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生駒トンネル怪奇談

あれは、1995年の冬の出来事だった。その日、僕たち5人は先輩のライブを見るために大阪の心斎橋にあるライブハウス「サンホール」に行った。
ライブが終わり、先輩たちと一緒に打ち上げに参加した。
時間は深夜の0時30分になろうとしていた。僕たちが最終の時間を気にしていたら、
先輩はこう言った。
「最終は0時45分やで。」

駅までは10分もかからない。ちょうどいい時間だと思い、僕たち5人は席を立ち、
駅へと向かった。しかし、それは間違いだった。
確かに先輩の言うとおり、最終電車は0時45分だった。
しかし、それは「瓢箪山行き普通」

僕たちはそれよりもまだ先の西大寺まで帰らなければならないのだ。
とりあえず僕たちはその電車に乗り、瓢箪山駅で降りた。
さあ、これからどうしよう。

僕たちが選んだ道は、この瓢箪山から歩いて西大寺まで帰ること。
線路沿いの道を永遠歩いて1時間ほど経った頃。
石切駅が見えてきた。

しかも、駅の前にはジュースや、カップラーメンの自動販売機が。
僕たちは歩き疲れ、のどが渇き腹が減っていた。
そこには、ベンチやテーブルなどがあり、ちょうど休憩をすることが出来た。

しかし、目の前には生駒山が僕たちの行く手を立ち塞いでいる。
どうすればいいものか。僕たちはてっきりここで朝まで過ごし、始発に乗って帰る
つもりでいた。しかし、そこで冒険野郎「M」が一言こういった。

「さあ、いこか。」

目の前の生駒山を越えることは難しい。冬の寒い時期、しかも夜となっては遭難する
こと間違いないだろう。そこでMが考えたアイデアとは、「トンネルを歩く」こと。
彼曰く、以前にも歩いたことがあるという。

僕たちは、石切駅のホームから線路の引かれた道に飛び降りた。
初めのうちはスタンド・バイ・ミーを口ずさみながら楽しく歩いていたのだが、
だんだんと息苦しくなってきた。
このトンネルが、西日本一長いと知ったのはその後だった。

しかもMが歩いたトンネルというのはこんな長いトンネルではなかったのだ。

なんとか、息をしたいと思い、ふと見ると、線路の引かれたトンネルの側面に
非常口の扉があるのを発見した。

電車のトンネルというのは、どうやら、線路の引かれたトンネルと、もう一本、
その隣に線路の引かれていないトンネルを掘るようだ。

僕たちはその扉から向こうに行こうとした。Sがドアのノブに手をかけたその時!!
中からそのドアのノブが回ったのだ。そして、中から足音が聞こえてきた。
その時僕たちは駅員に見つかるのを恐れていた。

「みんな隠れろ!誰か来た!」

Sの声にみんな慌てて、隠れるところもないのに壁に張り付いたりしていた。

中からは誰も出てこなかった。

少し怖くなったので、少し歩いてもう一つ向こうの非常口から向こうに行くことにした。
幸いこちらの方はなんともなく扉は開いた。

もう一本のトンネルの方は、線路もないので歩きやすく、空気も新鮮だった。
しかし、トンネルの端の方には奇妙だが壺が並んでいた。

Sが冗談で「骨でも入ってるんちゃうん」

と言った。その直後、トンネル内の電気が全て消えてしまった。
本来なら消えるはずのないものであるらしい。

僕たちは暗闇におびえ、とりあえず手をつなぐことにした。
しかし、一人足りない。後ろの方で声がした。

「みんなどこ?」

「H」の声だった。「H」は一人反対の方向へ歩いていたのだ。
何とか合流したとき、誰かがつぶやいた。

「誰かライターもってへん?」

たまたまHが持っていた。やっと自分の手さえも見えない暗闇から抜け出せた。
しかし、そのライターもガスが残り少なく、少し灯しては少し歩き、を繰り返した。

みんなの顔を見れたこともあり少しは恐怖感から抜け出せたかに見えた。

とりあえず遠くに見える非常口の緑の光を目指し僕たちは歩いた。
なかなかたどり着けないが、その途中!

「あーーーー!!」

Mがトンネルの端の溝にはまった。後から見るとどうも油の溝だったらしく、
その日に買った新しい靴が、使いものにならなくなった。
知らない内に少しずつ右に寄っていたようだ。

何とか緑の光にたどり着いた僕たちは、これからどうすればいいのか困った。
しかし、とりあえず元の線路の引いてあるトンネルの方に行こうということになり、
非常口を開けた。

その時、今まで消えていた電気が、全てついたのだった。
しかも、今まで歩いてきた道はその非常口のところで、行き止まりになっていて、
壁が立ちふさがっていた。

助かった僕たちは、線路の引いてある方のトンネルの方に出た。
目の前には、生駒駅まで後200メートルの標識が。

やっとこのトンネルから出られるのである。生駒駅は電気がついていた。
駅員に見つからないように、駅のホームの手前にある高いフェンスをよじ登り、
何とか、道に出た。

これからの5人のテンションは上がりっぱなしで道に大の字で寝転ぶし、
Tへのプレゼントだと、煙草のポスターは剥がすわ、宅急便の取り扱いを知らせる
ポールを取ろうとするわ(結局重くて運べなかった。)
選挙ポスターは剥がそうとするわ(何とか引き留めたけど)・・・

トンネルを歩いたのはだいたい1時間半ぐらいだったが、生駒から西大寺までの、
トンネルの倍くらいに長い道のりを難なく歩いた。

僕たちは、今なら何でも出来ると思った。西大寺のTの下宿に着いたのは
朝の5時10分だった。
Tの下宿の扉をどんどんとたたき、「助けてくれ」と叫んだ。

3時頃に帰ってきて、やっと眠りに就きかけていたTは、少し怒りながらも扉を開け、
僕らを中に入れてくれた。

僕らの冒険を伝え、バーチャファイターをし、眠りこけて目が覚めたときには、
僕とHを残しみんな帰っていた。
後から聞くと、あのトンネルは有名な心霊スポットだったそうだ。

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