夏の宿題      「へその水滴」

クールストラティン

 

  抜けるような太平洋高気圧の下、垂直に昇りつめた太陽にじりじりと熱せられた黒潮はゆらめきながら蒸発し、巨大入道雲に発達する。

  夏の開放感に浮かれる人々を威圧的に見下ろすかのようにその入道坊主は水平線に立ち上がる。

 

  海岸で光と波に戯れる人、人、人。

  沖の飛込み台目指して競争をする少年達。ビーチパラソルの中でひとときの休息を貪る女性。裸の異性との遭遇を求め、目で物色する青年。砂を蹴り上げビーチバレーに興じるグループ。突堤で釣れない釣りをする家族。波に洗われる砂の城を懲りずに築く子供。木陰で人目を憚らずにキスを交わす恋人。

  それはまるで、地上に出た寿命の短い蝉が、木の幹につかまりながら命の季節

を精一杯謳歌しているさまに似ている。

 

  入道坊主はそれら人間の営みにはお構い無しに我が身を拡大させ、その浜辺に覆い被さる。

  ポツと乾いた砂に落ち消える雨、ポツポツと焼けた赤い肌に落ちる雨滴、それに気付いた時は既に時遅く、急に暗くなった雲間に走る稲妻、腹の底に重低音を響かす雷鳴が襲う。

  空を見上げる間もなくシャワーのように海面を叩いて雨が降り注ぐ。

  海水と違う温度の雨にはしゃぐ少年。雷鳴に脅えてパラソルから飛び出すビキニの女性。レジャーシートの下に着替えの服を隠す母親。砂浜から幼児を抱いて海の家に駆け出す父親。砂の城を蹴散らされて泣く子供。何事もないかのようにビーチバレーを続けるグループ。

  ひとときの喧騒が過ぎ去ると、雨の降るホワイト・ノイズだけが耳に残る。

 

  バスタオルにくるまり、紫色の唇を震わす少女が眺める空に一筋の光明が射し、海面の一点に琥珀の煌きを与える。見る見るうちに空に大きな穴が空き、寄せる波が順次明るくなる。

  波打ち際に再び人が集まり始める。

  こぼれそうな豊満な姿態と明るい色のビキニで、男達を挑発するように砂浜を歩いて行き、再び湿った砂に腰を下ろす女性。

  その女性の胸元に残り雨がポツリと落ちる。その水滴は軌跡を残さずゆっくりと胸の谷間に流れ、汗と交わりながら鳩尾から引かれるように下り、へその窪みに溜まる。

  今、水滴となった黒潮は、女性が笑うと同時にへそからこぼれ下腹部を濡らす。