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Kuri's Struggle for Existence

クリの闘病

クリは、野良猫だったモモが1994年に生んだ四匹のうちで、うちに残した一匹の雄猫。大変に大柄になって、一時は8キロを超えるほどの勢いだった。大人になる前に去勢したので、いつまでも声が高く、近所で野良猫などと縄張り争いをする際には「ボーイソプラノ」で吠えるのでサマにならず、なかなか実力行使に踏み切れない臆病者。ある時など、黒い野良と長い間にらみ合い、吠えあいで決着がつきそうにないとき、親のモモが介入して、たった一撃で黒い野良を撃退してしまった。

[Kuri as a child, 3 months old]

元気な頃は、写真を見ていただけばわかるように、動物病院でも評判の大柄できれいな猫だった。

 

しかし、野良猫と小競り合いを繰り返した結果、いつの間にか猫エイズに感染していたのだ。また、親のモモから口内炎が感染し、最近数年間、エサを食べるのがだんだん困難になってきていた。そこで、昨年12月に抜歯手術を行い、一時は状態が好転したかに見えたのだが、まただんだんものが食べにくくなってきたのだった。手術前の頃の写真と手術後の写真を比べていただけば、違いがある程度わかっていただけるだろう。

 

エイズ持ちなので、それが発症したのかもしれないし、いずれにせよ、腎機能が悪化してきたのだ(口内炎を押さえるステロイド剤も腎臓に悪いらしい)。抜歯手術の前はまだ優に5キロ以上あったのに、手術後しばらくして5キロを割り込み始めた。何しろ、自力で食べる意欲が衰えてきたのだから無理もない。血液検査の結果もだんだん悪くなり、貧血症状まで出始めた。新しい年が明けてからは、体重減少が続く一方で、いつの間にか4キロ半ばを割り、遂に4キロまで割り込んでしまった。精気の衰えた姿は、次の写真で一目瞭然。

そこで、わたしが乗り出して、ドライフードをすりつぶし、お湯でといて液状ペースト化し、スポイト、シリンジで強制給餌を始めたのだ。それが四月頃から。また、貧血を改善するために、マラソン選手などがドーピングに使う注射(高額)も打ってもらうことに踏み切り、一時は効果があった。そうした努力の甲斐あって、何度かは4キロ台を回復したのだが、再び減り始めるとあっという間に3.5キロとなり、ついには3.3キロとなってしまった次第。エイズ発症の兆候として、体重が急激に減少するとのこと。しかし、それでも、まだ時々は威厳のある姿を見せることもあったのだ。

 

いま現在、何とか3.3キロ前後で踏みとどまっているし、日によっては機嫌のいい時もある。もう少しもってもらいたいと闘病を手助けしている次第。(11 June 2008)

あとは、最後の日に至る、日々の記録。

6月15日、3.1キロ、体重最低記録を更新。この日は朝から不調、昼過ぎにもどし、足がふらつき顔にはまるで精気なし。しかし、夕方点滴にいって、少し調子を取り戻す。夜のエサは予定した量を食べた。点滴二種類のうち、尿がよく出るものとそうでないものとがあって、概して後の種類のときは調子が落ちる。

6月16日、朝の食事は好調だったので昼にもう一度やったが、しばらくしてもどしてしまった。控えめにやっているつもりだが、量がすぎるのは禁物だ。昨日の点滴は効果がよい方なので、今朝から「外へ出せ」コールでうるさい。ドアのところへ行って手でドアをひっかくのだ。外へ出たら一巻の終わりだぞ!

そう思っていた矢先、二階のベランダから、死にかけのクリが大跳躍をやってくれた。クリの大脱走の顛末はブログから。動物はスゴイね!

http://web.mac.com/uchii/iWeb/Site/Blog/E0529EE5-D5CC-467B-86BE-D8EB7FEE21AF.html


クリは朝から外へ出たがっていた。何度も窓やドアのところへ行って手で開けようとひっかいていたのだ。夕方のエサをやって、「それでは二階のベランダにでも出してやるか」と連れて行ったのが大間違いのもと!写真のように、エアコンの室外機の上に座っておとなしく外を見ていたので、しばらく目を離した。こちら、人間さまの夕食がそろそろできる頃なので、クリをつれて降りようとベランダを見に行ったが、どこにもいない。「またどこかのシェルターに隠れたか」と心当たりを全部点検したがやはり見つからない。まさか、この二階のベランダから下へ飛び降りて脱出したことはあるまい、とこの可能性は消去したはずだった。何しろ、若い元気なときでさえ、そのような無謀な行動は一度もとったことがなかったからだ。

しかし、夕食を挟んで二時間近く、カミさんと一緒に探してもどこにもいないのだ。そこで、まさかとは思うが、ベランダからすぐ見えるお隣さんに(カミさんが)電話で問い合わせてびっくり。「しばらく前にうちのテラスに舞い降りてきたので『どうした、大丈夫?』と聞いたら、表の通りの方へスタスタと歩いていきましたよ」とのこと。なにせ、クリ本人は死にかけの身なのだ。「自分の最期を悟って一世一代の大脱走を試みたのだ!」と大仰天。

さあ、それからカミさんが面目躍如、涙声でご近所中の呼び鈴を押しまくって庭を点検させてもらうわ、猫の名前を叫びながら探しまくるわで約一時間。こちらはあきらめが早いから、「歩いていったのならたいした怪我もないだろうから、生きていたらそのうち帰ってくるぜ。待つしかない。もしか死んだとしても、クリの一世一代の冒険、本望やないか」と説得。「じゃ、最後にもう一軒角の家にだけ聞きに行ってくる」と出て行ったカミさん、数分後になにやら興奮した声が聞こえてくる。もしやと思って飛び出すと、クリを抱えて帰ってきた。近くの公園をもう一回りだけして、ひょいと見たら丘の上にクリがいたとのこと。幸い、クリにはたいした怪我もないようで、少し足を引きずる程度。心配させてくれるぜ、ホンマ!猫は侮れない、女は強い。

6月17日、一転落ち着いた一日。点滴前の体重は3.05キロ、最低記録更新だった。昼頃一度もどしたが、エサの食べ方はまずまずで、体調も悪くはなさそう。

6月18日、クリの体重は、夕食後だけれども3.2キロある。しかし、小便の失敗はだんだん多くなってきている。

6月19日、点滴前の体重は3.1キロ、一応横ばい状態。しかし、午後から夜にかけては不調。エサも半分がやっとで、もどすかもしれないような気配。

6月20日、クリ、日中はもどさなかったが、小便を二度漏らす。夕食後の体重は3.2キロ。

6月21日、クリ、昨夜寝る前にもどしたので、今日点滴前の体重は3.02キロ、また最低記録更新。もう足腰が弱って、歩きかねるようになってきた。

6月22日、口内炎、痛み止めの注射が利いたのか、クリの食べ方が改善されてきた。昨日よりはよろけ方もマシになって、少し持ち直した感じ。昼間の計量では3.1キロ。

6月23日、クリ、遂に三キロ割れ、2.88キロ。昨日は三食とったが、夜中にウロチョロしてエネルギーを使ったのだろう。まあ、まだ動けるのだからよしとするか。

6月24日、クリ、今日も三回強制給餌したが、体重は戻りそうにない。それほど調子が悪そうではないのだが、こうして体重を減らしつつ弱っていくようだ。

6月25日、クリ、今日の点滴前の体重は2.88キロ。午後から少し元気が出てきた。外に出たがる。

6月26日、クリ、便がしばらく出ないのでシリンジを使って浣腸(水を少し入れただけ)、排便に成功。マアマア食べているので、まだ死にそうにはない。介護も疲れてくるゼ、しかし。夜に嘔吐。

6月27日、クリ、2.76キロに。病院で、残った便を出してもらう。かなり出た。しかし、今日は午後になっても元気が回復せず、かなりヤバイ感じ。歩くのは歩くが、相当よろける。

6月28日、午前2時20分、クリ永眠。長い間ありがとう!1994--2008 (死に目に立ち会えた)カミさんと娘は義母の法要で帰省中なので、火葬の手配をする。クリは、その娘があくまでもこだわって家に残した因縁があるのだ。クリの最期の様子、ブログから。


最後は突然にやってきた。クリ、6月28日午前2時20分に永眠。

クリ、昨日点滴の後、あまり調子が良くなかったのだが、日中、トイレの失敗もなく、夕食もある程度食べて、いつものように寝る場所へ連れて行った。カミさんと娘は義母の法要のため帰省するので、朝早く車で出る予定、わたしが残ってクリたちの面倒を見る予定となっていた。夜中の1時半頃、カミさんがクリをトイレに連れて行ったが小便は出ず、クリは歩いて寝床に帰った。しかし、もうしばらくして再度トイレに連れて行ったところ、くずおれるように倒れ、呼吸がおかしくなった。カミさんの叫び声でわたしと娘が駆けつけると、クリは荒い大きな息で二三度しわがれた声を出し、そのまま息絶えた。よく頑張った。雄猫らしい立派な最期だった。

6月29日、午後2時、クリの火葬。近頃は、火葬車が自宅まで来てくれる。差し障りのないところで焼いた後、自宅で収骨。骨壺に収まって、クリよ、さらに小さくなってしまったなあ!

[Fresh-faced in the morning, white bones in the evening.]

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Last modified Dec. 9, 2008. (c) S. Uchii