関西地区にお住まいの方は、公共広告機構のこのテレビスポットCMを目にされたことがあるだろう。

  映像では“NOMOベースボールクラブ”の練習風景と清水監督や選手の思いが語られている。  この“NOMOベースボールクラブ”は現大リーガーの野茂英雄が作った社会人野球チームで、今年になって特定非営利活動法人の認証を取得した。

  野茂英雄がまだ近鉄バッファローズに在籍していたころ、私は彼が先発する日を選んで日生球場や、藤井寺球場へ足を運ぶことにしていた。トルネード投法と言われる独特のピッチングフォームから落差の大きなフォークボールで次々と三振を取るの爽快感を味わうためである。

野球に限らずスポーツはフォームが大事で、初心者は徹底的に基本のフォームを教え込まれる。しかし偉大な選手ほど自分だけの個性的なフォームを持っている。

  野茂のトルネード投球もそうだが、村田兆治のまさかり投法、村山実のザトペック投法、王貞治の一本足打法、イチローの振り子打法など。
  彼らは基本を学んだ上で、自分に合ったフォームを生み出し、それによって素晴らしい成績を残している。超一流となるまでの間コーチや監督や周りの人から色々と口を挟まれても、矯正されずに自分スタイルを押し通してきた強さに敬意を表さずにはいられない。
 本物の証明である。

  やがて野茂はアメリカに渡り、大リーグで活躍する日本人選手のパイオニアとなる。
  私は野茂が抜けてからは近鉄バッファローズの試合に足を運ぶこともなくなった。

  アメリカで野茂はニューヨークの独立リーグのチームを買取っている。そのチームの日本人選手枠三人の入団試験の為に帰国したとき、社会人野球出身の彼は今の社会人野球の現況に憂いを感じて“NOMOベースボールクラブ”を大阪の堺市に設立した。そして今年になってチームは特定非営利活動法人の認証を取得した。

  彼が活躍していた頃は約260チームあった社会人野球チームだが、不景気の波で多くの企業チームが解散リストラされ、現在は約80チームに減少している。

  ここ十数年サッカーが人気になり、高校サッカーの人口が増加しているが、野球の人気は根強く十代全体の人口が減少しているにも関わらず高校球児の数は毎年微増している。彼らが好きな野球を続けるために、高校を出てすぐ社会人野球という道は昔の話である。今はほんの一握りのプロに行く者を除くと、とりあえず大学の野球部に入るしか道はない。卒業後は狭き門となった社会人野球か超難関のプロ野球か、どちらにしろ野球エリートしか野球を続ける場はない。アマチュアスポーツの祭典オリンピックもプロ選手が大挙出場し、アマチュアは残りの少ない席を争うことになる。

  野茂が社会人野球で活躍していた頃とは、その環境が大きく変化した。好きだから野球をするという場が少なくなったのだ。
  そういう状況が良いとか、悪いとかいうことではなく、それが現状なのだ。

  野茂は少しでも野球が出来る場を提供したいという想いから私財で“NOMOベースボールクラブ”を設立した。このクラブの収入源は会費だそうだが、資金不足は野茂の私財で賄われている。クラブを維持する為には、道具代、グランド使用料等を合わせると年間2〜3千万円が必要になるらしい。他にも遠征費もかかる。選手はアルバイト等で生活の糧を得ながら、好きな野球を続ける場を野茂から与えられている。いつかはプロにという希望を抱いている者もいるようだ。

  野球が三度の飯より好きな少年が、そのまま大人になった。そしてその世界で成功者の一人となった。
  成功者は栄光と名誉とそれに見合った報酬を得る。豪邸を建て高級車に乗り美酒をあおり身を飾るという人もいる。それは達成感、優越感とともに成功した者の特権である。それも人生である。だが、私が知り得る限りでは野茂にはそういうところがない。
  野茂の私生活は殆ど伝わってこないし、奥さんや家族がマスコミに出たことも記憶にない。本人もバラエティ番組等に出ることは殆どないように思われる。彼がマスコミに現れるのは野球に関連する時だけだろう。
 たまの帰国時も、マスコミの取材や家族の予定を断ってでも、堺市に行って“NOMOベースボールクラブ”の練習を見るという。
 いつまでも野球に関わっていたい、後進に道をつけたい。それが野茂の野球と人生なのだろう。

 企業チームが殆どの社会人野球の中で私設チームで『やったろうやないか!』という野茂の静かな意気込みが感じられる。

“NOMOベースボールクラブ”が都市対抗野球選手権に出場する時は応援せづにはいられないだろう。
                                      2004年6月18日

やったろう!関西