「タイムラグ」


 

 足音が聞こえなくなった途端に今度は怒鳴り合うような喧騒が二階から漏れ聞こえたが、それも束の間。落ちた沈黙は閉じた扉の力によるものか、否か。
 ともあれ、一際賑やかな男が去ったリビングは一転して静寂に沈み込んだ。
 それを破るは、時折訪れる野外の雷鳴のみ。
 やれやれ、と。
 何気なく振り返って……、そこで苦笑し合える筈の相手の不在に、快斗は軽く唇を噛んだ。
 何だかんだと騒ぎながらも仲の良い二人にあてられるのも、隣に居るべき人間がいないのも、ある意味自分で選んでの事。
 互いに抱えている事情があって、忙しいのもお互い様。
 その中で上手くやって行こうとするなら、都合がつかない現実を受け入れてその中で折り合いをつける術を学ぶしかない。
 そう、例えば、昼に会えないなら夜に。それがダメならまた今度、と言った風に。
 なのに、どうしてだろう。こんなに唐突に、振り返ってその先に彼がいなかったという、それだけの為に、全部を放り出し大声で叫びたくなってしまったのは。

 

 衝動のまま、理解のある恋人のフリも止めて、言い訳並べて友人達から隠していた『カレシ』の正体を暴露したら、沈みがちな気分は少しは晴れるだろうか……?

 

 抱えてたものを吐き出して、会いたいから来いだなんて言えそうで言えなかったワガママを叫んだら、果たして彼はどんな顔をするだろう?
 もう一度時折稲光の走る暗い空を見上げて、快斗はジーンズのポケットから取り出したケータイを片手で開く。
 淡く光りを放つ小さな液晶画面。
 リダイヤルボタン一つ、短縮ボタンなら二つで彼へと繋がる目には見えないライン。
 つられて思い返してしまった顔は、柔らかく穏やかな小波のような微笑み。彼の名を引いたら、記憶の引き出しの一番手前に居たのは、そんな微笑みで。
 ワガママも、思わず張ってしまう意地も、時折ひどく甘えたくなる衝動をも当たり前に彼は笑顔で受け止める。
 許容され、愛されて、……やんわりと、抱き留められるような感覚はまろやかで口の中で蕩ける上質なクリームに似て、癖になる。
 だから躊躇うのかもしれなかった。
 あまりにも心地良過ぎると、どこで歯止めをしていいか、分からなくなりそうな気がして。
 それを手にする為に指先に力を入れよと囁く誘惑と、踏み止まろうとする分別、更に意地っぱりの精神が顔を出しては気持ちを揺らす。
 いつだって、ボタンに手をかけてから迷う、五秒。
「……っ!」
 躊躇ったその瞬間を狙いすましたように携帯電話は震えてメール着信を報せた。
「び、びびった……ッ」
 あまりにもタイミングが良過ぎて。思わず手の中で踊った携帯電話を反射的に投げ捨てそうになって、快斗は慌てて両手で掴まえ直す。
「ったく、誰だよ〜」
 驚かせやがって、と八つ当たり気味の心境でばくばく煩い心臓を宥めながら、咄嗟に閉じてしまったケータイをそうっと開く。
 ……開いて。
 文字を追って。
 ちょっと悔しくなるのは、こんな時。
 キッドとして顔を会わす際にはいつだって先回りして、先手を打って。探偵との駆け引きは僅差であれキッドに軍配が上がっている。なのにそれがキッドではなく快斗になると、何故だかうまくいかない。
 ふと気付くといつからか、彼はこんな具合に快斗の上手を行って……見透かされたような、気恥ずかしい気分に追い込まれてしまう。
 不本意にも、生まれるその時間差は多分、快斗が迷う『五秒』分を彼は躊躇わないから。
 迷わないから。
 その差が悔しくて、けれどそれを上回ってやっぱり嬉しくもあり。
 迷いはいつもあるけれど、先を越される五秒分は諦めても、抱える矛盾と躊躇いの中から一番強い想いを救い上げる位は、出来る。何もかもを望んでも、何もかもを選ぶ事は出来ないから、……せめて。

 

 『米花市 米花町 ニ丁目 二十一番地』

 

 住所だけ並ぶ味も素っ気もないメールに「迎えに来い」のメッセージを彼が汲み取るのは間違いない。
 ただ、この場所がどこで誰の家かを分かった時の反応を思って、くすくす笑いながらメインディスプレイの中、速やかに飛び立つ紙飛行機を見送った。

◆続きは『mixture』にて◆白×快(白快+平新含む)◆


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