呼  吸




とん、とKIDのてのひらが胸に当てられる。
 ちょうど心臓の上。
 途端に早まる鼓動と息苦しさを覚えて新一は浅く息継ぎを繰り返す。
 まるで自分の周りだけ急速に酸素が薄くなったかのようで……息が出来ない。そのてのひらに縫い取られたように身動ぎも出来ず、必死に息を吸い、吐く。
 彼のてのひら一つで呼吸すらままならない。
「オレを殺す気かよ……?」
 どうしても荒くなる吐息と、おぼつかない声でそう呟いた頃には新一の身体は胸元に当てられたてのひらに半分以上その身を預けてしまっていた。
「何故です?」
 KIDは笑む。口許を片側引き上げる、怪盗ならではの独特の笑みで。
「私の心はここにあるのに?」
 僅かに力を込められただけのてのひらにやんわりと押し戻されて、新一はどうにか体勢を立て直す。
「貴方をなくしたら私の心も同時に壊れてしまう。する筈ないでしょう、そのような事を」
 悪びれない言いぐさを至極神妙な面持ちで言う。矛盾を抱えた怪盗は、自らのてのひらが引き起こしている事象に関しては一向に無頓着に見える。
 でなければ、ただ添えられただけのてのひらが、新一の心臓をわし掴むかのような痛みと息苦しさを与えていると知った上で知らぬふりを決め込んでいる確信犯か。
「……おまえ、質悪ィ……」
「お褒めに与り光栄ですね」
 KIDはどうにか吐き出した新一の言葉ヒトツもあっさりと受け流す。
「そもそも名探偵、私が唯のイイヒトだったとして、貴方は今のように見て下さいますか。そうして追いかけてくれましたか。……一瞬後に記憶から締め出さないとでも?」
 反論の余地なく並べられた言葉に、新一はただ睨み返す。
 てのひら一つにからめ取られた身体に、唯一自分自身であるその瞳しかもう新一には残されていなかった。自身の意思も、心も、とっくの昔に自分のモノではなかった。
 ただ知らなかっただけで。
 緩やかな眩暈と間近に感じる彼の気配。現実感のない存在の癖に、てのひら一つで新一を圧倒する。てのひらが心臓に焼きつける熱、全てを奪い去りそうな予感。
「屁理屈……!」
 苦し紛れの新一の罵倒も彼に何の打撃も与えはせず、ただ笑みを深めさせただけだった。まるでそれすら褒め言葉であるかの如く。
「恐悦至極」
 呼気すら混じり合う距離で笑む顔は、確信犯そのもの。キスを奪う訳ではない。拘束されているのでもなく、ただてのひらが胸へとシャツ越しに触れているだけなのに。
 息を奪われ、思考を持って行かれて。

 ……殺される。

 たったひとつのてのひらに。

・end・  

◆『くちづけの動機』より◆快(K)×新◆


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