鹿が死んでたの。熊も死んでたの。
早く遠くに逃げないと、人間も死ぬって。
お父さんもお母さんも、峠にいって。村の
みんなにも教えて。みんなで逃げて。
信じないの?そう、信じないの・・・
みんな、あたしを変な子だって思っている
から、言っても誰も信じないよね。
死んじゃうよ、みんな。あたし、お父さん
とお母さんには死んでほしくない。
あたし?あたしは逃げない。だって大事な
事があるから。
やらなきゃいけない事があるから・・・
ほら、今ちょっとだけ家が揺れたでしょ。
明日土が泣いて、大きく揺れるの。そして
山が・・・
大きな音。ほら、山が抜けた。半分なくなっ
ちゃった。
急いで峠に逃げて。土と水がたくさん走っ
てくるから。
あたしはここにいるの。土と水に待っても
らうために。みんなが逃げるまで。
あたしは大丈夫。土と水が約束してくれた
から。椿は死なせないって。ずっと一緒に生
きていこうって。
ほら、早く逃げて。土と水が走ってきた。
お父さん、お母さん。あとで神社の塚山に
来てね。あたし、そこにずっといるから。
桧原湖に浮かぶ小さな島。ほこらの前の一
本の椿。土と水の約束は永遠の時の中。
〜終わり〜