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………どうもありがとうございました。では、この辺りでいくつか質問が来ていますが、お聞きしてもよろしいでしょうか?
  「はぁ…どうぞ」
………今までで何かに例えられたりしたことはありますか? 人とか、物ですとか。
  「動物とか…ありがちですね。あ、もの扱いなら」
………聞かせて下さい(笑)
  「電話でなんですが『有栖川さんはこちらで保管してますので』って」
………物ですねぇ。で、そのお電話のお相手は何と?
  「『今度はあいつ、どこで落ちてましたか』と。酷いでしょう?」
………よく落ちてらっしゃるんですか(笑)
  「いえ、そんなっ」(慌てて身を乗り出される、先生)
………今度は、という言葉が出たあたり初めてではないと思ったんですが。
  「初めてではなかったですけど、よくでもないです! あのう…次の質問に行きませんか?」
………了解しました(笑)では次の質問です。前作第三章『雪待ち夜行』というタイトルがとても印象的だったのですが。
  「あはは、ありがとうございます」
………この二人が雪を待ちながら歩くシーンは、御自身の体験から?
  「………………………………いえ、フィクションです」
………その微妙な間は…(笑)
  「フィクションですっ」(こぶしを握って、力説)
………即答ですね。ああ、ハイ判りました。有栖川先生もお困りですので、フィクションで納得しましょう。
  「すいません」
………では次を。これは十二才の女の子からです。可愛らしいファンですね。先生は永遠は信じますか?
  「………恋愛論やろか…でしょうね。ええと、信じるとか信じないというより、望んでいません」
………これは以外ですね。いえ、有栖川先生の書かれる物を拝見してますと、ロマンチックな方だなぁと思っていたものですから。
  「ご期待を裏切ってすいません。でもずっと変わらないなんて、なんか騙されてるような気がして」
………誰にですか?
  「さぁ…誰かに」
………では、運命なども?
  「そうですねぇ、言葉の響きは嫌いではないですが。ただ必要なら蹴倒してでも、意思を通すぐらいでありたいです。これも運命…なんて、そんな言葉で諦めてしまうのは、他人任せな感じで…」
………情熱的ですね。では今その情熱を注がれているお相手など、いらっしゃるんでしょうね、やはり?
  「なんですか、その、やはりって」(苦笑)
………いえいえ、そう感じただけなんですが(笑)いらっしゃるでしょう? 大切な方。
  「そんなすばらしいヒトはいませんよ」
………微妙なニュアンスですね(笑)判りました、すばらしくないけど必要な方というのでどうでしょう?
  「あ、イタタ」(笑いながら胸元を押さえる)
………ファンも気になるところだと思います!
  「えーっと、ご想像にお任せするという事で」(笑)
………うまく逃げられてしまいました。では、次の質問です。あ、これも恋愛相談ですねぇ。
  「それってわざとじゃあ…」
………とんでもないです、女性ファンも多い有栖川先生ならではだなぁと感心していますよ。
  「そうですかあ?」(と、かなり疑り深い口調の先生)
………ええ! で、内容ですが…彼氏とケンカしてしまった女性からですね。素直に謝る良い方法はないですか、と。
  「さぁ…とりあえずなんでもいいんで、理由つけてでも会う事でしょうか。電話とかで済まそうとすると、余計こじれかねない。顔見ないで謝るのって嫌でしょう?」
………お嫌ですか? 顔を見ての方が勇気がいるというか、大変そうな気もしますが…。
  「少なくとも私は嫌です。沈黙が返って来たりした日には、途方に暮れますもん。リアクション見えない訳ですから」
………リアリティがありますね(笑)
  「そうでしょう? 日頃苦労してますから(笑)まぁあまり意地ははらない事をお勧めします
………と、アドバイスも出たところで、最後の質問に参りましょう。サインといえば何でしょう?
  「えーと…三角関数の一つ。サイン・コサイン・タンジェントの、サイン」
………作家さんは著書へのサイン…とか、判子の代わりのサインとか。ご自分のお名前というお答えが多いんですが、珍しいですね(笑)
  「やろうなぁと思って、そこをあえてひねくれてみました。後は、合図とか信号のサイン」
………ああ、合図を送る、のもサインをって言いますね。
  「はい。私にとっては書く事もそうかな。作品を通して、読んで下さる不特定多数の方に…そして確実に読んでくれている人に対して送る、サインであり、メッセージなんです」
………これからもたくさんのサインをお願い致します。本日は楽しいお話を色々とどうもありがとうございました。お相手は、有栖川有栖先生でした。

 

**********

「すまん、遅れたっ」
 両手を合わせて拝みポーズで駆け寄って来た友人に、火村は軽く手を上げ広げていた雑誌を閉じた。
「いや、別に…なかなか有意義だったさ」
「…は? 怒って…へんならええけど。なんか面白いもんでもあったんか?」
 息を整えながら寄って来るその姿に、火村は機嫌の良い笑みを浮かべた。
「面白いと言えば面白いかもな。でも、お前のネタにはなりそうにねぇよ。どうして昨日電話がかかったのか、判った気がするだけで」
 火村の言い回しに身に覚えがあるのかないのか、奇妙な顔で、友人は身じろぎする。
「ええっと…」
「それよりもうあまり時間ないな…ほら」
 トン、と肩口を小突いて歩き出す火村に、彼は遅れまいと慌てて後を追って来る。その姿に、もう一度口元に笑みを浮かべた。
 ……彼の書く物には、メッセージが含まれている。それは、自分のいない所で語られる言葉の中にも。
 彼からの、サイン。
 それを洩らさず受け取めれるように、いつだって火村は真剣にその言葉をその文章を追っていた。
 だから彼が一番大きな反応を返す、その言葉を選ぶ事が出来るのだ。殊更軽い口調で、極さり気なく。
「さぁ、とっとと行こうぜ、情熱的な先生?」

 

 

『With an armload of Moons』より◆1998.09.23初版◆


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