『口を開けない妻』

この作品の無断転載を禁止します。


 むかしむかしあるところにとてもきれいで
気立ての良い娘がいました
 男たちは口を開けずにそっと微笑む娘の笑
顔が大好きでした

 そんな娘もそろそろ嫁入りの年頃です
 でもみんなが娘を好きなのです
 小さな村なので喧嘩になるのは困ります
 男たちと娘が庄屋様の館に集まりました
 うらみっこなしで庄屋様に決めてもらおう
というわけです

 しばらく腕を組んでいた庄屋様は村一番の
働き者の木こりに決めました
 おとなしい性格で自信がなかった木こりは
びっくりした様子です

 桧林の中にある小さな家で木こりは幸福一
杯です
 なにしろ妻の優しいあの微笑みが毎日目の
前で見られるのですから

 妻は夫となった木こりの前でも決して大き
な口を開けたりしません
 ご飯を食べる時も小さくそっと開けるだけ
 夫婦なのだから遠慮することはないと木こ
りは言いましたが妻はうつむいて首を横に振
るだけです
 木こりはそんな妻がますます好きになりま
した

 やがて妻のお腹の中に赤ん坊ができました
 木こりは丈夫な赤ん坊が生まれるようにと
妻にヘビの血を飲むように言いました
 妻の母親もヘビの血を飲んでいましたし木
こりの母親も飲んでいました
 でも妻は決して飲もうとはしません
 不思議がる木こりに妻は目に涙を浮かべて
初めて大きな口を開けました
 それを見た木こりは目を丸くしました
 妻の舌の先は二つに裂けていたのです

 やがて赤ん坊が生まれると二人は村を出て
いきました
 村人たちに別れの挨拶に回った時も妻は口
を閉じたままでした
 そして赤ん坊は毛布に包んで決して人に見
せませんでした

 それから月日が経って村に噂が流れてきま
した
 遠くの山の中に顔にヘビのようなウロコが
ある者が住んでいるというのです
 村人たちは前に村から出ていった若夫婦と
赤ん坊を思い出して言いました
 あの親子が襲われなければいいのだがと
 でも妻の母親だけは心配しませんでした
 それが自分の孫だとわかったからです


[リストへ]
[トップページへ]