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 大型連休を目前としたゆるやかな午後の事である。
「ね、ね、新一。GWどっか行かない?」
 うきうきと誘いかけた快斗に、新一は呆れきった視線を投げかけた。
 ソファーに寝そべってゆうゆうと本のページをめくる、彼の至福の時間。その横に腰掛けた快斗も邪魔にならない程度に声を掛けたり新一の滑らかな髪をすいたりしながら雑誌をめくっている。同じく、至福の時間である。
「正気か?」
「もっちろん♪」
「今からホテルなんか取れねーだろ」
「そりゃ行き先にもよるんじゃない。却ってひょっこりキャンセルとか出てるかもしんないよ」
 要は優先事項と気合いと根気と意気込みだ。
 新一は一瞬だけ考えたようだが、結局あっけなく顔を顰めてしまった。
「めんどくせーや。別にどこ行きたい訳じゃねぇし」
「え〜」
「どこも混んでるだろ。移動だってどうせ渋滞だぞ、やめとけって」
「ええ〜〜」
 がっくりと項垂れる。どうやら攻める方向性を誤ったらしい。
 ハッキリ言って快斗は、企画を立てるのもびっくりさせるのも、得意だし大好きだ。
 そういう意味ではあらかじめ計画しておけば、この出不精な探偵を引っ張り出すのには有効な手だったのかもしれない。ただ、人混みと渋滞と探偵の事情を考えて計画し損ねてしまって気付けばもうGWまで数える程しか日にちは残されていなかった。
 ぎりぎりで連れ出した方が成功の確率が高かったというなら、いっそ黙って当日を迎えるべきだったと快斗は密かに悔やんだ。
「じゃ、泊まりはナシで、どこか遊びに出ようよ?」
「快斗」
 不意に新一は疑し気に快斗を直視した。まじまじと、何もかもを見透かそうとするような、探偵の瞳で。
「おまえ、変じゃねぇ?」
「どうして?」
「…オレをどこかに連れ出したいみたいだ」
「誕生日にデートしたいなって思うの、変?」
 途端に胡乱な視線をざくざくと突き刺して来られて、快斗はどうにも苦笑を禁じ得ない。
 『デート』とか『恋人』などという単語を快斗が口にする度、彼はまるでとんでもない事を聞いたような顔で快斗を見る。
 キスにはすぐに慣れた癖に『好きだよ』と耳元で囁いただけで、いつだって初めて聞くかのように狼狽えて、困惑して、鼓動を速めて、照れて、照れ隠しに黄金の脚で蹴りを入れてきたりする。彼は実に可愛らしい恋人なのだ。
 だが、同時に一筋縄ではいかない恋人でもあった。
「釣りか海水浴なら付き合ってもいい」
 しばらく快斗を凝視した揚げ句、そんな答えを寄越す程度には。
 勿論、季節はまだ春。初夏にも少し早いこの時期に海水浴を提言するのは本気な訳がない。ましてや釣りが趣味だなんて聞いた事もない。他意があるのは明らかだった。
「…ええと、ゲーセンの釣りゲームとか、ホテルのプールとかじゃだめ…?」
「却下」
 笑顔を引きつらせながらあくまでも逃げ道を模索する快斗に、探偵の追従は容赦がなかった。
「水族館もいいよな」
「えっ!」
「夕飯は寿司屋、勿論おまえのおごり」
「ちょっ、新一っ」
「回ってるとこなんてケチったりしないよな? なんせオレの誕生日だしよ」
「や、あの、新一さん?」
「活きが良くって縁側の旨いひらべったいなんとかっていうのとか、祝い事に付き物の淡いピンクの何とかが泳いでるとこにしようぜ」
「〜〜〜っ」
 名前を出されただけでも青ざめるあれやこれやを伏せ字ににしてくれてる辺り、新一の愛を感じないでもない。ないのだが、だがしかし。結局は、おまえとはどこにも行きたくないと宣言しているにも等しい行き先のピックアップに、更にとどめを刺されて快斗は完全に沈没したのだった。
 えぐえぐとソファーの背に縋り悲嘆に暮れる快斗が、微妙な振動を感じて現実に立ち返ると、起き上がった新一が声もなく笑っている。
「それがヤなら、出かけるの、ナシだな」
 言って、新一はころんとソファーに転がる。ただし今度は寝そべらずに仰向けに転がって、とすん、と頭は快斗の膝の上へ。
 反対の立場ならまだしも新一がこんな風に甘えるような態度に出る事は滅多にない。
 その為か思わず条件反射で快斗は新一の額にキスを落とし、これまた条件反射的に、新一に張り飛ばされた。要は、蹴りを入れるには体勢が悪かった為と思われる。快斗にとっては幸運だったと言えるだろう。
「おっまえ、いきなりそーゆー事すんなってっ」
「え〜、だって新一可愛いから」
 正直な感想にはすかさず肘が腹にめり込み、快斗は声なく呻いて新一の上へと倒れ込む羽目に陥った。彼の照れ隠しと承知していてもそれで多少なりとも痛みが減る、なんて訳もない。
 腹筋もっと鍛えなきゃ、と快斗は身体で学んだ。
「おまえが悪いんだからな」
 へたった快斗の下から小さく呟きが聞こえて、慌てて快斗は身体を起こした。膝の上の体温はそのままあって、コナンだった時にはガラス一枚隔てていた、蒼みがかった瞳が快斗を見上げている。…睨まれてはいなかった。照れの名残はあっても、ただ見ている、という感じで。
「オレの誕生日なんだから、オレがわがまま言ったっていいだろ…?」
 うん、と快斗は頷く。彼の言い分はまったくもって正しい。
「新一は誕生日、どうしたいの?」
 新一は快斗の膝の上で、猫のようにのびをして「のんびりしたい」と答えた。
「朝起きたら一番に快斗の顔見て、おはよ、って言う」
 改めて額にキスを落としても、新一はくすぐったそうに目を細めただけで、今度は掌も肘も飛んでは来ない。
「どこにも行かないで、誰にも会わないで、ごろごろしてたい」
 鼻の頭に、軽く触れるだけのキス。了解、と告げる代わりに落とす、小さな合図。
「快斗の作るホタテの貝柱のかき揚げが食いたい」
 これには一瞬躊躇った。ホタテの貝柱のかき揚げを作る事自体は問題ではない。問題は、貝柱が快斗の苦手とするあれやこれやと同じ辺りで販売されている、という事実だ。
 以前それを作ったのは西の探偵が遊びに来ていた時で、その品も彼がスーパーで購入していた物だった。でなければこの家で快斗が購入して来た以外の食材に出会う可能性は、限りなく低いのだ。
 ええい、これも新一のバースデーの為!
 快斗は彼の顎に了承のキスを落とす。新一の目元と口元に無理しちゃって、というような笑顔が浮かび、つられて快斗も微笑み返した。
「でも何か普通におやすみの日っぽくない? それでいいんだ?」
 朝寝坊して二人っきりでのんびりして、リクエストのお料理を食べる。多分甘い雰囲気は有り余る結果にはなるだろうけど、誕生日らしさはあまり感じないのではないだろうか。
 快斗の疑念を新一は笑顔で受け流す。
「いーんだよ、それで。だっておまえオメデトウ言ってくれんだろ。それで、十分、誕生日だよ」
 快斗は笑う。笑って、耳元にそっと唇を寄せて、柔らかく甘い声で囁く。
「お望みとあらば、百回でも」
 新一の変化は頓著だった。狼狽えて困惑もして、一気に鼓動を速めて、そして微妙に目元を朱に染め上げる。
「バーロォ、そんなにいらねぇよ」
「一回ずつおまけにキスつけちゃうよ。それでもいらない?」
 快斗の提案には、一瞬の間を置いて、やっぱり「バーロォ」と返されてしまった。
「しょーがないから、おまけだけ先にもらっといてやる」
 照れくさそうに瞳を伏せる新一のまぶたに、そっと唇を押し当てる。ぴく、と震える柔らかい皮膚と、その下にある澄んだ綺麗な瞳を思って、出来うる限り優しく左右に一度ずつキスを贈る。
 なだらかな頬の曲線に。うっすらと桃色に染まった、こめかみに。本当は今すぐ全身にだってキスの雨を降らせたいとも思うけれど。
 当日まで『おめでとう』はおあずけだから、その代わりにこみあげてくる『大好き』の気持ちを込めて。
 最後に落としたキスは唇に、新一は僅かに笑んでそのままそっと目を伏せた。

◆ペーパー裏より・快×新◆


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