KIzUNa
第四話
少女は自分の部屋のベッドで目を覚ました。
見慣れた天井。
使い慣れた枕。
徐々に感覚を取り戻し、周囲を見渡した。
真っ暗な部屋。
月明かりが差し込んでいる。
時計の秒針が動く音と自分の微かな呼吸だけが部屋に響いていた。
少女はゆっくり上半身を起こす。
時計は午前2時になろうとしていた。
「夢・・・だったのかなぁ・・・」
ポツリと呟く。
そして、思い出す。
悪魔の存在。
ルキアとの出会い。
契約の話。
突然、思い出したかのように自分の腕を見る。
そう、私は自殺したはず・・・
ところが、その腕に傷はなかった。
おかしい・・・
確かに手首を切ったのに・・・
どうして傷がないの・・・?
自分の枕もとにある時計を見る。
日付はもう進んでいた。
自分の目を疑った。
頭が混乱した。
わけがわからなかった。
やけに喉が渇く。
少女はベッドから体を出し、
飲み物を取りに行くために部屋を出ようとした。
「・・・・目が覚めたかい?」
暗い部屋の中、少女の後方から女性の声がした。
その声は間違いない。
ルキアの声だった。
少女は声の方向に振り向いた。
そこには椅子にもたれかかり、
足を組んで少女を見つめるルキアの姿があった。
月の明かりに照らされた綺麗な顔立ち。
少女は安心した。
やはり夢ではなかった・・・
しかし、ひとつだけ違和感があった。
あの黒い翼がないのだ。
「・・・あんた、何考えてるんだい?
あの望み、本気なのかい?」
<友達になって・・・>
ルキアは憮然とそう言った。
少し怒っているように見えた。
その言葉に少女は思い出した。
嘘偽りのない本当の願いだった。
「・・・うん、本当だよ。
ルキアに・・・友達になって欲しいの・・・」
ルキアの鬼気迫る表情に怯えながら少女は言った。
その言葉を聞き、ルキアは感情を爆発させた。
「・・・あんたっ!!!わかってるのかいっ!?
あたしは悪魔なんだよっ!!!
あんたの子守り役じゃないんだよっ!!!
友達だとぉ??
ふざけんなっ!!!
私達はそういう言葉が一番嫌いなんだよッッ!!!!!」
最後の言葉を吐くと同時にルキアは机に思いっきり腕を叩きつける。
ドォンという大きな音と共に机が簡単に崩れ去った。
そして、少女を睨み付ける。
紅い瞳がより一層輝いていた。
だが、少女も黙ってはいない。
同じくルキアを睨み付けると大声で叫んだ。
「だって、どんな望みでもいいって言ったじゃないッッ!!!!
それとも何???
『どんな望み』って言うのは嘘だったの???
悪魔だからできないの???
だったら、最初からそんなこと言わないでよッッ!!!!」
その時だった。
いつの間にか少女はルキアに首を締められていた。
一瞬の出来事。
動作が速すぎて見えなかった。
徐々に力が加わり、呼吸が苦しくなる。
必死にルキアの腕を掴むがものすごい力で離れない。
少女の顔は苦渋に歪んだ。
そして、再びルキアが口を開いた。
「・・・もう一度言う・・・
その望みを取り消せ・・・
さもなくば・・・殺すッッ!!」
力を一気に入れる。
爪が首に食い込み、少量の血が流れた。
意識が薄れていく・・・
でも、少女は力を振り絞り声を出した。
「・・・ぃい・・・やだ・・・ぁ・・・
ぜ・・・絶ぇ対・・・・変えな・・・いぃ・・・
・・・はぁっ・・・・ぃい・・・・やぁ・・・」
望みを取り消そうとしない少女の姿にルキアの怒りはさらに高まる。
隠していた翼が現れ、少女を高く掲げ上げる。
少女の小さな体が宙に浮いた。
抵抗していた力が徐々に弱くなり始める。
意識が朦朧とし、何も考えられない状態に陥る。
「・・・だぁて・・・嬉ぇ・・・ぇしか・・・たか・・・ら・・・」
その言葉を聞いてルキアは急に力を弱めた。
少女は崩れ落ち、何度も激しく咳をした。
慌てて急に呼吸をしたため、さらに咳する。
その咳払いの音がしばらく部屋に木霊した。
ルキアは少女を見下ろした。
非力な人間。
自分では何も出来ない弱い種族。
自分の命を絶とうとした愚かな存在。
だが、この人間は「嬉しい」と言った。
何故だ??
何が嬉しいのだ??
その言葉の意味がわからず、急に力が抜けた。
徐々に咳払いの音はなくなり、何度も深呼吸する音に変わる。
落ち着いた少女はルキアを見つめることもなく、
言葉を続けた。
「私は・・・誰にも声をかけられたことがなかった・・・・
どれだけ自分から明るく振舞っても・・・
相手から声をかけてくれることなんてなかった・・・
いつも・・・声をかけられるのはいじめてる人ばかり・・・」
「でも・・・ルキアは・・・声をかけてくれた。
最初は怖かった。
悪魔なんて本当にいるなんて思ってなかったから・・・
でも、声・・・かけてくれたじゃない・・・
初めて私に挨拶してくれる人だった・・・
それがすごい嬉しかった・・・」
そこまで少女が言うと、沈黙が流れた。
少女はわずかに震えていた。
表情がわからない。
ルキアは少女の言葉の続きを待った。
「・・・ねぇ??
悪魔だから友達になれないの???
あたしが人間だから友達になれないの???
あたしおかしいかなぁ??
こんなこと考えちゃいけないのかなぁ??
友達って言葉がイヤなら言い方変えるよ???
でも・・・でも・・・ずっとそばにいて欲しいの・・・
話聞いてくれるだけでいいの・・・
だから・・・だからぁ・・・」
少女は必死だった。
ルキアにしがみついて何度も彼女を揺さぶった。
少女は再び泣いていた。
哀れな姿だとルキアは思った。
でも、その姿から目をそらすことは出来なかった。
何故か昔の自分と少女の姿が重なって見えた。
ルキアは腰をおろし、少女を見つめこう言った。
「わ・・・わかったよ・・・
あんたの望み、かなえるよ・・・
う・・・うまく・・・できるかどうか・・・
わかんねぇけどな・・・」
少し照れくさそうにルキアが何度も目をそらしながら言う。
その言葉を聞いて少女の視界は涙で歪んで見えなくなった。
抑えていた感情が一気に溢れ出した。
「・・・あ・・・ありが・・・ううっ・・・とぉ・・・
あ・・・・うえっ・・・・ありが・・・ひっく・・・」
嗚咽が混じってちゃんとお礼が言えない。
何度涙を拭っても次から次へと溢れ出して止まらなかった。
しかし、少女は何度も『ありがとう』と繰り返した。
ルキアは少女を見つめ、ただ落ち着くのを待っていた。
穏やかに見つめるルキアの表情は悪魔の表情には見えなかった。
うっすらと笑みを浮かべ自分のことのように嬉しそうだった。
気が付くと空が明るくなり始めていた。
鳥がさえずり、新しい一日の始まりを唄っていた。
そして、この少女────片桐アスカと
ルキアの「KIZuNa」に纏わる話が今、始まろうとしていた・・・