12th International Congress of

Logic, Methodology and Philosophy of Science

August 7-13, 2003, Oviedo, Spain

[Auditorio y Palacio de Congresos, photo by S. Uchii ; this is one of the three buildings for the congress]

See this site at Oviedo.


第12回論理学・方法論・科学哲学(LMPS)国際会議

内井惣七

今年2003年で12回目を迎えた「論理学・方法論・科学哲学」の会議は、スペイン北部、アストゥリアスのオビエドで開催された。ヨーロッパを記録的な熱波が襲い、首都マドリッドのみならず、例年なら夏は涼しいはずのオビエドも暑さでうだるなか、世界各国から多数の論理学者や科学哲学研究者が集まって、8月7日から13日まで、盛りだくさんなプログラムが進行した。わたしは、今回は、国際科学史科学哲学連合(International Union for History and Philosophy of Science)の「論理学・方法論・科学哲学部門 DLMPS」の役員(Assessor)と、この会議への日本からの代表をかねて参加した。また、この派遣の費用は21世紀COEプログラム、PaSTA研究会の予算でまかなわれたので、以下では、会議全体の概略の報告をおこない、とくに私の興味を引いた論題についても印象を述べておきたい。

この会議は、(A) 論理学、(B) 科学哲学一般、(C) 個別科学の哲学的諸問題、(D) 科学哲学の倫理的、社会的、歴史的視点という四つの部門があり、それぞれはまた下位のセクションに分かれている。一般的な傾向としては、狭義の論理学者たちはほかの部門にはあまり興味を示さないので、「さよならパーティ」も会議期間の途中、論理学の部門が終わるころを見はからって8月の11日に行われた。最も多くの発表が行われたのは「物理学の哲学」のセクションで、最終日の最後の一般講演が行われる直前まで個人発表が続いた(これは、物理学の哲学のセクションを増やす必要があるということで、前回クラコフの総会でこのセクションの委員長が訴えたのだが、今回も改善されなかった。そして、これは欧米の事情と、日本での事情が極端に異なる一事例であろう)。

それはともかくとして、今回の全体のプログラムは、4つの一般講演(Michael Rabin, Elliott Sober, W. H. Woodin, Manuel Garrido)、50人の招待講演者、5つの特別シンポジウム、6つの関連シンポジウムと豪華なメニューだったのだが、何人かの招待講演者が直前でキャンセル、何人かは無断で欠席(らしい)と、少々がっかりさせられる実態となった。わたしがとくに聞きたいと思っていたCarlo Rovelliの量子重力の講演もキャンセルとなり、落胆した。もちろん、直前のキャンセル、いわんや無断キャンセル(招待講演者には会議から旅費が支給されているはず)は悪いに決まっているのだが、今回の開催委員会、オビエドの組織に少々問題があったらしいことは、多くの参加者が事前にある程度感じていたことでもあった。会議の計画から実施にあたって委員会に多大の努力と苦労があったことは察するにあまりある。しかし、レジストレイション、ホテルの予約、その他いっさいをViajes El Corte Ingres という(スペインでは有名な)会社にまかせたのがよくなかったようである。わたし自身、レジストレイション段階で二回もメールでクレームをつけなければ事が運ばなかったし、ホテル代金全額を振り込んだ後でも、こちらから要求しなければ確認のメールもよこさないという有様で、事前からまったく印象を悪くした。また、現地に到着したあとの手続きでも、参加者に情報がなかなかうまく伝達されず、会議の合間のツアーの計画も、情報不足から参加したい人が申し込みできず、大半がキャンセルとなって、「ホンマにやる気あるのか?」と多くの人々に感じさせた始末。前回、ポーランドのクラコフの時とは組織力、実行能力や手際の良さなどの点で、雲泥の差となったのが残念。今回は、わたし自身、役員の一人として会議の運営について評価する立場にあるので、あえて一言苦言を述べておきたい。ただ、運営の手伝いにかり出されたオビエド大学の学生とおぼしき人たちには、何度も情報や助言を求めにいって顔なじみとなり、大いに感謝している。

[Second building for the congress, Faculdad de Ciencias; photo by S. Uchii]


さて、会議のアカデミックな側面に話を移すと、論理学では集合論で有名なWoodin、生物学の哲学ではSober、物理学の哲学や方法論ではGlymour、 Paul Teller、Deborah Mayo など第一線で活躍中の大家が大勢顔をそろえていて、期待できるはずだった。しかし、盛りだくさんが災いして、三つの建物を使い、それぞれのなかでも5つ以上のセッションが同時進行しているなかで、生物学の哲学関係の話を聞こうとすれば物理学関係とかち合い、論理学のセッションに顔を出そうとすれば、また他とかち合うという具合、しかも会議期間中の暑さ(オビエドにしては猛暑)と重なって、うまくいかない上に途中から意欲が萎えてしまった。

[University of Oviedo, Campus; photo by S. Uchii]

今回、わたしにとっての最大の収穫は、72歳になってまだ活躍中のMichael Rabin の仕事にふれたこと(彼はすでに四半世紀ほど前にオートマタの理論でチューリング賞を得ているが、最近では暗号学Cryptologyの第一線で注目すべき業績をあげている)と、量子力学の哲学で名前を挙げつつあるユトレヒト大学のDennis Dieks と知り合いになれたことである。また、これまた四半世紀も前にシカゴで知り合ったWilliam Harper(カナダ、ウェスタン・オンタリオ大学の科学哲学のディレクター)をやっと捕まえることができた(彼は前回クラコフにも来ていて、顔に見覚えがあったのだが、四半世紀も経つと同定できなかったのだった。向こうも同じで、わたしが来ていることは知っていても、どの東洋人がわたしかわからなかったのである。彼が総会で発言し、名前を名乗ったので、やっと名前と人物が一致した)。

では、Rabinについてのコメントから。開会直後のRabin の講演は、"Proofs and Persuasions from Computer Science" というタイトルで、数学的証明のチェックにランダマイゼーションを導入したテクニックにより、その証明が正しいことを、証明のディテールに立ち入ることなく納得させる(確率論的にチェックする)という手法の意義を論じたもの。例えば、きわめて大きな整数が素数であることをチェックするような場合にこのテクニックが使用でき、極めて高い信頼性が(確率的に)得られるとのこと。講演中にははっきりしなかったのだが、11日のバスツアーの時に車内で彼と雑談していて明らかになったのは、クロード・シャノンの初期の暗号研究の発想(京大科哲史のある卒業論文で取り上げられた)とRabin の発想とにある種の親近性があるということ。Rabin 自身、シャノンを意識してその発想を洗練したようである。事実、関連シンポジウムでの彼のもう一つの講演では、"The Provably Unbreakable Encryption" という2年前にセンセーションを呼び起こした結果が素描され、暗号の解読不能性を確率と関係づける手法が解説された。これは、純粋に理論的な成果ではなく、実用化に向けた研究もグループで行われているとのこと。情報化社会の実現により、シャノンの昔の発想が実用化とも結びつくようになってきたということで意義深い。高名な学者でも、講演が下手な人もいるが、Rabin はプリゼンテーションも鮮やかで手際よかった。

次に、今回わたしが主として聞いた、物理学の哲学のセクションでは、オランダ、イタリア、フランスの若い研究者たちの発表も多くみられた。そして、もっとも頻繁に論じられたテーマは、量子力学の哲学である。今回の会議では、オランダ、ユトレヒト大学のDennis Dieks 教授(量子力学のmodal interpretation の展開で知られる)と知り合いになったが、ユトレヒトのグループもそこここで見かけた(Dieks教授は京大のわたしのサイトを見て、事前に下記ユトレヒトのサイトを教えてくれていたので、彼の講演を聞きにいって知己になったというわけ)。Dieksの話は、量子力学の様相解釈に、ある種の相対主義、 perspectivalism を導入し、世界のなかのテスト系とそのほかの系との関係で確定した性質を論じうるというもの。このように関係性を入れて考えることで、量子力学解釈の多くの問題が解けるようになるのではないかという展望が述べられた。もっとも、時間が限られていたので、どのように具体的問題が解けるのかについては、全然ふれられなかった。ちなみに、ヨーロッパでは、European Science Foundation のサポートで"ESF Network for Philosophical and Foundational Problems of Modern Physics"という組織ができており、これのサイトはオランダのユトレヒトで開設されている。オックスフォード大学、ユトレヒト大学、そしてハンガリーのエートヴェーシュ大学がまとまったグループのあるところだが、各種のワークショップやフォーラムなどを随時開催し、交流を図っているとのことである。

[Third Building, Faculdad de Geologia; photo by S. Uchii]

最後の総評としては、この会議がスペイン語圏で開かれた最初の集まりとなったので、スペインをはじめとしたスペイン語圏からの研究者がかなり多く参加し、これらの地域での科学哲学や論理学関係の動向がうかがわれて参考となった。例えば、科学哲学では、マドリッドやバルセロナの大都市圏に加えて、グラナダやマラガ、オビエドなどが比較的研究者の多いところらしい。これは、グラナダから参加した石原さんという研究者から聞いた話。日本人の参加者は他に数人いたはずだが、レセプション、さよならパーティなどでもいっこうにお目にかかれなかった。代わりによく見かけたのが、次回の開催地候補としてフランス(リヨン)とともに名乗りをあげた中国の人たちで、各会場に顔を現していたし、中華料理レストランでもグループで見かけた。 以上で学術がらみの報告はひとまず終え、オビエド観光の目玉をいくつか写真でお見せすることとしよう。

The Churches in the mountain of Naranco

San Julian de los Prados, another monument of World Heritage

The Cathedral in the Old Quarters

[And for more pictures, see Spain]


Last modified April 15, 2006. (c) Soshichi Uchii

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