高天彦神社

奈良県御所市高天  MAP

主祭神 高皇産霊神

高天彦神社参道

奈良県と大阪府南部を分ける、南北に金剛葛城と並ぶ山地帯は、二つの巨大な峰ともに、昔は広い意味での葛城山と呼ばれていたそうです。その奈良県側に、かつて権勢を誇った葛城氏が、その祖神を祀ったとの伝承のある神社です。

現社地は金剛山の中腹にあり、社殿は神さびた神明造りで、式内の名神大社です。神社背後の白雲峰(644m)を御神体としていて、あまり広くない神域ながら重圧な雰囲気が感じられます。高天彦とは高皇産霊神をさすものとされています。ですが、場所がら高皇産霊神を祀るより、葛城・金剛の山の神霊を祭祀したなの場所だと言う説もあり、なるほとそのほうがしっくり来ます。

付近一帯は高天の地名が残り、神話の高天原に比定され史跡となっています。伝承では、天孫降臨の舞台は九州ではなくこの地だったといわれれています。この高地に勢力を持っていたであろう葛城氏の母体勢力が、奈良盆地へと下り、勢力を広げていったことが、後に天孫降臨として伝えられたというものです。

この降臨を受け継ぎ、神武天皇とそれに続く開化天皇までの、いわゆる欠史八代の各天皇が実在だったととらえ、葛城地方に勢力の基盤を持つ初期の天皇家(大王家としたほうが良いのですが)になっていくと考えたのが、鳥越憲三郎氏などの説く葛城王朝説です。この説では欠史八代の大王の事跡を初代神武に集約したとされていて、神武の橿原の宮についても、現在の橿原神宮ではなく、御所市柏原にある神武天皇社という小さな神社があてられるとのことです。また、上記葛城氏の伝承をもとにするとなると、大王家の祖神としてタカミムスヒが考えられているみたいですね。アマテラスのあつかいはどうだったか興味がわくところです。

本殿

高天原=邪馬台国=九州勢力、でもって、神武東征=邪馬台国東遷、という説を私個人は支持したいと思いますが、それでも、この金剛山中腹にある高天一帯のすがすがしい雰囲気は、前述のような降臨伝承が生まれるに足るものだと思います。ここからの奈良盆地の眺めはほんとに良いですよ。昔から大事にされていた場所だったんでしょうね。最近何年ぶりかでここを訪れましたが、神社のすぐ近くまで車道が伸び、駐車場まで整備されていました。行きやすくはなったものの、ちょっと風情なくなったかな・・・?

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