KEEP OUT




《epilogue》

 花が舞う。
 ひらひら、はらはら。時には視界を奪う、白と見紛う程の薄っすらとしたほのかなピンク色。
 桜の花も残り僅かなせいだろう、風に煽られざあっと音を立てて、柔らかく世界を隠す。
 笑顔も、涙も、……探し人をも、隠してしまう春の雨。


 あれきり、平次が『カイト』と会う事はなかった。
 新一とカイトはどうもなりもしなかった、というのは後から相棒から聞いた話だ。
 カイトの想いを思うとやるせない気分だが、だからと言って人の想いは他人にどう出来るものではないのも、確かで。
 想いを垣間見てしまった立場としてはカイトの想いの成就を密かに願っていたが、平次に出来る事なんて何一つなかった。
 時折訪れる工藤邸にも、彼が訪ねる事はないと言う。寂し気に蒼い瞳を伏せ心を痛める友人に、かける言葉一つも見つけられない、己の無力さが歯がゆい。
 カイトを思い返す時には、いつも初めて会った時の表情を消した顔ではなく、アイスを前に笑み綻んだ顔でもなく。
 脳裏に浮かんで焼きついた、あの切なく揺らいだ淡い紫を滲ませた瞳だった。あんな風に一心に真っ直ぐに想われるのはどれ程快いことだろう。
 空を見上げて、ふと思い返す度、次第にそう思うようになった。
 けれど。受験に、発表に、自宅を本格的に引き払う準備とその合間を縫って高校時代の友人達と別れを惜しみ。
 あれほど待ち望んだ春が来たのに、自ら望んだ上京に一人暮らしだと言うのに、心は弾まなかった。
 微かに覚える飢えのような、いつからか存在する癒される事のない喪失感。
 あれからずっと無意識に探してる、気がする。


 ぶらりと何気なく足を運んだ公園は、フェンスの淵に桜がまだ残っていた。辺り一帯はほとんど葉桜になったというのに、その一角だけ優しい桜色がぼやけている。
 目を眇めて見る、空の薄っすらぼけた水色。境目のあやふやな、淡い白に限りなく近い桜色と、少し濃いピンク色。
 丸っこく蕾が集まったぼたん桜の向こうから、子供の歓声と囃し声がわっと上がった。
 足を向けたのはほんの気まぐれ。理由なんてない。
 ぽかぽか陽気が心地良くて、時間があって、何故かふと気を引かれたから。
 そのくらいの理由しか。


 ざあっと、視界を邪魔するように、花びらが散る。
 目に入りそうで手をかざし、眇めたその先でもう一度無邪気な歓声が上がった。公園の真中、人垣に囲まれて華奢なシルエット。
 ぼやけた白の中、一際鮮やかなカラーボールが左のてのひらから産まれて次々に頭上へと投げられる。
 赤、黄、青、緑、紫、橙、藍。
 一巡り頭上を飛んで弧を描き、危なげなく続けざまに右手へと消えて行く。
 繊細な指先が最後のボールを消すと、マジシャンはにっこりと微笑んで、ぱんっ、と両手を打つ。
 次の瞬間、真っ白い鳩がわっとてのひらから飛び立ち、周りを取り囲んでいた子供たちとその母親たちからいっせいに歓声と吐息が漏れた。
 子供たちの頭の上に、そして微笑むマジシャンの腕に大人しく止まった鳩に再度笑い声が上がって。
「はい、今日はこれでオシマイ」
 両手を天へ差し上げると、鳩たちが一度に飛び立つ。残念そうに漏れた子供たちの溜め息に「じゃあサービス♪」といたずらっぽい笑みを浮かべる。
 わくわくと見上げて来る子供たちの目の前に、どこから取り出したのか、両手を閃かせると色取り取りの風船が現れる。見事な手さばきに平次は目が離せない。
 取り囲む子供たちに何かを囁きながら風船を手渡し、時折優しく頭を撫でたり鼻をつまんで笑い声を立てる。
 道路へと駆け出す子供に手を振り返して見送る、柔らかい横顔。
 母親に手を取られ、はしゃぐ子供に最後の一つの風船を手渡して。
 ふ、と。一回瞬いて、ゆっくりとマジシャンは平次を振り返った。記憶の中の彼と変わらない瞳が、何かを確かめるように眇められる。真っ白の薄地のV首のシャツをざっくりと着込み、ブルージーンズにスニーカー。
 通りぬけた一陣の風に、柔らかいねこっ毛がふわりと遊ぶ。ゆっくりと歩み寄る平次を捕らえ見返して来る、目は逸らされない。
「……驚いた。めっちゃすごいやん、ジブン」
 素直に溢れる感嘆の響きに、カイトがふわりと微笑みを浮かべた。
「ありがと。まだ練習中なんだけど、実践兼ねて時々来てるんだ」
「そ、か。思わず見惚れてもーたわ」
 短い賞賛の言葉に、カイトの頬にはにかんだ笑みが溢れた。
「オレもびっくりした。こんな所で何してんの」
「部屋、近いねん。工藤から聞いてへん? ちゃんと受かってこっちに進学してんで」
「あ……、あれから会ってないから。新一、元気にしてる?」
 変わらぬ笑顔の筈なのに、すっと淡く輝いていた瞳が翳ると途端に平次の中から理屈ではなく溢れた切なさに突き動かされて。伸ばしたてのひらがするりとカイトの頬を辿る。
「ジブンこそ。ちょお、痩せたんちゃう?」
 目を見開いて、眩しそうに目を細めると、首を振る。
「そんなこと、ないよ。平気。へーじは変わんないね」
 何気なく口にしたらしいカイトが、はっと口に手をやる。何に引っかかったのか分からなくて、束の間平次はまじまじと目前の顔を見返す。
「今、平次、って、」
「ごめん!」
 間髪入れず叫ぶような謝罪がぶつけられて面食らう。聞き間違いでなかったのが確かなのは、何故か彼が酷くうろたえた表情だったから、間違いではないと分かる。こみ上げた気持ちは、歓喜。
「なんで謝るん? めっちゃ喜んでんのに」
「だ、って、何か……勝手に呼んでたし」
「ええよ、そんなん。むしろ嬉しい。嫌われとるんちゃうか思っとったもん。工藤との事、邪魔したようなもんやし」
 告白に水を差してしまったのが気になって。見る事の叶わなかった、涙も。
「まさか。嫌ってなんかないよ。巻き込んで悪かったなぁって思ってた。それにあの時いてくれて、」
 ぽつり呟くカイトの言葉が、迷うように途切れて。散る桜に彩られる。
「すぐ横にいてくれて、嬉しかった。多分、今はもう普通に笑って新一と会えるよ、オレ。感謝してもし足りない」
「そんなんかまへん……ああ、せやったら、」
 指をすり抜ける柔らかな髪をくしゃり撫でて。びっくり箱のように、新たな驚きを紡ぎ出す指を取り、開いた自らのてのひらの上に導いて。
「名前、教えてくれへん?」
 一番最初からやり直せるように。意を汲んだか、カイトは柔らかく笑んで、てのひらに文字を画く。
 少しのくすぐったさに、笑いながら。
「黒、羽、快、斗。で、くろばかいと。よろしく」
 改めて差し出された手を両手で包み、平次は祈った。
 この出会いが全ての始まりになるように。
 どうか彼の瞳を捕らえられるよう。ほのかな希望はまだ色のない、白い桜のようだった。

・end・

◆KEEP OUT:平×快◆


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