ドミノ 





『僕も好きですよ』

 ひらり、目前にメモが差し出されて、快斗は半泣きがかっていた状態から瞬間冷凍がかかったかのように動きを止めた。ぐずっと鼻をすすると瞬きすら忘れて、目を見張る。
 メモの内容に驚いたのは言うまでもなく、メモを摘んでいる指先から腕、身体、顔まで視線で辿って不本意ながら再度驚愕の余り声を失う羽目になった。
 正気に戻るまで優に数十秒。
『快斗? おい、どうしたんだ?』
 電話越しに友人に繰り返し訝し気に名を呼ばれ、ようやく我に返る始末である。
 快斗は反射的にメモを奪うと、寝そべっていた体勢からバネ人形もかくやという素早さで勢い良く跳ね起きた。
 そのまま転びまろびつ距離を空けようとするもののそれもまたままならない。どすん、とすぐにソファーに後退を遮られ、それ以上の撤退を阻まれてしまう。
 外せないでいる視線の先で、男は瞬間ぽかんと、継いで僅かに楽しそうに目を細め、笑いをこらえたようだった。
 何だよその顔はちょっとオレに失礼じゃねぇ?とか、そもそもどうして今ここにいンだよっ、だとか、これって一体ナンのつもりだ、とか何とか。
 こんがらがる思考をとりあえずまとめて棚の上に放り投げて、すかさず奪取したメモ用紙と苦笑する男を交互に凝視したまま、快斗は早口でそれでも心持ち声を落として電話口でまくし立てる。
「ごめん新一、緊急事態が発生したっ。また電話するからっ!」
 言うだけ言って、返事も待たずにパワーオフ。後で多分嫌味の一つや二つは頂戴せねばならないだろうけど、今はそれどころじゃない。
 彼の好きそうな推理小説の新刊を二、三冊と特製の暗号を幾つか差し出せば、さしあたり今回の非礼はチャラにして貰えるに違いない。
 勿論、のろけ半分愚痴半分の長電話を仕掛けたのもそれをいきなりぶったぎったのも快斗だから、絶対確実にとは言えないけれど。
 何より問題は目前に控えていた。
「何で、ンなとこにいるんだよ!」
 先ほど棚上げしたいくつかの中、まずは思いつくままに指摘する。いる筈のない場所に、いる筈のない人が悠々と相変わらず落ち着き払った姿で微笑んでいる、と言う正にその点だ。
 ぐるぐる唸る快斗の語調に、彼は悪びれる様子もない。
「何故と言われても。君の母君がこちらに通して下さったからだろうね。君が電話中だったから声こそかけなかったけれど、気配を消していた訳でもないですし、気付いていないとは思わなくてね」
 よもや君ほどの人が、とここには多分に声に皮肉の色が混じる。
「てっきり、わざと無視しているのだと思ってましたが」
 違うようですね?、と先程のリアクションを思い出したのか、吹き出すのをこらえるような微妙な表情で彼が続けた。
「ま、さか」
 違う、と油の足らない人形の如くぎこちなく首を振れば、そうですか、と呟いてあっさりと彼はそれを受け入れる。
 何か言いた気な視線はそのままに、ゆらり体勢を整えて、足を踏み出す。
 一歩、二歩、三歩。
 そして四歩目であっけなく二人の距離はゼロにほど近くまでになった。
 快斗の真向かいで足を止めた白馬は、おもむろにそれでいて場違いな程優雅な所作で半身を屈めその手を快斗へと差し伸べる。……どんな冗談かと笑い飛ばせない雰囲気の真顔に、らしくもなく思いがけず気圧された。
「……な、何だよ……?」
「もう帰ります」
「は、あ?」
 一連の会話と動作がまるでちぐはぐだった。吹き替えの間違えた映画でも見ているような、そんな感じに。
 快斗はばかみたいに口を開けて彼を見上げた。
 見て、聞いて、理解する。
 そんな極単純な事なのに、今はひとつひとつの処理能力がひどく低下しているような気がする。
 それでも動作の理解は後に回して、快斗は一応耳まで届いていた言葉をもう一度脳内で響かせた。
『モウカエリマス』
 …カエル?
 帰る?
 帰るって、どこに。
 あの邸宅としか言いようのないご立派な家にか、それとも、彼のもう一つの家がある霧の街へと?
 快斗の思考の流れを、目に見える何かのように追ったらしい白馬は「深読みの必要はないですよ」と含み笑った。
「今日はもうおいとまする、と言っただけです。勿論、君は見送ってくれますね?」
「……はぁ……?」
 快斗はまるでセンスのない疑問符を、またも繰り返した。
 内心のテンションは一瞬で下がって、次の瞬間にはウキウキと上がって、今となっては上がるやら下がるやらどうして良いか混迷を極めてしまう。
 人を振り回している自覚があるのかないのか、悪びれない態度で御曹司は不可解な要求を当然の如く快斗に突きつけてくる。
「お見送り、ですよ。出迎えもなく延々長電話で相手もして貰えなかったのですからね、それ位『お願い』したって可愛いものでしょう」
 全然可愛くもない本人曰くの『お願い』、快斗にしてみれば理不尽で唐突な『要求』でしかないソレを、疑問系でもない癖に語尾を上げて彼は言う。
「そうですね、駅までで結構ですよ」
 返事も待たずに矢継ぎ早に言い放って、呆然としている内に『お願い』は受理された事にされてしまった。こんなに強引に話を進める白馬探は初めてで、突っ込みどころが山ほどあるにもかかわらず適切な言葉が見つからない。
 提案にはどんな裏が、と疑わし気に見上げた快斗を、裏などかけらもなく見える隙のない微笑みで受け流し、白馬はおもむろに伸ばされる事のなかった快斗の手を取り立ち上がらせる。
 手首を捕まれ、その指に力がこめられた、刹那。
 ふわり、体を引き上げるが為に触れた手は、温もりを実感する間もその余韻に浸る間も与えずにあっけない程素っ気なく放れて行った。
 もうちょっと、と無意識に思って。
 慌ててそんな思いを打ち消す。強く首を一振りすると、ようやく差し延べられ続けていた手の意味に快斗の思考は追いついた。
……何もかもが遅過ぎる。



◆続きは『ドミノ』にて◆白×快◆


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