With Him I know I can stand

 

 

 

 

 

 

 

「別れないか」

 

 

 

 

 

それは、突然の言葉。

あまりにも急に室井さんから発せられた、そして俺の心臓を、貫いた……言葉。

 

 

「……なん…で…」

 

 

だってそれは、あまりにも前触れがなくて。

ついさっきまで、自分の部屋で久しぶりに恋人に会えた喜びでいっぱいで。

あんなにも胸が満たされていたのに。

 

 

 

 

「君と、別れたいんだ」

 

 

 

 

そう言う室井さんの顔は毅然としていた。

少しも傷ついていないように見えて、その分、俺が傷ついた気がした。

 

「どうして、急に…」

 

この前会ったときは、そんなこと少しも言ってなかったじゃない。

すごく幸せだって、二人で笑ったじゃない。

…ねぇ、どうして?

 

 

「君は私のことが好きなわけではないだろう?」

 

 

初めて、少し顔を歪ませて室井さんは言った。

「どういうこと」

俺の声が自然に震える。

室井さんの言ってることが、わからない。

「君には悪いことをしたと思っている」

「どういうことだよ!?」

バン!とテーブルを叩いて、俺は声を荒げた。

室井さんは欠片も動じずに、やはりまっすぐな目で俺を見返してきた。

それが妙に悲しくて。

「悪いことって、何…」

「私とこういう関係になってしまったことだ」

「…なんでそれが?…それは、俺とあんたが望んだからできた関係でしょ?」

…それとも違ったの、と小さく口にする。

室井さんは少し息を吐き出してから、はっきりとした声で俺に告げる。

 

 

 

 

「君が私を好きだと思うのは、君の錯覚だと思う。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錯覚?

錯覚ってなによ。

錯覚なわけないでしょう、こんなにはっきりあんたが好きなのに。

それともあんたにはそれが見えてなかったの?

あれだけたくさん好きだよって、愛してるって言ったのに、全然伝わってなかったの?

俺はラブラブのバカップルだと思ってたよ。でもあんたは俺に愛されてないって思ってた

わけ?

俺に抱かれてる間も、愛されてないって思いながら抱かれてたわけ?

そんなばかな!

世界で一番、俺があんたを愛してるのに!!

 

 

だから、室井さんを力いっぱい抱きしめて叫んだ。

「愛してるよ!俺はあんたを愛してますよ!!」

伝わるだろうか?こんなにも好きだってことが。

あんたがいなくなったら狂いそうになるぐらいに好きだってことが。

別れ話を出されて、これ以上ないほどの痛みに悲鳴をあげてる俺の心が。

 

 

 

 

 

 

 

 

肩口に顔をうずめて抱きしめる俺を、室井さんはゆっくりとはがした。

そして少しだけ悲しげな顔をして、ゆっくりと首を横に振って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、錯覚だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうすればいいのかわからない。

どうして信じてくれないんだ?

どうして錯覚だなんて言ってしまえるんだ?

 

 

「どうして…」

首を横に振りながら尋ねる俺に。

「君の、そういう妙に純粋なところが好きだな」

 

と、くすりと笑ってから。

室井さんはゆっくりと話し出した。

 

 

 

 

 

「言うつもりはなかったんだ。…信じないかもしれない」

「私は、大学時代から同性愛者だったんだ…」

「だから、はやいうちから自覚はあった。君が、好きだと」

「無意識にそういうオーラみたいなものを出していたかもしれない。よく

あることだが…」

「最初に告白したのは確か私だったな。君も私に少なからず好意を持って

いた。だから、錯覚したんだ。…私のことを、好きなのだと」

 

「そんなことないです!」

思わず、叫んでいた。

そんなことは、ない。

錯覚なんかじゃない。

「俺だって、それぐらいわかりますよ!」

 

「案外わからないものだろう…。経験でわかるんだ、こいつは錯覚してるのか、

本気なのかって」

「いくら告白されたからって、錯覚なんかしない…!」

「大方、他に特に好きな人がいなかったんだろう?だから、自分の中で比較的

好意的だった私に告白されて、『ああそうかも』と流されたんだろう」

「違う!」

「今までにも結構いたんだ、流されるだけ流されておいて、最後に私を捨てていく…」

「俺は、違う!!」

「どうだろうな。今からでも遅くない、ノーマルに戻れ。それが、私も君も深くは傷つか

ない最善策だ」

「嫌だ……ッ!!!」

 

 

 

気付くと、俺は室井さんを床に押し倒していた。

そうして、彼の上に馬乗りになって。

「どうして俺の言うことを、きいてもくれないの!?」

室井さんの顔に、透明な何かが落ちる。

ぴちゃっ、とはねるそれに、室井さんは少し目を細めた。

2、3滴それが落ちてから、ようやく俺はそれが自分の涙だったことに気付いた。

顔が下向きになったから、今まで溜まっていた涙がこぼれて落ちたのだと、

変に冷静に考えてみたりする。

涙が目に入らないように目を細めてはいるものの、室井さんの瞳は、変わらず

ゆるぎなく俺を射抜く。

それでも、そこに『俺』は映っていないんだろうと思うと、無性に悲しかった。

めちゃくちゃにしてやりたいと、そう思った。

俺を映さないんなら、そんなにまっすぐに俺を見ないで………

 

 

 

 

 

「俺があなたを愛してるって…。信じてはくれないの…?」

「…もう…、信じることは、できないんだ…」

すまない、と呟く室井さん。

謝らないでよ。

謝るなら俺を見ないでよ。

俺を受け入れないんなら、そんな目で俺を見ないで。

 

 

 

 

 

壊したいと思った。

無性に、壊したいと。

…壊したい。

何を?

彼の瞳を?

彼自身を?

彼のかたくなな気持ちを?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、なんでもよかった。

 

 

彼が俺の愛を認めてくれることはない。

 

 

そう思うと、もう、全てがどうでもよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺に手荒に服を脱がされても、慣らすこともせずいきなり俺自身をつっこまれても、

室井さんは拒絶しなかった。

引き裂かれる痛みに、ピリピリと入り口が裂ける痛みに悲鳴をあげることはあっても、

決してやめろとは言わなかった。

彼の瞳に、生理的な涙以外はなく。

そこには誰も映っていなかった。

そこには何も映っていなかった。

血を流させている俺すらも、そこに映ることはない。

 

そうして、俺も、室井さんを映すのをやめた。

 

ただ目の前の人を苛んで。

彼の悲鳴があがる度に、自分の胸が切り裂かれていくのはわかる。

わかるけれど、俺は突き上げるのをやめなかった。

彼の意識が完全になくなってしまっても、やめることをしなかった。

 

 

 

 

 

ようやく動きを止めて、そして小さく囁いた。

 

 

 

 

 

 

「俺はあんたを、壊したいぐらい愛してたんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


…あーイタ。

イタタタタ…。

イタ、イタタタタタ……。