insenible dream....06



(custom the fingers)

 

 ふわりと白の残像を引いて何かが視界の隅を横切った気がして、白馬は突っ伏していた腕から顔を持ち上げた。
 時刻は深夜二時を回っている。
 少しうとうとしていたかもしれない、と指でこめかみを刺激しながら、気が付いた。
「まさか……?」
 白いマントが、室内へと入って来た所だった。
 いつだって自分が席を外している間にしか現れた試しがなかったから、こうして目の前に立っていても俄には信じられないでいる。
 半ば呆然と見つめていると、彼はまるで白馬の存在自体を気が付いていないかのように、次々と身に纏っている衣を投げ出して歩く。
 靴、シルクハット、マント、スーツの上着……ネクタイに指をかけた所で、やっと彼は白馬を視界に入れたらしかった。
 ゆうるりと動きが止まって、無表情のまま彼は白馬を見つめ、白馬もまた、その場に立ち竦んだ。
 動けなかった。
 動くと、出来の悪い夢のように、砕け散って消えてしまうような気がして、怖かった。
 声を掛ける事も出来ずただ見ている白馬から、彼はふと視線を外した。シュル、と絹ずれの音がして、ネクタイを引き抜くと、音も立てず白馬の元へと歩み寄って来る。
 手の届く位置を越えて、触れ合う程に近くまで。
 幾らか白馬の方が身長がある為、自然彼は見上げるように視線を合わせる。と、僅かに喉をのけぞらせて彼は瞳を閉じた。
「分かってますよ」
 喉元の詰まったシャツの襟のカフスを外し、小さなボタンを二つ開ける。まるで儀式のように、繰り返される、その動作。
 両腕の袖をも解放すると、彼はそっと息を吐いたようだった。
 ……視線を上げる。
 真正面から視線を合わせて、彼は初めて微笑んだ。華開くような、柔らかい笑み。
 そんな笑みが、自分へと向けられるだなんて思いもしなかった。呆然と見つめている白馬を更に驚かせたのは、彼の行動だった。
 左手をそっと持ち上げて、白馬の頬に当てる。
 この部屋に何度訪れようと、決して自ら白馬に触れようとはしなかったのに。今の彼はただ確かめるように、掌を滑らせている。
 白馬は拳を握った。
 握りしめていないと、自分が何をするか想像もつかなかった。
「どうしたのですか……?」
 答えは返らないだろうと、どこかで思っていた。今までの経験がそう思わせた。
 白馬の唇の動きを読むように寄せられる、いつもの視線。

 

「会いに来た」

 

 ぽつりと紡がれた言葉。
「白馬に、会いに来た」
 瞠目する白馬の頬に唇を寄せて、まるで子供のように繰り返す。
 首に腕を回して、離すまいとでも言うように必死にすがりつかれて、やっと分かった。……彼を呼ぶべき名前が。
「僕も、会いたかった、君に」
 貴方に。君に。
「黒羽くん」
 腕の中に収まった身体は暖かかった。

 

 唐突に、がくっと腕の中の身体から力が抜けた。腕の間を力無く滑り落ちそうになって、白馬は彼を抱きしめ直して、膝を折った。
「黒羽くん……?」
 瞳は硬く閉ざされ、気絶に近い勢いで意識を手放している。一瞬焦ったが、その穏やかな表情と確かな寝息を確認して、やっと白馬は落ち着きを取り戻した。
「心臓に悪い人ですね、相変わらず」
 苦笑が漏れる。
 そんな所も、きっとずっと好きなのだろうけれど。
 腕の中で無防備に眠る彼をそっと抱き上げて、白馬は自分の寝室へと姿を消した。 

 

§ § § § §

 

 優しい指が、髪の毛をすき上げる。ぼんやりと、あの時と同じだと思う。
 あの時、保健室で感じた気配と優しい指先。

 

「目が覚めましたか、黒羽くん」
 そして、落ちて来た声に、文字通り快斗は飛び起きた。
「え?」
 目の前には、白馬探。快斗の寝ているベットに腰を掛けて、柔らかく微笑んでいる。
「あ? ちょっ」
 ちょっと待て、と瞬間で快斗はパニくった。
 知らない部屋で目を覚ましたら、目の前では白馬が笑って……しかも極上の笑み、だ、紅茶を差し出している、だなんて!
「よく寝ていたようなので起こさなかったのですが、もうすぐ十時になりますよ。……ほら、落ち着いて、どうぞ」
 砂糖を少し入れてあります、朝の糖分は頭の回転をよくするのですよ、等と呑気に講釈をたれられて、力無く快斗はそれを受け取った。
 一口飲んで、渋くもなく熱過ぎない紅茶で、快斗はやっと落ち着きを取り戻した。
「ここ、オマエんち?」
 見覚えのない部屋なのに、どこか知っているような気がして尋ねると、白馬は頷く。
「そうです、僕の部屋ですよ。その様子だと、昨夜の事は記憶にありませんね?」
 断定形で言われて思わずぐっと詰まるが本当に記憶にないだけに仕方がない、快斗は渋々同意を示した。
「まるっきり」
「やっぱり……君がここまで尋ねて来たんですよ、その格好で」
 何気なく指差されて、快斗は一気に血の気が引いた。青いシャツは、仕事でしか着ないKIDの衣装。
「上着やマントは隣の部屋にあります。家人は立ち入らせてませんから」
 その言葉で、言い逃れが出来ない事も悟ってしまった。完全にばれた、しかも自分でばらしたという事か。
「で、どうすんだよ?」
 KIDとしての自分の処遇を聞いたつもりだった。
 が、何故か白馬は不思議そうな顔をして、黙っている。
「警察に突き出しに行く訳? それとも中森警部を呼ぶ?」
「ああ、そういう意味でしたか」
 重ねて尋ねたら、何やらそんなとぼけた返事が返って来る。
「考えてませんでした」
「はぁ? だってオマエあんなにKIDKIDって騒いでたじゃねーかっ!」
「……それはまぁ、そうなんですけど」
 馬の耳に念仏、という諺が頭を掠めた快斗である。
「KIDの事は現場で考えますよ。今は、君が会いに来てくれたという方が大事なんです。会いたいと、思ってくれたのでしょう?」
 かっと顔が熱くなるのが分かる。今まで培って来た筈のポーカーフェイスはあてにならず、快斗は俯くしかなかった。
 昨夜、何があったのか、何を言ったのか記憶にないだけに虚勢も張れない。
 正直、会いたいと、顔を見るだけでもいいと思わなかったと言えば嘘になる。
 気持ちは誤魔化しようもなく、結局は彼へと向かっていたのを認めざるえなくて。
 ただKIDの事があったから、あの夜、白馬邸の前で何か言いたげだった白馬から逃げ出した。彼の告げる言葉を聞いてしまうと、後戻りは出来ないと本能で知っていたから、だ。
「僕は会いたいと思っていました」
 はっと顔を上げると、真摯な瞳とぶつかった。
「君が来てくれて、笑ってくれて、嬉しかった。ますます君が好きになりました」
 さらりと告げられた台詞。
 目を見開く快斗に、言い聞かせるように白馬は繰り返す。
「君が好きです」
 指が伸びて来て、そっと快斗の頬に添えられた。
「僕の側に居て下さい」
 存在を確かめるように辿る指と、食い入るように瞳を覗き込まれる。
 黙っている事も出来なかった。
「けど、オマエがオレを捕らえないなら、オレはKIDを辞めないぜ?」
 まだ、辞める訳にいかない。パンドラは見つかっていないし、組織の情報収集だって半ばだ。
 全てを終わりに出来るのはいつか分からないし、終わりに出来る保証なんてどこにもありはしない。
「それでも……?」
 いいのか、と問うと、白馬はやんわりと笑う。
「でしょうね。君とKIDは切り離せない。KIDが何らかの目的を持って動いているとは思ってましたから、僕にはそれを止める権利などない」
 やけにきっぱりと言う。昨日今日の考えではないのだろう。
「けど、それでも僕は、君がいい」
「オマエに嘘をついても? わざわざ嘘ついて歩きたい訳じゃないけど、KIDでいる以上、正直なだけじゃきっといられない」
 心は騙したくなどないと叫んでいても。壁を作りたくないと願っても。
 いつか好きだと告げて、その言葉を疑われてしまう位なら飲み込んだままと思ってしまうのはあまりに臆病だろうか……?
「黒羽くん」
 白馬の指は、頬からうなじへと回り、彼はベットの上に片膝を乗り上げ、一気に快斗との距離を詰めた。
 紅茶色の瞳が近づいてくるのをそれ以上見ていられなくて、快斗は目を伏せた。
 ぬくもりは、そっと快斗の唇に落とされる。決して責めてはいないと伝わって来て、快斗もそれに応えた。
 一度離れた唇は、今度は快斗の右のまぶたに押し当てられ、白馬の指が確かめるようにその後を柔らかく追って行く。
「こちらの目にモノクルをしてますね」
 目を開くのを瞬間躊躇ったのは、その声があまりに落ち着いていたせい。
 けれど、それを促すように優しく指のはらがまぶたをなぞるから、それ以上我慢も出来ず、快斗はまぶたを押し上げた。
 寄せられていたのは、優しい瞳。柔らかい紅茶色の瞳が、快斗を見ている。
「右目は、KIDの目ですね?」
「……え?」
「ガラス越しの瞳で、嘘をつくのでしょう……?」
「は……くば、」
 ごめん、と謝る事も出来ず俯きかけた快斗の頬に当てられていた指が、そっと上へと促す。
 強い力は加えられてはいなかった。振り払おうと思えば、容易くなせる程度の軽い力。
 けれど、抗えず快斗が視線を上げると、白馬の表情は淡い笑みに彩られていた。
 諦めきれずに、ずっと憧れていた優しい笑み。
 自らに向けられる事などないと思っていた、暖かい笑顔。
「それで構いません」
「どうして、そんな風に言えるんだよっ。良い訳ないじゃんか」
「良いんですよ。君はそんなに器用じゃないと、僕ももう知ってますから」
 動揺する快斗をなだめるように、指は快斗の髪をすき、頬を滑る。目を閉じるとあの時と同じ、心をなだめる優しい指。
「……オマエ、喧嘩売ってんの?」
 少し、笑えるだけの余裕が出てきた快斗である。
「いいえ。愛を囁いているんです」
「そーゆー事、真顔で言える奴だったのな、オマエって」
「おや、知りませんでしたか」
 さらっと返されてしまう。
 と、白馬は今度は左のまぶたへと唇を落とす。
「では覚えていて下さい。君がKIDとして何を言っても、モノクル越しの瞳で嘘をつかざるおえない状況になっても、僕は君の左目を信じています。君は両目で嘘がつける程器用じゃありませんからね」
 唇から与えられる熱が、じわじわと快斗の中で渦巻く。好きだと、全身から溢れ出しそうな、熱さ。
「君がKIDであるように僕も探偵ですから、同じように全てを話せない時もあります。君は……どうしますか?」
 それでも良いのか、信じてくれるだろうかと、白馬の瞳は不安気に揺れる。
「オマエはどっちの瞳で嘘をつくんだ?」
 快斗の台詞に白馬は意外そうに、二・三度瞬いた。その首に両腕を回すと、その身体を引き寄せる。
「マナー違反だぜ、探偵さん」
 悪戯っぽく告げる声に、白馬も苦笑だけを返して従う。引き寄せられるままに閉じたまぶたにキスを贈られて、空いた両手を背に回し白馬は快斗を抱きすくめる。
「……君が好きです」
 自分で言いながら、それを確認するかのように、白馬は言葉を落とす。
 たったそれだけの短い言葉が体中に染みわたり、抱き込んで来る腕や、触れ合う全てがその言葉を肯定している。
「好きです」
 耳元で呟かれ、快斗は夢中でキスを返した。合い間合い間に、確かめるように瞳を覗き込んで来る紅茶色の瞳に、その都度頷き返しながら。
 深く深くむさぼり合って、じゃれ合うように軽くついばみ合って、そうして柔らかく抱きしめ合う。
「何を笑っているんです?」
 昂揚した気分のままに笑む快斗に、尋ねる白馬の声も柔らかい。
 何だ、オレたちメロメロじゃんか。そう思って、快斗の笑みは更に深くなった。
「黒羽くん……?」
 促すように呼び掛けられて、彼の下唇に噛みつくようなキスを仕掛ける。キスに酔う、というのは所詮たとえだと思っていたのに、笑えるくらいその意味を実地体験してしまっている。
「オマエのが、不器用そう」
「そうですか?」
 苦笑する白馬に「拗ねるなよ」と笑い返して。
「目だけで嘘つくなんて器用な真似出来ねーんじゃねぇの? 別にいいけど」
「……良いんですか」
 困惑したように呟く白馬の、自分の頬へと寄せられていた指先を捕獲して、快斗はほくそ笑む。
「いーの。オマエの指は正直だもん」
 髪をすく指。
 頬を辿る指。
 伸ばされる指。
 ずっと好きだと告げられていたような気がする。
 彼の気持ちが分からなかった時も、自分の気持ちが分からなかった時も。
「君仕様なんです。誰にでもこんな風に触れはしませんよ」
「知ってるよ、そんなの。でなきゃここにいない」
 腕を伸ばして届く距離。その距離にいたかったと、快斗自身よりも早く快斗の心は知っていた。会いたいと自覚する前に、動いていた体。
 認められないでいたから無理が出た。
 白の幻。KIDでもなく快斗でもなく、どちらでもあった存在。
 どちらも器用じゃなかったから、随分遠回りをして立ちつくして手探りで、やっと二人はこの位置に立てた。
 器用な恋なんかきっとこれからも出来ないだろうけど。

 

 瞳で語ろう。
 指で伝えよう。
 唇で捕らえよう。

 瞳の熱、指の熱、唇の熱。

 それもきっと、恋の温度。

 

From beginning to end happy-lucky love
(初めから終わりまで 行き当たりばったりの恋)
Against a yellow traffic light start running heart
(黄色の信号を無視して走り出す 感情)
Fall into a deep sleep
(深い眠りに落ちる)
Remember vaguely insenible dream
(ぼんやりと覚えている 感覚のない 夢)

・end・

◆白×快(K)◆


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