「競馬場デビュー」    葉月慎太郎

 

「じゃあ、一度本当の競馬を見せてやろう」

一九九六年の十二月も半ばになった頃、中学二年生と小学校五年生の息子に云った言葉。

それが私と競馬が出会うきっかけとなった。

 

息子二人はその数ヶ月前からコンピューター・ゲームの競走馬育成ゲームに嵌って、暇さえあれば二人で競いあっては楽しんでいた。その頃の私は競馬にもゲームにも全く興味がなかったが、あまりにも熱中している二人の様子を見て冒頭の言葉を発したのだった。世間一般的に考えるとギャンブルである競馬を小・中学生に見せるというのは非常識かもしれないが、息子達には部屋に篭ってバーチャルな世界だけに浸るのではなく、本物の臨場感を体感させたいと思ったからである。

でも何故私が色々なゲームがある中で競馬に限って本物を見せてみようと思ったのか? それは特に深い理由があった訳ではなく、たまたま身近に競馬好きが何人かいて、その話を聞いていたので情報を集め易いと思ったからである。私はそれまで競馬場に行ったことも馬券を買った経験もなかった。息子達を競馬場に連れていくにしても先ず自分が競馬について勉強しておく必要があった。

 

 その週の日曜日、私は前日に買った競馬新聞を手にテレビの前に座った。その日のメインレースはスプリンターズ・ステークスG1だった。G1がどれほどのレースかも知らなかったがとりあえず勝馬予想をしてみることにした。

「エイシンワシントンが速そうだな、でも名前はスギノハヤカゼが良い」私がそう呟くと横で一緒に見ていた小学校五年の次男が「フラワーパークの調子が良さそう、シンコウキングも良いな」と口を挟む。もちろん彼は競馬新聞など見ていない。いつの間に覚えたのか馬の名前だけではなくその特徴や騎手の癖まで知っている。あっけにとられている私に彼は詳しくこのレースの特徴等の説明を始めた。それはとても子供とは思えない専門的な説明だった。子供というものは興味対象となることの記憶力は抜群であるとは分かっていたが、小学生の息子がこれほど競馬に詳しいとは思ってもいなかった。コンピューター・ゲームの影響力は絶大だった。

 

スプリンターズ・ステークスでゴール前のスリルを存分に味わった私はすぐにグリーンチャンネルの受信契約の手続きをとった。電話に出たケーブルテレビの担当者が年末は競馬が無いし、月半ばの契約は勿体無いので受信は一月からのほうが良いでしょうと言ったが、熱しやすい私は一日でも早くグリーンチャンネルで勉強したかったのですぐに契約することにした。

 

私の次の課題は競馬場の様子を知ることと馬券の買い方を覚えることだった。さすがにこれに関しては息子達も知らない。

会社で競馬通の先輩や後輩をつかまえては、競馬のことや競馬場についてあれこれと情報を仕入れた。彼らは競馬仲間が増えるのを喜んで事細かく初心者の私に教えてくれた。

そして有馬記念で私は初めて馬券を三点買ったのだが、なんと馬連が的中し配当金を手にした。ビギナーズ・ラックとはよく言ったものだ。

 

競馬の魅力に嵌りつつあった私は、我が家の競馬場デビューを年明けの京都金杯と決めた。

何でも新しいことを始めるときは熱中するものである。それに競馬をする以上は勝ちたい。年末年始は過去のレースの人気と倍率、馬体重の増減、騎手の勝率などから勝ち馬に何か法則があるのじゃないかとデーターを念入りに調べた。答えは競馬に確実は無いということだった。だから競馬は面白いと言えるのかもしれない。

 

年が明けてついに金杯当日がやってきた。

私たち家族四人はまだ夜が明けないうちから家を出て電車で京都競馬場へ向かった。

淀駅に着く手前で競馬場へ連なる多くの人の姿が車窓から見えた。九時開門だが席を確保するためには早く行って並んだ方が良いという後輩の助言通り、八時前に到着するように来たのだが、既に長蛇の列で警備の人が忙しそうにメガホンで人々を誘導していた。この年の金杯はまだ正月休みということもあって、いつもより多い人出になったようだった。

 

列の最後尾に四人で並んだがあっという間に列は伸びていった。並んでいる人の年齢層はさまざまだったが、思っていたよりも若い人が多い。咥えタバコで赤鉛筆を耳に挟んでいる中年男性が多いとイメージしていたが、大学生ぐらいに見えるグループやカップルがかなり目に付く。若い女性だけのグループもちらほらと見かけられた。だがさすがに中学生と小学生がいる家族連れはそうそう見当たらなかった。

開場を待っている間、周りの人はそれぞれ競馬新聞を片手に仲間内で予想をし合っていて、それが私の耳にも入る。初心者の私にとってはそれらの薀蓄全てがもっともらしく聞こえてしまうのだが、そういう人たち全てが馬券の対戦相手になると思うと違う馬に目が行き予想がどんどん迷路に入り込んでしまう。

息子達はやはり子供である。金杯の予想をしながらも競馬グッズを買うことを話し合っていた。

重苦しい雲に覆われた空の下で並んでいると底冷えがしてくる。寒さに弱い妻は我慢の限界に来ているようだったが、程なく開門して場内に入ることが出来た。長男に携帯電話を持たせて席取りに走らせ、私と妻はゆっくりとスタンドに向かい、コースを見渡せる場所に出た。どんよりと曇っているとはいえ突然視界が大きく開ける。その広々とした景色に私は感動さえ覚えた。子供の頃、甲子園球場へ初めてナイターを見に行ったときもカクテル光線に照らされたグランドに感動したものだが、京都競馬場の広さはテレビで見ているよりはるかに伸びやかで綺麗だった。

長男はゴール前から五十メートルほど第四コーナー寄りのスタンドに、ちゃっかりと四人の席を確保していた。

スタンドといっても指定席ではないので吹きさらしである。妻は早々にコーヒーを買ったが簡単には体が温まらないようで、しきりに寒いと私に訴えていた。スタンドでじっとしていることが出来なくなった妻と息子二人は競馬グッズを売っているショップへ行って、正月福袋とスターホースのヌイグルミ、小物類を買って戻ってきた。テーマパークに来たようなノリである。

第一レースの馬を見るためにパドックへ四人で移動した。初めて身近で見るサラブレッドは想像以上に大きく筋肉が浮き出た馬体は迫力満点だ。息を詰めて静かに見守る中を、リズミカルで軽やかな足どりで蹄音を響かせて次々と周回してくる。ときおり馬と視線が合うと、その馬が気になりオッズを確認してしまう。

 一人新聞とオッズ表を見比べている私をよそに、三人はパドックをバックに記念撮影をしていた。やはりテーマパークのノリだ。

 間近にみる色鮮やかな勝負服に身を包んだ有名騎手達は勝負師というよりもアイドルタレントのように見えた。

 

 第一レースの馬券を買ってスタンドに戻る頃には小雪がちらつきはじめた。一段と寒さが身に沁みるようになり、じっと座っていると膝がふるえだす。第一レースの終了とともに妻は一人でそそくさと家に帰って行った。

 第二レースから息子達はパドックとゴール板前の往復を繰り返し、私はスタンドの席と馬券発売窓口の往復を繰り返した。

「まるでG1みたいやなぁ。金杯でこんなに人が多いのは初めてやで」これは人に押されつつ発売窓口に並んでいた見知らぬ中年男性の台詞である。まさに馬券を買うのは朝のラッシュ時の電車に乗り込むような混雑振りであった。メインレースが近づくにつれ息子達も次第に移動できなくなりゴール前に張り付いたままになった。

 

 途中妻から、炬燵に入って熱いコーヒーを飲みながらグリーンチャンネルをのんびりと見ていると嫌味のような電話がかかってきた。

「今は人が多くて寒さを感じない、子供達も楽しんでいる。やっぱり金杯を生で見なければ今日来た甲斐が無いからな、少なくともメインレースまで居るよ」これは寒さに震えながらも発した私の虚勢と本音の入り混じった言葉である。

 

 初心者とは恐ろしいもので、レースが回を重ねていくごとに私のポケットのお金がどんどん増えていく。賭け金は少ないものの、その後これほど連続して馬券が的中した日は無いかも知れない。

メインレース前になるとますます人が増え場内のざわつきも大きくなる。身動きもとりにくい状態になってきたが、それがまたレースの緊張感を高める。

 一段と大きくなった歓声とともに金杯はスタートした。私の買ったフェアダンスは馬群に沈み、イシノサンデーが勝利した。

 

その後私はPAT会員、JRAカード会員になり京都と阪神で行われるG1レースは殆ど見に行くほどまでに熱中していった。

息子達も一時期、本気で競馬の騎手になりたいと志望するほど夢中になっていた。

現在、長男は東京の大学に入り東京競馬場から歩いて五分のところのアパートに住んでいる。次男が羨ましがることしきりである。

 

レースを推理する楽しさ、そしてその推理をレースで検証するスリルと興奮。息子達のゲームから始まり、京都金杯で競馬場デビューをして六年半。競馬がこれほど私を熱中させるとは思いもよらなかった。これからも生涯楽しめる趣味として競馬と付き合っていくことになるだろう。

 

ところで、当然のことながら息子達は馬券を買ったことはない。だが私よりも勝ち馬予想の当たる確率がはるかに高いということが、なんとも癪にさわる。来年こそは、と密かにリベンジを果たす機会を狙っている。

               [完]