真弓と若菜

  二人とも女性の名前のようだが、阪神タイガースにいた選手の名前である。  フルネームは真弓明信と若菜嘉晴。

  阪神の選手には、源五郎丸洋(げんごろうまるひろし)面出哲志(めんでてつじ)似鳥功(にたどりいさお)など変わった名前の選手がいた。有名選手の場合聞き慣れて違和感がなくなっているが掛布、大豊、赤星、渡真利、御子柴などは変わった名前だろう。

  私は仕事の関係で芦屋(だったと思う)の山手のマンションに行った。マンションの前には数人の女性がエントランスの方を向いてたたずんでいた。行くまでは知らなかったのだが、このマンションには真弓と若菜が住んでいた。ルックスの良い二人だけあって女性ファンが多く、この女性達もプレゼントを届に来て、あわよくば握手でもしてもらおうと思っているのだろう。

  真弓と若菜は福岡県柳川商業高校野球部の同期で、真弓が三番、若菜が五番を打つという最強コンビだった。しかし二人は甲子園には縁がなかった。
  高校卒業後は、真弓が電電九州、若菜がドラフト四位で西鉄ライオンズと一旦二人は違う方向へと進むことになった。

  その年、真弓は電電九州で活躍、都市対抗に出場。太平洋クラブライオンズ(元西鉄ライオンズ)にドラフトで三位指名され、再び真弓と若菜はチームメイトとなった。
 やがてチームは経営難からクラウンライターズとなりさらに西武ライオンズと身売りが続いた。

  新生西武ライオンズは目玉商品として阪神タイガースの田淵幸一獲得に乗りだし、田淵、古沢 真弓、若菜、竹之内、竹田という二対四というトレードが成立。

  高校からの球友はまたも一緒にタイガースに移籍するという縁が続いた。

  その後、真弓はタイガース史上最強の一番バッターといわれ、若菜は田淵が抜けたあとの正捕手として活躍。

  私がマンションを訪れたのは、トレード翌年の頃だったと思う。
  管理人さんが、二人の「メールボックスに付いている名札が取られて困るんですよ」と話されていた。何度付け替えても取られるので、もう付けていないという。熱烈なファンが記念にこっそりと取って帰るのだろう。
  しばらくすると二人が仲良く車で帰ってきたのを覚えている。

  紳士的な真弓とアウトロー的な若菜と対照的な二人だが仲が良いらしい。
  若菜には怠慢プレー、ラフプレー、スキャンダル、問題発言と常にトラブルメーカーとしてのイメージがある。若菜が八十二年に阪神を退団するきっかけもそういうことだったらし。

若菜が退団してから二人は別々の道を歩むことになったが、真弓は九十五年に引退するまで阪神で活躍をした。
 今はともに別々のチームでコーチとして活躍している。

 

 私には真弓と若菜のような関係の友人がいる。学生の時は別に仲が良かった訳ではないが同じ会社に就職した。その友人は6年後に退社し違う業界でいったん独立をしたが、いつのまにかこの業界に戻ってきた。

自分の身についたものから離れられないのだろう。今は仕事を一緒にすることもあるし、たまに呑みに行くこともある。

 私は会社員で彼に仕事を発注する側、彼は下請負いだが社長。この不況下でも彼は私に仕事をねだらないし、私も彼に便宜をはかることはない。お互いに無理に扉をこじ開けて  入ろうとしないクールな関係だが、それがお互いのテリトリーを心地よく維持しながら付合っていける秘訣なのかもしれない。

 これから先、お互いの環境や立場は変わって行くこともあるだろうが、彼とのスタンスは変わることがないような気がする。

                                          2003年12月6日