世帯の優遇策の必要性には大いに疑問がある。」として本制度の存続に批判的見解を表白 されていたが、当然の帰結と承知した。                                            
 しかし、日本税理士連合会にあっても所得控除の整理合理化の一環として配偶者特別控除の廃止を提言していたことから(二)、税理士が須く廃止支持論者で あると「看做される」のも不本意であるし、ここに好機を与えられたこともあって、本件改正に関する政府税制調査会の審議を手掛かりとして批判的に検証する ことにしてみたい。
                                                      

                                  
 政府税調における審議の顛末                           
                             
 現在の政府税制調査会(会長・石弘光氏)は、平成一二年九月一四日に当時の森首相の諮問を受けて第一回総会を開催して以来、四十 数回の総会と三十数回の「基礎問題小委員会」での審議を経て今日に至っており、その間、平成一三年度・一四年度、そして今回の一五年度税制改正に関する答 申を提出してきた。予てより隠然たる勢力を有すると言われる自民党税制調査会が控えており、さらに今年度から内閣府の経済財政諮問会議が税制改革論議に加 わることになったとは言え、審議手続上は政府税調の答申がベースになることからもその中核的役割に変わりはないと思われる。                                      
 さて、今般の個人所得課税の見直しが具体的に審議の俎上に乗ったのは、平成一四年四月二日に開催された第九回基礎問題小委員会(以下「基礎小」と呼ぶ) であった。当日、内閣府の男女共同参画会議・影響調査専門調査  会会長、大澤真理氏は「『女性のライフスタイルの選択と税制・社会保障制度・雇用システ ム』に関する検討状況について」と題する小冊子を討議資料として、配偶者控除・配偶者特別控除制度の廃止に向けての意見陳述をしている。氏の見解について は次章で検討することとして、以下では主題に関する審議経過を時系列で辿っておきたい。                                             
 
  ◎ 平成一四年四月一六日開催の第一一回基礎小の自由討議で「配偶者控除・配偶者特別控除は本人    や扶養親族への配慮と比べ手厚く、また男女共同参画社 会の観点からも見直すべきではないか」との      意見に対して「家族や生活への配慮という控除の役割を全くなくすべきではないのではないか」 との        慎重意見も出ている。                                                      
                                 
  ◎ 四月二六日開催の第二六回総会の自由討議においては、特別委員の和田正江主婦連合会会長から      「男女共同参画社会の観点から、配偶者控除等の見直しを行うべきではないか。」との意見が出ている。  
                                       
 ◎ 六月一四日開催の第三〇回総会で「あるべき税制の構築に向けた基本方針」が取りまとめられ、同日   小泉総理に手交されている。その第二・一・2・ (1)・?・ロにおいて「諸控除の見直しに当たっては、男女    共同参画社会の進展や雇用慣行の変化等のライフスタイルの多様化、少子・高齢化の進展 といった構    造変化に対し税負担に歪みが生じないような、また、経済社会の中で行われる個々人の自由な選択に     介入しないような中立的な税制とすることも大切である。」と前置きして、さらに(2)・?・イ・(ロ)・bにおい     て「男女共同参画社会の形成の 観点からは、男女の社会における活 動の選択に対し中立でないという   指摘も多い。これらを踏まえれば、配偶者特別控除については、基本的に制度を廃 止することが考えら     れる。なお、その際、税引後手取りの逆転現象について税制上何らかの配慮は必要であろう」との所信   が披瀝されており、 概ねこの時点で税調の基本方針が固まっていたと言える。                                  
 ◎ 八月三〇日の第一七回基礎小で、石会長から「『あるべき税制の構築に向けた基本方針』への意見」と   題する大澤氏からの意見書が紹介されている。それ は四〇〇字程度のリーフレットで、その核心は「男女  共同参画社会の形成の観点から、配偶者特別控除だけでなく、配偶者控除も廃止されるべき」である。 続  いての自由討議では「働きたくても働けない人も多数いるのが現実であり、配偶者控除まで廃止すること  は実際には難しいのではないか」との反論が みられた。                            

 ◎ 九月三日の第三二回総会では「『あるべき税制』の実現に向けた議論の中間整理」と題する報告書の公   表が了承されているが、その内容は前述した「基本方針」の再確認に留まっている。              
 ◎ 一〇月一八日の第三三回総会の自由討議では「(控除見直しによる税の)負担が急激とならないような
  工夫が必要ではないか。」との意見があった。                                   
                                
  ◎ 一一月一九日の第三七回総会では「平成一五年度における税制改革についての答申―あるべき税制の  構築に向けて―」を取りまとめ、総理に提出された。す なわち「配偶者に過度な配慮を行う結果となってい   る。したがって、当調査会としては、配偶者特別控除は廃止すべきであると考える。その際には、(中 略)税  引き後の手取り逆転現象に対する所要の配慮措置を講じる必要がある。」との最終結論に至っている。                                  
 この答申を受けて一二月一九日の財務省の「平成一五年度税制改正の大綱」、明けて一月一七日の「平成一五年度税制改正の要綱」の閣議決定を経て、二月四 日には「所得税法等の一部を改正する法律案」(三)として第一五六通常国会に提出され、三月二八日に冒頭でみたように平成一五年度税制改正法として成立し たのであった。
            
 改正の背後にあるもの―大澤理論の検証― 
                                
税調審議を観察して明らかになったように、今般の配偶者特別控除廃止論議におけるキーワードは「男女共同参画社会」(四)で、その キーパーソンが東京大学社会科学研究所教授で前述の大澤真理氏である。大澤氏の専攻は社会政策論で、とりわけフェミニズム研究ないしはジェンダー論を専門 領域にされている。以下ではその所説を基にして私見を述べてみたい。                                        
                                     
 先ず、前述した四月二日の「討議資料」では、専業主婦世帯比率の低下から逆転に至る社会現象をベースに配偶者控除制度の存在が女性の就業等のライフスタ イル選択の中立性を阻害していると指摘し、さらに男女共同参画社会の実現のためにも見直しが必要だと強調されている。                        
                     
 また、氏は女性労働問題のエキスパートでもあり(五)、その視点は一貫して女性が如何に男性と対等の労働をなし得るか、と言う点において特化される。そ の一例として「主婦税制」に関する新聞のリレー連載において、配偶者特別控除制度の廃止が景気好転への突破口になるとも述べておられる。すなわち、本件控 除制度が正社員とパートにニ極構造をもたらし、結果としてパートの賃金水準を抑制していることから、その廃止(働き方に影響を与えない制度への移行と捉え て)によって正社員の賃金を相対的に低下させ、雇用機会の増加により世帯における失職リスクが分散し、あるいは世所得が上昇する可能性が生じ、延いては消 費性向が高まり、経済成長につながるとの見解である(六)。                                      
                                
 そこで思うに、氏が中心となって進めて来られた「男女共同参画社会」の実現については、DVやセクシャル・ハラスメントは言うに及ばず、本人の能力を度 外視した謂われ無き一切の差別待遇を排除すると言う限りにおいて一定の評価を惜しむものではないが、制度・慣行における既存の世帯単位の考え方を個人単位 にスイッチすることについては俄には同意し得ないし、配偶者(特別)控除の廃止を景気浮揚策や税収問題とリンクする事には与し得ない。わが国における経済 の低迷は、産業の空洞化や企業の国際競争力の低下、それに国民の将来不安に依拠するものであって、氏が想定されるように賃金の平準化で女性労働力が増加す れば、むしろ就職の門戸が一層厳しくなるのが必至であって、増して経済成長に結び付くとは到底思えない。詰まるところ、配偶者特別控除制度の廃止は年収七 〇万円未満の妻や専業主婦の家庭に税負担を強いることに終止するであろう。それに、固より控除対象は配偶者であって専業主婦ではない(七)。真に男女平等 社会の実現を追求するのであれば、改革の矛先が外れているような気がしてならない。
                             
  おわりに   
                                          
 巷の増税批判を考慮した 訳ではないが、税調は「児童税額控除」の導入に向けて検討を始めたと報じられている(八)。次代を担う子どもの教育に関わる家庭のあり方が、増減税の辻褄 合わせの俎上にあるような錯覚に陥る。以前、私が娘の高校のPTA会長時代に役員就任のお願いで各教室を回った際、仕事を理由に多くの保護者の方々が拒否 反応を示された。少なくとも配偶者控除は扶養控除の一態様に留まるものではないと確信した所以である。今後もその存続を強く願って稿を閉じたい。

なお、文中のすべての傍点は筆者による。                            


 注釈  
                                        
 (一)「多様な家族のあり方を支える社会システムを」近畿税理士界・第四五七号・六頁          

  (二)「平成十五年度の税制改正に関する要望」日本税政連・第三八一号・四頁                   
 (三) その文言は次の通り。「配偶者特別控除のうち、控除対象配偶者について配偶者 控除     に上乗せして適用され る部分(最高三八万円)を廃止する。(注)上記の改正は、 平成一六年   分以後の所得税について適用する。」                                 
  (四) その定義は「女性も男性も一人ひとりが大切にされ、社会の対等な構成員として喜びも責     任も分かち合いつつ、その個性と能力を最大限に発揮できるような社会」と 説明される(「男女    共同参画社会Q&A」大阪府/生活文化部/男女共同参画課編・平成一四年三月・三頁)。                         
  (五) 例えば「日本における『労働問題』研究と女性」社会政策学会年報 三七巻・三二一頁。                                  
  (六) 毎日新聞「『主婦税制』どうなるの?配偶者特別控除・5人に聞く・5」平成一四年九月二〇日・東京版朝刊                                                       
 (七) 寡婦(夫)控除に至っては、その適用要件はむしろ男性に厳しい。                 (八) 朝日新聞「所得税に『児童控除』」平成一五年六月五日・大阪朝刊