初夏ー  落ちる

(あびきゃっすコラム競作)

 風呂場の扉を押して開けると、ほんのり湿気たような空気と、黴た匂いが鼻をつく。先週末に徹底的にカビ落としをしたはずなのに。
 壁と床はきれいに輝いているが、まだカビの余韻が残る。匂いに誘われて排水溝を覗いた。蓋を取ると溢れんばかりに髪の毛が絡んでいた。

 見えるところは徹底的にしたのに、途中で疲れたのか排水溝までしないで休んでしまった。
 なぜにお前はそのように見落としをしたのか。 しかし自分の性格を知っている私は驚かない。
 一見真面目な風貌をしているが、意外なほど怠惰な面を持っているのを知っている。単身赴任の気軽さも。

 逞しい上下の顎で精一杯食べるがいい。小さな冷蔵庫はお前の食欲を充たしてもなお、一階のコンビニから補充し続けるであろう。手料理は面倒だ。買ってきて食べることだ。
 そしてお前はパソコンに向かい詩や小説を書きゆっくりと実力を蓄えがいい。その作品がベストセラーになった、その時からがお前の短い本当の人生だ。誰もがお前の作品を賞賛するだろう。

 だから、風呂掃除していてはだめ。早く行け、作品を書け。お前には時間が少なすぎる。朝になったら会社に出勤だ。

 私は排水溝の髪の毛をビニール袋に入れてゴミ箱に捨てた。
 風呂から上がり、パソコンのメールがウイルスではないことに安堵する。あちこちとホームページを見て回り時間を潰す。やがて眠くなり居眠りを始める。一人暮らしの気楽さと自分に甘い性格が頭をもたげる。創作はまた明日にしよう。

 暗い部屋にディスプレイだけが明るい。ふと目覚めた私は振り向きもせずに電源を落とす。睡魔のほうが強い。ベストセラーや出版化やよりも、今まどろむ気持ちよい誘惑には勝てない。
 ディスプレイと一緒に私の意識も落ちる。