安芸キャンプ

 今年もプロ野球のキャンプの季節になった。セリーグを制した阪神タイガースは昨年同様、沖縄キャンプでスタートし、その後高知県安芸市のタイガータウンに場所を移す。

  前回阪神が優勝した翌年の昭和61年早春、私は高知県安芸市へ出張をした。

明石大橋が架かかる前なので、明石フェリーで淡路島に渡る。このフェリーに乗ると一つの楽しみがあった。それは“たこ飯弁当”を食べること。不思議と他で食べる“たこ飯弁当”より、このフェリーで食べるのは特別に味しかった。あの味は今でも懐かしく思い出すことができる。

 淡路島を縦断し、前年の昭和60年6月に完成した大鳴門橋を渡る。

 話はそれるが、大鳴門橋には開通一週間前に仕事で行った。『自走式下面点検車』に関する仕事だった。『自走式下面点検車』というのは橋の側面と裏面を点検するためのもので、コの字を上向きにしたような形で引っ付いている。橋の写真をよく見ると建設現場の足場のようなものが見える。陸と主塔の間、主塔と主塔の間、計3台ある。写真で見ると小さいが実際はビルの3、4階建くらいの大きさがある。私は主塔―主塔間を運転させてもらった。運転といってもキースイッチを入れてレバーを前に押すだけである。下面点検車から見る鳴門の渦潮のダイナミックさは格別だった。なにしろ足の下は渦巻く海で、視界をさえぎるものはない。さらに主塔の中にあるエレベーターにも乗せてもらった。ハッチを開け大人三人乗るのがやっとのカプセルのようなエレベーターで、主塔トップまで上がると、高所恐怖症でなくても足がすくむ。

  その大鳴門橋を渡り徳島県に入って国道55号線を南下する。室戸岬を迂回するために野根から493線に入るころは日も落ちていた。この山道が真っ暗で標識もない。これほど真っ暗な道を一時ほど走ったのは初めてだった。不安におそわれながらもヘッドライトだけを頼りにひたすら道をトレースする。

 奈半利町のビジネスホテルに泊まり、翌朝、安芸市のホテル玉井へ入る。

今は土佐ロイヤルホテルが阪神タイガースの定宿であるが、この当時はホテル玉井が定宿だった。報道陣も沢山投宿している。

ホテルでの仕事は予想以上に早く一時間ほどで終えわった。時間を作ってタイガースのキャンプを見ようと思っていたのですぐに私は安芸市営球場へ向かった。

車を屋内練習場の近くの駐車スペースに停めて高台になっている球場の内野スタンドへ向かう。道筋にはワゴン車を利用した露店が並んでいて食べ物やタイガースグッズが売られている。平日なのに内野スタンドは三分の二くらい人が座っていた。

私は一塁側スタンドに腰を下ろした。そこからは外野フェンスの向こう側に太平洋が見わたせる。外野フェンスには、一段下のグランドにホームランボールが飛び込まないようにネットが張られてあるが、バース用にネットはさらに高くされたらしい。

ポカポカとした日差しの中で日本一になった選手達の練習をのんびりと見る。

周囲の素人評論家の薀蓄、熱烈ファンの野太い声援、女性ファンの黄色い声。ボールを追いかける選手の声は何とも長閑で緊迫感がない。

途中でバースとゲイルの髭面外人がタクシーで球場入りする。バースはバッティングゲージに入りほんの少しフリーバッティングをすると、そうそうとゲイルのいる室内投球練習場へ行ってしまった。吉田監督にはインタビュアーや報道陣がついてまわる。

 午後から紅白戦があるというので、私は露店で買い食いをして続けて観戦することにした。すぐに車を走らせれば、その日の内に帰社出来るが、すっかりその気はなくなっていた。

紅白戦は若手主体のラインナップになっている。若手選手はポジション取りのために監督にアピールする絶好のチャンスだ。それに比べてベテラン選手はコンディション調整といった感じだ。この時期に故障をすれば元も子もなくなる。

 私はなんとなく阪神の連覇はないのじゃないかと感じた。掛布、岡田、バースの主砲は健在だったが、キャンプに覇気がない。キャンプを見るのは初めてなので、こんなものかとも思うのだが、目の色を変えて取り組んでいる選手がいないのだ。みんなにこやかでのんびりしたムードは日本一になったチームの自信なのだろうか。プロなのでこんなものなのか。新人はもっと勢いを感じさせてもいいのじゃないか。

 なんとなく緊張感のないキャンプに不安感をもったまま、私は高知からフェリーに乗り翌朝始業時間までに帰社した。

 今年のタイガースのキャンプはどうなのだろう? 安芸まで見に行くことは出来ないのでテレビになるが、セリーグを制した今年のキャンプと、日本一になったときのキャンプの選手の目の色を比較してみたいと思う。
                                       2004年2月1日