星に願いを サンタに愛を



 自称サンタクロースが本当にサンタクロースなら今更他人の家など珍しくもなかろうと思われるのに、彼の態度はそうは見えないものだった。
 白馬の家をのけぞり見上げ、中に入ったら入ったでぽかんと口を開けてしばらく呆けた後で、こんなのは普通『家』とは言わない、『豪邸』だろう、と彼は呆然と呟いた。
 玄関を抜けて部屋に辿り着くまでも彼の興味は尽きない様子で、きょろきょろと足を止めがちなサンタクロースを辛抱強く歩を緩め調子を合わせながら時間をかけて白馬は客室の一つに通したのである。
 そしておもむろに、彼へと向き直る。
「さて、改めて初めまして。僕が誰か分かった所で、君は誰ですか、サンタクロース?」
 皮肉を潜ませた呼び掛けに、気付いたか否か。彼は面白そうに小さく笑みを浮かべて小首を傾げる。その拍子に、赤い帽子の先で白いぼんぼりがひょこんと揺れた。
 くるりと回って見せていたずらな笑み。
「見たまんまだけど?」
「僕が知っているサンタクロースは北極だかスェーデンだかフィンランドだかの、」
「グリーンランド」
 すかさず突っ込んだ彼に向かって白馬は一つ鷹揚に頷いて訂正した。
「失礼。グリーンランドだか、その辺りにお住まいの、真っ白な髭をたっぷりと蓄えた、かっぷくの良いご老人のように認識していましたが?」
「そうそう。それ、ジィちゃん。あの髭が自慢なんだぜ」
 悪びれず、自称サンタの孫はけろりと言い逃れる。
「……ほぅ。サンタクロースは世襲制ですか」
「せしゅー……?」
「つまり、君の父上もサンタクロースを?」
「いンや、親父は魔法使い。なもんでこの時期ジィちゃんに負けず劣らず超多忙でさ。だからオレがジィちゃん手伝う事になったんだけど。ほら、あんまり年寄りをこき使うのも、どうかと思わない?」
「それは、まぁ……、」
「だろ。それで青子と紅子とオレで手分けして、」
「すいません、その、彼女たちもサンタクロースなのですか」
 話半ばで割り込むと、サンタの孫は瞬間きょとんと白馬を見返した。
「彼女たちって青子と紅子? いや、青子はなってもいいとか調子良い事言ってたけど、どうかなぁ。紅子は本業が本業だから飛ぶのは上手いけど、サンタにはならないだろ」
「本業……?」
「あいつ魔女だもん」
 普通にさらりと言い切られて白馬は咄嗟にこめかみを押さえて眉をしかめた。
 サンタクロースに、サンタの孫に、魔法使いに、挙句の果ては魔女……?
 あまりに馬鹿馬鹿しくて、どこから突っ込んで良いのか分からなくなる始末だ。本気で言っているのだとしたら別の意味で心配になる。
「じゃあ君もここまでシャンシャン鈴を鳴らしてトナカイのソリで来たのですか?」
 明らかな白馬のあてこすりを、彼は軽く肩を竦めて受け流した。
「残念だけどオレまだ無免許なんだよね〜」
「トナカイのソリに免許がいるとでも?」
「当然だろ。このご時世昼夜問わずに飛行機は飛びまくりだし、気紛れに隕石は降って来るわ、トナカイどもはこっちが慣れてないからってなめてかかってちっとも従わないで好き勝手な方に行きたがるし、やたら高いビルばっかり出来ちまって高度差はあるし、もう最悪」
 ぶちぶちとぼやく言葉には妙に実感がこもっている。
「そう簡単には免許取れなくってさ〜。サンタも大変なんだよ」
 しみじみとした語り口は一度や二度、免許の試験に落ちていそうな口振りだ、と思って、更にその想像の馬鹿馬鹿しさにうんざりとする。
 見習いサンタに魔法使い、魔女にトナカイのソリの免許皆伝試験。そんなのがまかり通るのは漫画や映画、おとぎ話だとか虚像の中だけ。
 それらを真顔で語るのはとんでもなく夢見がちな馬鹿か、どこか違う世界に生きている人だ。もしくは、与太話で白馬を煙に巻いて何かを企んでいるか、だ。……その何かが何なのかはまだ分からないが。
 その気持ちをするりと覗き見たみたいに、不意にサンタが苦笑った。
「信じてないって顔だよな?」
「君が僕なら信じますか」
 素早い切り返しに、輪をかけて彼の口許の苦笑が深まった。
「難しいかもしれないけど信じるよ。だってオレは知ってるから」
 サンタクロースがいると『知っている』から。
 その言葉にならなかった言葉を、白馬は冷めた表情で聞き流した。
「それは勿論、信じる信じないは個人の自由だけど。でもあんたは信じないって言うだろうと思ってた。……だからオレはあんたに会いに来たんだ、ハクバ」
「どういう、意味です……?」
「サンタクロースを信じられなくなったのは、サンタの責任でもあるから」
 言うと、唐突に彼はひらりと手を翻した。どこから手にしたのか、指先には白い封筒。差し出され、受け取りに怯んだ白馬の手に彼はそれを強引に押しつける。
「見覚えある?」
 真っ白な封筒の表書きは住所も消印もなく、つたない文字で『サンタクロースさま』と、ただ宛て名だけ。
 だが、裏返す前にその封筒の手触りに強い既知感を覚えた。
 紙質はつるりと滑らかで、内枠の金のラインが僅かに盛り上がっている。シンプルで上質の品だ。母のデスクの引き出しにはいつもその封筒と便箋があった。
 そして時差の関係もありなかなか電話で捕まらない母親に、連絡を取るのをためらいがちな白馬の元にも。
 子供向けの安価な便箋や封筒はいくらでもあったろうに、母は気に入りのデザイナーズブランドの物を息子にも与えていた。今の時代なら互いに携帯電話を所持する所だが、当時はメールの代わりにアナログに手紙が親子間を行き交っていたのだ。今思えばかなりの時間をかけて。
 それは白馬がそれなりの年齢になって電話をためらわずにかけれるようになるまで頻繁に使用され、白馬自身が自由に英国と日本を行き来出来るようになる頃には自然と潰えた習慣だった。
「……まさか……」
 微かな記憶は途端に津波のように白馬を襲い、言葉を失ってそれを凝視する。
 記憶の彼方、覚えのある封筒。昔、書いた覚えのある手紙。
 そして出さずに終わった手紙だ。
「そんな筈は……、あの時僕は確かに灰になるまで……、」
 暖炉の前で、瞬時に四隅から煙を上げ形を崩し炎にまかれ、ただの灰になる様をじっと見ていた。あっという間だった。ほんの、数瞬。
 呆然としている白馬の手からそっと手紙はサンタに取り戻される。
「なんだ、覚えてるじゃん」
 封のされていない封筒から、……白馬は記憶の中の自分がロウで封をしなかった事も思い出した……彼は便箋を抜き出す。
「親愛なるサンタクロース。ぼくはあなたにおねがいがあります。……そこで終わってる」
 確かめるように見るカイトに、半ば呆然と白馬は頷き返した。書き出しは、そう、確かに。
「ええ。……それ以上書きませんでした」
 そして、ペンはそこで止まった。迷って、結局続きをかけなかった。……願いを。そして途中までの手紙と宛名だけの封筒を火にくべた。
 そんな手紙を出しても白馬の望みは両親を困らせるだけだとすぐに悟ったし、白馬の望むプレゼントはきっとサンタクロースにだって用意出来ない。
 だから、手紙は捨てた。燃やして確実になかったものにした。あの日、確かに。
「それをどうやって捏造しました? ……そんなものを持ち出してどうしようと言うのですか? ……君は、誰です?」
「はーいはい、質問はいっこずつね」
 ぐるぐる唸りかねない白馬をサンタは軽くいなす。さぁどうぞ、と改めて促され、白馬は低く問うた。
「君は誰です」
「オレ? サンタクロース」
 打てば響くような即座の答え。ややして、
「まだ臨時の見習いみたいなもんだけど」
 と、肩を竦めて付け加えられる。だがそれも白馬の求めた答えではなかったから更に食い下がった。
「サンタには名前もないのですか」
 それには自称サンタの孫も虚を突かれたらしい。茶化したり冗談に走らずに、不思議そうに白馬を見上げ繰り返した。
「……名前?」
「ええ、ないのですか。サンタクロースと呼べば君だかグリーンランドのご老人だか紛らわしいですし、いい加減『君』を連呼するのも飽きました」
 半分本気での台詞には、酷く楽しげな笑い声が返される。
「いいね、あんたユニークで」
「君に言われたくありません。クリスマスに遅刻して来たサンタクロースの方が余程ユニークですよ」
「ははは、そこ突っ込まれると弱いんだけど〜。しかも迷っちゃって昼までに着く筈が、今だし」
 悪びれず朗らかに笑い飛ばされてしまうと追及しようと言う気すら萎えて、微妙に困る。
「あのねぇ、君、」
「カイト」
「え?」
「オレの名前、カイトっての。そろそろオレも『君』って呼ばれるの飽きてきたからさ」
 遊ばれている。
 明らかに面白がっている態度に、白馬はイライラを抑えて軽い溜め息を落とす。どうにも掴み所のない相手なばかりか、その狙いすらまだ分からず、なのにいつの間にか彼のペースに巻き込まれかけている。
 白馬は強引に6センチの身長差を盾に腕を組み、彼を睥睨した。
「結構。では、カイト。その手紙はどうしました」
 辛うじて体裁を保った詰問口調の白馬を、ひらりと便箋を振って自称サンタ……『カイト』は愉快そうに笑い見る。
「ふぅん。もしかしてハクバ、知らなかったんだ?」
 猫を思わせるいたずらっぽい笑み。
「ツリーの下と郵便ポストと暖炉は、サンタへの直通ラインだってこと」
「馬鹿馬鹿しい」
 一刀両断、吐き捨てる白馬に、カイトは「全然ばかばかしくなんかないってば」と言い募る。
「そりゃ日本じゃそんなにポピュラーじゃないかもしれないけど、」
「世界的にどうであれ所詮は子供騙しでしょう。むしろ今の子供はシビアですからね、子供ですら騙せるかどうか怪しいのではないですか」
「斜めだなぁ。そんな心配しなくっても今時の子供もそう捨てたものでもないよ。現に手紙は日々サンタに届いてる。あんたのこの手紙と一緒で、サンタを信じてる一生懸命な可愛い手紙がたくさん、」
「君がどういうつもりか知りませんけど、僕は手紙を処分しました。これが真実である以上、それは紛い物でしょう」
 冷静さを欠けば欠く程に冷ややかに皮肉さを増していく白馬を相手に、カイトは気分を害した様子はまるでない。そして怯みもしなければ自説を曲げもしない。
 手紙を手に、あくまでもとぼけた語調でどこか淡々と苦笑混じりに受け、答える。
「別にハクバがコレが捏造だって言い張るなら筆跡鑑定でも何でもすればいいけど、無駄な労力だと思うよー、オレは」
「燃やしました、……僕が、自分で」
「同じ事だよ。宛先がサンタなんだから暖炉って時点で、暖炉前に置こうが燃やそうがヤギに食わせようが手紙はサンタの手元に届くもん」
「そんな、筈、」
「あーるーの。でなきゃ、それこそ灰になった手紙が今こうしてある訳ないじゃん? てか、サンタクロース以外の誰が十年以上も前に本人が燃やしたっていう手紙を手に入れられるんだよ?」
 ほら、言ってごらんとばかりに淡々と切り返されて、答えに詰まる。それがありえない事は分かるのに、存在しない筈のものを突き付けられて少なからず白馬は動揺していた。
 しかし動揺は表には出にくい。
 常に冷静に、理詰めで、確たるものばかりを相手にして来た。自らもそうあるように律して来た。間違わないよう揺らがないよう、そればかりで年を重ねて来たから、白馬は感情が揺さぶられる程に冷ややかさが増すようになった。
 ずっと、そうやって生きて来たのだ。
 いつからか……思えば手紙を灰にした、あの時からだったのかもしれない。遠い夢を描かなくなったのは。手の届かぬ望みを抱かなくなったのは。
 睨むように封筒を見ていた白馬は、また唐突にその『手紙』を手に戻されて、返して来た相手を訝しげに見返す。
 カイトは何だか困ったような微笑みで軽く小首を傾げた。
「あのさぁ、ハクバ、なんか勘違いしてない?」
「……どういう意味ですか」
 問うてはいても、心ここにあらずな声である。関心は既にサンタから手に戻された封書へと移っていた。
 改めて見る手の中の封書は、十年が過ぎたとはとても思えない、朧気な記憶そのままの真っ白さと、縁取りも輝く金色を保っている。黄ばんでもいなければ微かな焦げ跡の一つだってない。
「オレはね、あんたを困らせようと思って来た訳じゃない。ソレも、ないよりはあった方が信じて貰えるかもって思ったから持って来ただけだよ」
 その物だけをみれば真新しい封筒のようなのに、宛名は間違いなく白馬の手に因るものだった。少し癖のある、今よりもずっとつたない……サンタクロースの名を綴りながら、とても緊張して、それが字に現れたのも覚えているままで。
 既に便箋に目を通すまでもなかったが、それでも確認しないではいられず、急かされるように取り出し、開ける。……微かに、指が震えた。
 認めたくないし、ありえないと理性は今も叫んでいるのに、直感は間違いないと言う。間違いなくあの時の手紙だと。
「けど、そんな顔するなら、持って来なきゃ良かった」
 不意に彼が歩を詰めた。視界を赤い袖、手首の白いボアが過ぎり、そして手が伸びて来て、目前でいきなり指を弾く。
 パチン!
「!」
 とっさに身を反らせた白馬の目の前には、こぶりな白いバラ。楽しげな笑い声と共に、恭しくそれは白馬へと捧げられる。
「あげる。それ利息ね」
「……利息?」
 馬鹿みたいにおうむ返ししか出来なくなっている白馬は、本人が自覚している以上にペースを崩されまくっている。
「来るのが遅くなっちゃったから、利息。それは十年前の分。それから、九年前、八年、七年、六……、」
 楽しげに数を読み上げて行く声と共に閃いた指先が、どこからともなく次々にとバラを紡ぎ出して行く。
 呆気にとられて、次いで慌てて白馬はそれらを受ける為に両手を開いた。飛び込んで来る鮮やかなバラに意識を取られ、ひらり、指先から抜け落ちた便箋の行方にも気付けないまま。
 白、深紅、緑、オレンジ、ベビーピンク、ローズピンク、紫、ブルー……色とりどりの小さなバラがてのひらに溢れ返る。
「で、去年の分」
 言って、仕上げに黄色いバラが加わると、両手はすっかり可愛らしいカラフルな小さなバラだけでいっぱいである。
「どう? 驚いた?」
 得意気に胸を張るカイトに、白馬は込み上げて来る微笑みを殺すのにかなり苦心した。ほとんど重さのない、それでいて繊細で可愛らしいバラが両のてのひらに溢れていては、かたくなな態度もしかめっ面を維持するのも、困難で。
 軽く息を吐きそっと顔を寄せると、柔らかいバラの薫りがふんわり鼻をくすぐる。

◆続きは『星に願いを サンタに愛を』にて◆白×快◆


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