気まぐれな店主






「いらっしゃいませ、お客様」




 服部平次という男は、笑顔がとても似合う男である。
 そして笑顔だけでもない。
 狼狽える様は以外にも可愛いとも言えるし、情けな気な顔でさえも愛嬌があると新一は思う。
 考え込んでいる時の目元はきりっとしていて、凛とした空気を纏っている。剣道をしているせいか、立ち姿は背筋がピンとしてて、空気も引き締めてしまうかのようだ。
 口を開くと人懐っこくざっくばらんで。強引な位に懐へと飛び込んで来る癖に、決して誰に対してもなれなれしくはならない。
 行動は大ざっぱにみえてその裏には細やかな気遣いが隠されている。気づく人がいなければ、そのままになるような、押しつけがましくない細やかさを知った時、多分もう心の向かう方向性は変更が利かなくなっていたのだ。
 顔を見ると安心する。
 名前を呼ばれる度に、無くせない思いが降り積もっていくのを感じた。
 彼の好きな処ならいくらだって知っている。
 振り返らない時に限って、押し寄せて来る切ない位の視線の意味も。
 好きだと告げられて、返す言葉はとっくに決まっていた筈なのに。
 言えない。性格が、邪魔をするのだ。
 軽いキスから逃げない事で精一杯の新一に、それでも平次は諦めないと呟いて、けれどそれ以上に気持ちを追い立てるような真似はしなかった。
 だから、伝わればいいな、と思って新一は彼を見ている。
 視線に気づいた平次が、視線を上げる。上げて、不思議そうに首を傾げた。
「工藤? どないかしたか?」
 当たり前の事ながら、言わない言葉は伝わらない。
 全て目で語れる程老成してはいないし、言葉だって使ってやらないと錆びついてくるものだ。
 分かっている。
 いるけれど、人の気持ちに聡い時はこっちがぎょっとする位鋭い、その癖こんな時にはちっとも分かっていない西の名探偵を見て、新一ははぁとため息を落とした。
 気づけよバカ、と八つ当たり気味に思う。
「な〜。何でそこで人の顔見てため息つくん?」
 尋ねる声は優しい。だのに、何とも言い様がなくて新一はそっぽを向いた。
 それを見て、平次はやはり苦笑を浮かべる。
「もうちょお優しくしてくれてもええんちゃう?」
 情けな気に訴える平次に、新一は向き直ると、営業スマイルで応えた。
「優しさは売り切れました」
「ほんなら何残ってるん?」
「友情ならあるみたいだぜ?」
「ええわ、それなら有り余っとるから。愛情、とかないやろか?」
「生憎、在庫を切らしております」
 面白がって、新一はすまして応える。
「待つで。入荷予定はどない?」
「好評につき次回入荷予定は未定です」
「そんな殺生な…」
 平次は額を押さえてうめく。
 さぁどうする、と見て来る新一に平次はため息を落とした。こりこりと鼻の頭を指でかいて。
「ない、言うんやったらしゃあないもんな」
「何だよ。諦めんのかよ?」
 問う声に何だか面白くない、というのがありありと出てしまった。
 平次の顔が、思わず、という風にほころぶのを見て「この表情も好きだよなー」なんて思う。
 つらつらとした考えを中断させたのは、まぶたの上を過ぎった影の為。
 手も触れず、唇が軽く触れ合うだけの軽いキスは本場で慣らされた挨拶のキスのようで、辛うじて新一が照れずにいられるキスだった。平次は、それ以上のキスを求めない。
「これでえーわ」
 あっさりと盗めたキスにほくそ笑む平次を、新一はじっと見つめ返した。…不思議で仕方がない。なんでコイツこんなに優しく笑えるんだろう。
「………良かねーだろ」
「せやかて在庫ないんやろ?」
「予約しねーの?」
「あんまり気の長い方やないねん。せやから、これもろてく事にしとくわ」
 ちゅ、っと更に額にキスをもらって。
 気の長い方じゃない、だなんていう癖に、律儀に「答え」を待ち続けている。
「展示品の現品限りなんやったら、安ぅしとってな?」
 笑って言う平次を、軽く睨みつけて。
「これだから関西人は…何でもかんでも値切ってんじゃねぇよ」
「何言うてんねん、それでこその関西人やん。それとも自分、関西人嫌いなん?」
「ほとんどはな」
 おまえは別だけど。これは心の中でだけ呟いた。
 一泊も置かず切り返されて、両手を新一の頬に添え今しも唇を頂こうとしていた平次は、そのまま凍結せざるを得なかった。
 ヒクリ、と頬をひきつらせ、それでも辛うじて笑顔と呼べるモノを顔に張り付かせて至近距離で致命傷を与えてくれた名探偵の真意を探るべく、必死で頭を回転させているようだ。
「ね、値切るから…?」
 回転させた割には一回転して行き着いたのは始まりであったらしい。未練たらたらで両手は添えたまま尋ねた平次に、新一は当然とばかりに頷きを返す。
「こっちでやるなよな、あーゆーの。一緒にいる方が恥ずかしいんだから!」
「堪忍。せえへんかったらええ?」
「待たんかい。何さらすねん。やかましわ。どつくで。アホか。ええ加減にせえ」
 綺麗な関西弁のニュアンスでさらっと並べ立てると、平次の笑顔は更に三割方破壊された。
「くくく工藤…?」
「な。きついイメージあるだろ。しかも大きな声で怒鳴ってるように話すんだぜ?」
 東と西の壁は、食べ物よりまず言葉だともっぱらの噂だ。真偽は別として、確かにその一面はあると新一は思っている。
 しかし、直接彼に関西人についてどう思っているのかと告げるのは初めてである。
 特に何とも言わずにつきあって来れたから、気にしていないのだと思っていたらしい平次は、ぎょっと身じろいだ。
 今言った言葉は、間違いなく自分の中にあった言葉である。けれど、今はそう思う以上に、平次を通して関西弁の柔らかな一面を知れた。
 ゆっくりと、柔らかく話す関西弁がどれだけ耳に心地良いかを知ったし、そういう時の平次のいつもより気持ち押さえた低い声も好き嫌いの計りにかければ、一瞬で勝負はつく。
「もしかして、ガラ悪いなーて思っとった…?」
 なのに平次ときたら、そんな事思いつきもしないのか、受験の合否を待っているかのような殊勝な面もちで、恐る恐る新一を伺って尋ねて来る。
 新一は、笑った。
 平次にとっては傍迷惑でしかないだろうけど、困った事に、暗号を解くのと同じくらい彼とのやり取りは心躍るモノなのだ。心を自覚してから頻繁に訪れるこんな高揚感は他じゃ手に入らない。
 同時に、伝わらないもどかしさや、こみ上げて来る愛しさ。
 そんなモノも、彼と会わなければきっと知らないままだった。
 自分の感情の起伏に、追いついていけないでいても平次は待っていてくれる。安心して自然にこぼれる笑みに、嬉しいとか、楽しいとかいう気持ちを理解していく。
 そして今も、まるで両耳と尻尾をへたっとさせた大型犬のように、平次は新一を見ている。待て、を喰らった大型犬の如く。
「そこで笑われるとヘコムで、普通」
「普通ならな」
 平次のぼやきに重ねて笑顔でからかってみる。
「こら、尻尾がたれてるぞ」
「誰が犬やねん」
「オレ、ほとんどの関西人よりは犬のが好きだな」
「………………わん」
「よーしよし」なんて言ってがっくりと項垂れた彼の髪を、悪戯にくしゃくしゃと弄ぶ。
 触れながら、自分に触れる平次の指を思う。普段、事ある毎に新一に触れる平次のさりげない指は、今の自分と同じ理由から来ていたのだろうか。
 好きなのだと、告げられた言葉は未だ耳に残っているけれど。
「前はさ」
 良いように遊ばれるままだった平次は、少し落ち着いた様子の声に顔を上げた。
 浮かれた気持ちとまた少し違って、少し穏やかで…嬉しい気持ちを噛みしめながら、新一は言を継いだ。
「ちょっと苦手だった、関西弁って」
 平次は故郷に愛着を持っている。それを知っていて、言葉を中途半端に終えてしまうなんて出来なくて。
「早口だし、きつく聞こえるから。だからおまえと喋ってびっくりしたんだ、関西弁がこんなに優しくも話せるなんて、知らなかったからさ」
 話している最中も、新一は前髪を掻き上げたりぺたぺたと頬や耳に触れ続けた。
 まるで特権のように、平次の体温を直に感じる、指先と掌。平次もくすぐったそうにしながらも、珍しいその事態を黙って受け入れている。
「なぁ、それ誉め言葉やろか?」
「そう思いたければ思っていれば?」
「思いたいねんけど。工藤に面と向かって誉められるなんて、めちゃめちゃ嘘くさいねんもん」
「オイコラ」
 嘘くさいとまで言われ憮然とする新一に、平次はやはり笑顔を向ける。
「まぁええわ。工藤に手放しで誉められるなんて、次、いつあるか分からんから、よぉ噛みしめとこ」 
「誰がいつ手放しで誉めたよ?」
 冗談めかして笑う平次を興味深そうに見遣って、新一も顰めた表情を維持出来ずに笑ってしまう。
「耳がピンって立って、ブンブン揺れる尻尾が見えるみてーな」
「……やっぱり面白がっとるやろ……」
 既に笑っていいのか悲しんでいいのか分からなくなっている西の名探偵の頭を、更にぐしゃぐしゃとかき回す。
「そんなんじゃねぇって。おまえ、ほとんどの関西人なんかと一緒じゃねーんだから、大丈夫」
 伝われ、と込めた思いを顔に出さずに。
 お返し、と平次の額を掠めて目尻に唇を落とすと彼は慌てて顔を上げる。
 躊躇いがちに探りを入れてくる、至近距離の瞳。
「現品限りは返品不可だぜ、いいのかよ?」
「これがええねんから、そんな気ないわ」
 即座に切り替えされる言葉は、迷いもない。
「知らねーぞ」
「めちゃめちゃ大事にするから、勝手にメーカー帰らんといてな」 
 懇願のような呟きに、バーカと呟き返して。

「ただ今、愛情も入荷しました」



・END・




 「お買いあげありがとうございました」


◆名探偵取扱説明書・平×新◆


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