溢れる光の向こう側

    
第十回

「会社に帰ったらすぐに予備人員の登録作業にかかる。しかし今年の点検には間に合わないから、中島君と加藤君は残りの作業を、事故が起こらないように万全の努力を払って進めて欲しい。特に中島君はお父さんのことが心配だろうが、君がいなければ加藤君一人では作業が出来ない。お父さんの病院には、付き添い婦を雇うから、申し訳ないがあと四日間だけ頑張って欲しい。来年は新たに登録した三人を加えて、二チーム作る。どんな事態が発生してもチームごと入れ替われるようにして万全を期す」
 何も出来ないでいる課長に代わって、社長が次々と事後策を指示した。
 
 付き添い婦の件に関しては丁重にお断りをした。母と妹が休む時は代わりに祥子が付き添ってくれる。

 父の普段の性格なら、苦しくとも祥子に身の回りのことを頼まないだろうが、今はきっと祥子に甘えてくれると確信していた。

 事故後だけに監視の目も厳しく放射線管理者三人が四日間付きりで二人の作業を見守った。見守るだけではなく、何かと手助けをしてくれて順調に作業は進んだ。
 加藤も日頃とは違う慎重さで、無駄口も交わさないようになった。
 一点のシミもない作業服を着ていた所長も、なんども二人の作業の視察に来た。

 夜、民宿に帰っても楽しみの酒も呑まず、加藤と翌日の作業について綿密な打ち合わせをして、早めに眠って疲れを残さないように努めた。
 父はいつ逝ってもおかしくない状態が続いていたが、細々と命を永らえていた。
 

9.

結婚式に父は出席できなかった。意識が混濁したまま病院で最後の日々をすごしている。
 新郎側の主賓は部長だったが、どうしても出席したいという、社長に急遽代わった。
 主賓の挨拶では身に余るほどの丁重な祝辞を述べていただいた。部長には一般スピーチをお願いした。乾杯の音頭は高田課長が、型どおりながらそつなくこなした。
 同僚のスピーチは、高橋に代わって加藤が行った。普段の加藤とは違って、やけに神妙な顔で、冗談も上滑りしていた。
 スピーチの終わった加藤は肩の荷が下りたのか、新婦祥子の独身の友人を品定めしているようにみえたが、披露宴ではきっかけを掴めずにいるようだった。
 母は出席したが、妹は病院の父に付き添い、妹の夫と五歳の娘である綾ちゃんが出席した。
 赤と白の可愛い服を着たあどけない綾ちゃんは、披露宴の間じゅう参列者の人気を一人で集めていた。
 東京の病院に変わった高橋は、その後の精密検査でも放射線障害は見られず、骨折だけを直せば、仕事に復帰できる見通しがたっていた。

「最後に新郎からの挨拶がございます」
 シックなドレスを着たプロの司会者が信一郎を前に出るように促した。
 祥子と末席の方に移動し、マイクを握ると強いスポットライトが信一郎を捉える。

ライトを直視したため、一瞬目が眩んだ。ぼんやりと見えてきた参列者の顔が信一郎を見つめている。口を空けようとしたが、喉の奥がからからに乾いて声がすぐに出ない。

「俺は仕事をしている、お前が自慢なんだ」意識のある父が、最後に信一郎に言った言葉が脳裏に甦ってくる。
 高校に入ってからは父と対立し、完全に関係を修復することはなかったが、信一郎の姿をじっと見つめていてくれていたのだ。

 宴もたけなわだった頃、“父が亡くなった”と信一郎だけに、妹からの伝言メモが渡されていた。
 祥子は直接メモを見てはいないが、信一郎にメモが渡ったのを横目で見ていて、事態をのみこんでいた。

 信一郎は悲しみを胸の奥に隠し、マイクに向かい明るい声を張り上げて挨拶を始めた。
 祥子は溢れる涙を隠そうともせず、信一郎の挨拶を聞いていた。

               [―完―]