飛んで行けたら



「快斗! 白馬くんのこと、聞いた?」
 遅刻ぎりぎりで教室に滑り込んだ快斗に駆け寄って来た幼馴染みは、正面に立ちはだかると挨拶もなしにいきなりそう切り出した。元来のんびりした性格の彼女にしては珍しい、性急な態度に軽く目を見張る。
 ほんの瞬間顔を合わせた形となったが、しかしすぐに快斗は彼女の横をすり抜けて席へと足を向けた。
「ちょ、ちょっと、快斗?」
 否も応もなく無言で背を向けた快斗に意表を突かれた青子が、一瞬呆気にとられ慌ててその後を追って来る。
「ねぇ!」
 その声に一応聞いている、と返事代わりに手を振ってはおくが足は止めず。
 席に着くまでの間に教室のあちこちから投げられる挨拶には『よう』だの『おう』だの簡単に返しながら快斗は歩いた。その後ろを青子が子犬のようにぱたぱたと追いかけて来る。
 子犬のようにひたむきで、そして彼女は子犬のように快斗が振り向かない筈はないと確信している。幼馴染みと呼べる長い付き合いの経験をもとに。
 幼馴染みならではの仲が良いのか悪いのかも分からない見慣れた二人の姿に、クラスメイトからは最早冷やかしの声一つ飛ばない、所謂おなじみの光景である。
 だが、机に着いた途端、さてもう一眠りと腕を枕に突っ伏した快斗にとうとう彼女も痺れを切らした。
「もうっ、ちょっと快斗! なんで無視するのよ」
 ばんっ、と両手で机を叩かれて、のっそりと渋々に快斗は青子を見上げる。勿論、面倒臭そうなポーズは崩せない。
 何故なら、事が白馬に絡むだけに、内実はどれほど興味を惹かれても『興味のない素振り』をそう簡単に覆す訳にはいかないからだ。
 表向き『黒羽快斗』は怪盗KIDの追っかけで、大のKIDファンで、KIDを捕らえるべく転入して来た英国帰りの探偵である『白馬探』とは誰が見ても反りもウマも合わない間柄である。
 事実、過去はその通りにウマが合わない間柄だった。
 探偵と怪盗としてはとうてい分かり合えるとは思えなかったし、その点をさっぴいても友人として友情を築けるとも思っていなかった。立場も性格も、趣味も価値観も、二人は違い過ぎる。
 違うからこそ気が合うと言う例も世の中にはあるが、生憎、快斗と白馬に関してはこの法則は当て嵌まりそうもなかった。……なかった、の、だが。
 今ですら客観的に考えたならやはり有り得ないと思う。
 なのに、どうしてだか現実には彼との関係は思いも寄らなかった所に行き着いてしまっていて、だからといってそれを誰かに悟られる訳にもいかない。そういう現状にある。
「あー、はいはい、聞いてますよ〜」
「はいはいじゃないよ。……ねぇ白馬くんのこと、快斗知ってた?」
「だから、何だよ、白馬のことって。オレあいつのことなんかなーんにも知らねぇけど?」
 わざととぼけて混ぜっ返した、と言うよりは実は結構本気で言っていたりもする。白馬の事と漠然と言われても、何も知らないとは言わないが、何もかもを知るなんて絶対的に親密を極めた間柄でもない。
「なによ。最近快斗、よく白馬くんと喋ってるじゃない。前みたいにどうでもいいみたいな態度しなくなったの、青子、知ってるんだからね」
 存外良く見ているらしい幼馴染みに、笑顔というポーカーフェイスの下で舌を巻く。
「そうかぁ? 別に今だってどうでもいいけどなー」
 面倒そうに呟いて、ぎろりと睨まれ肩を竦める。
「へいへい。それで、アイツがどうしたんだよ?」
 彼女の言葉にざわざわと心が掻き立てられ気が急くのも必死で宥め、のんびりした口調を装って快斗は話を引き戻した。あまり仲のよろしくない一クラスメイトとしてはこの辺りが妥当な話題への食い付き方の筈だ。
 内心は出し惜しみせず早く言ってくれと気が急いて仕方がない。白馬の話題を本人からでなく他の誰かから聞くのはどうにももやもや感が否めないとは言え、ここは背に腹は代えられない。
 何事にも慎重と言えば聞こえは良いが、白馬は自らの事に関しては殊更自己完結しがちな傾向がある。途中で相談を持ち掛けたり、話して考えをまとめようとしたりはしない。
 結論が出るまでただ黙って内に秘めるような、一面があるようなのだ。
 慎重と言うか精神的に自立していると言うか、薄情と言おうか……はたまた水臭いと言うか、悩み所だが。
 ある意味自分の全てをぶっちゃけられない点ではお互い様だけれど、それでも時折見せる彼のそんな一面は快斗を苛立たせ、もやもやとさせて、……もどかしい思いに駆られるのだ。
 溜め息一つ、青子は声をひそめた。
「白馬くん、大学行くの止めたって、うわさが流れてるの」
 知ってた?と重ねて問われぼんやりと首を横に振る。……掛け値なしの初耳だった。
「それ……この辺の大学受けるのやめた、とか、日本の大学には行かないって意味か? それとも進学そのものをしないって?」
「そこまで知らないよ」
「うわさなんだな?」
「…………うん」
「なら、本人に聞くのが一番確実だろ」
 そう言いつつ、己が実践出来ているかといえばそれは怪しい。実際快斗にした所で、進路については微妙過ぎる面があり、聞きたいような聞くのが怖いようなそんな感じでつい話題を避けて来てしまった。
 そうでなくとも白馬はあまりに身軽にしょっちゅう英国と日本を行き交っている。どちらをより重要視しているのか、はたして日本に腰を落ち着けるつもりがあるのか、どうか。
「そうなんだけど……。ここのところ白馬くん、ずっと学校来ないよね。またイギリスに帰っちゃってるのかな」
 悄気る彼女に肩を竦めて見せるしかなかった。
「かもな。ま、今度アイツが来たら聞いてみな。どうするつもりか決まっているなら答えてくれるだろーし、決まってないならとりあえずうわさは完璧ガセだったって事なんだから、それでいいだろ」
「……うん、そっか。そうだね。周りが何言っても進路は白馬くんが決める事だし。……でももしイギリスに帰っちゃうんだったら、寂しいなぁ」
 すっかり意気消沈した青子を頬杖をついて見上げて。
「……分かんねーけど、……大丈夫じゃねぇの」
 こっそり盗み見る、彼の席。うわさの主の姿はなるほど今日も見えないまま。
「……多分」
 口許に苦笑を刷く。確信なんて抱いてない。
 彼がイギリスに行っているのは知っている。そろそろ戻って来る頃ではないかと、これはあくまでも推測だ。
 立つ前にはこれといった連絡もなく、旅立ってからは彼からメールが二通、ルス電にメッセージが一つ。どれに対しても快斗は沈黙を守ったので、それらは一方通行に終わり、現在の彼の所在は憶測でしかない。
 ましてや彼が進路をどう考えているのかなんて事は知りようもない。将来をどう考えているのかだなんて。
 ただ、今この状態で全てを投げ出して日本を離れる、と言うのは些か白馬らしくない気がした。KIDも捕らえられず、快斗との関係を中途半端に断ち切ってまで生活の場を完全に英国と定める、と言うのは。
 根拠を問われればはっきりと口に出来るような何かがある訳ではない。それこそ感覚とか、そんな気がするとか言った、説得力には大いに欠けるレベルの話だ。
「……快斗……?」
 案の定訝し気な表情になった幼馴染みに、それ以上に言えるような一言もなくて、仕方なく快斗は曖昧な笑みを弱く口許に過ぎらせた。勿論、彼女がそんなものに誤魔化されてくれよう筈もなく。
 のらりくらり躱そうとする快斗を更に追及すべく瞳に決意を込めて、青子はずいっと机に身を乗り出した。そこを素晴らしいタイミングで救ったのは、噂の張本人でもクラスメイトの扱い難い魔女でもなく。
 常ならばうっとうしいだけの校内放送から吐き出された馴染みの鐘の音。
 ……本鈴だった。

◆続きは『飛んで行けたら』にて◆白×快(微妙に快×白、風味)◆


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