花が踏まれていた。
自分の背よりも高い花をどうやって踏んだのかは知らないが、兎に角地面との境から折る様にして踏み潰されていたのだ。
黄色い花弁が土に汚れ、出来始めていた柔らかい種がぱらぱらと零れている。
他の花は元気に空を向いているのに、その一輪だけ跪いている姿が痛ましくて、すぐに近くに落ちてた小枝で茎を支えて立たせ、水遁で僅かに水を召んで花弁を洗った。
そうこうしている内に遠くに人の気配を感じて、また明日来ようと心に誓ってその場を走り去った。
「なぁ、花火ってなに?」
そう聞いて思わず「はぁ?」と間抜けな声を出してしまったのは、別に俺が未熟な所為だとかじゃなくて、ただ純粋に、夏の空に咲く花の名を知らないことに驚いたからだった。
「花火ってのはなぁ・・・」
そう言い出して考えると、理論で言っても実物が浮かばないことに気づいた。
爆薬を多く扱う忍である自分たちが「火薬を込めた玉を打ち上げて爆発させたときに出来る花のような火の跡」と説明した所で人を殺す道具にあの美しさを語れるとは思えない。と言うか、幼いナルトはその爆薬の存在すら知らないのだ。
生まれてすぐ幽閉されたこの部屋は、電気の明るさはあっても日の光は無く、外と通じるのは隠し扉と小さな喚起窓くらいで、金属の類を持ち込まれたことは合っても爆薬を持ち込まれたことは無い。
それは火影が火薬等を忍ばせてこの子供に危害を与える可能性を少しでも減らすために火薬を感知する結界を張った所為でもある。
よって、ナルトは火を見たことはあっても爆裂する炎を見たことは無いのだ。
この部屋にあるのは、小さなベッドと観葉植物、そして大量のおもちゃと分厚い植物図鑑のみだった。
「なあ、どんなのなんだ?」
「えーと、そうだな・・・」
思ったよりも説明が難しいことに眉を寄せたシカマルは、手近にあった植物図鑑をぺらぺらとめくり、ふと「夏」のページにあった花に目を留めて指差した。
「夜の空とかに咲く、こんな花だよ」
黄色い、空に向かって背を伸ばす、大輪の花。
「へー・・・キレイなんだな」
小さく笑みを見せてナルトはその花を指で本物に直で触るように優しく撫でて呟く。
「見て、みたいなぁ」
外に、行って。
でも、叶わない。焦がれるような声音で言うくせに、遠くを思うように見つめるくせに、その表情は何処か諦めた風で。
「外、行こうぜ」
外に、行って。そして夏になったら
「夏になったら花火を見に行こう。スイカ食って、風鈴買って縁側に吊るしてのんびりして、晴れた日に、この花を見に行こう」
地に咲きながら天を目指す花を。
そして、天に咲き朽ちる儚い花を。