現役の軍人であった騎士候の身体能力をも上回る体術でジェレミアを下した男――元は一介の科学者であるはずのロイド・アスプルンドは場違いなまでの無邪気さで嗤う。



「さよならだよぉ、ジェレミア卿」



青銀の髪を日の光に冷たく煌かせ、ジェレミアの足元に佇みナイフを構えてゆうるりと嗤いながらナイフを突きつけ歌うように最後通牒を突きつけたのだ。

歪な狂気を宿していたアイスブルーの瞳に悲痛なまでの哀絶を過ぎらせ、投げナイフの要領で構えて細身のそれを放とうとする。

死に迫られ、これで終わりなのかとジェレミアが思わず身を硬くした瞬間――

びくり、細身のナイフを指先で挟む骨張った手が、震えを起こして硬直した。



「そこまでだ、ロイド」



制止の声は、ジェレミアの頭上辺りから――焦がれて止まぬ威厳と覇気をもって届いた。

コツ、コツ、とゆったりした足取りで靴音が近づき、待ち望んだ声が温かみを含んで柔らかく響く。



「俺の生死は、俺が再び目覚めるまで定かじゃなかった。ほんの一筋の可能性に賭けてここまで連れてくれたんだろうが、その男の主張も本当だ。俺は、たった今まで確かに死んでいたんだから」



淡々と、しかし僅かに自嘲を含む言葉は彼の真実を伝えていて、彼が現れてから半ば呆然としていたロイドは一歩、血塗れの皇帝服に身を包み生きて佇む彼に向かって踏み出した。



「――――っ!!?」



その際、ジェレミアの首筋に狙いを定めていたナイフが切っ先を下にしてするりと滑り落ち、無様に悲鳴さえ上げなかったもののかつて無い俊敏さを発揮した男は半ば死に物狂いで意思なく命を狙う無機物を避けた。

対峙していた時なら兎も角、こんな間抜けた“不慮の事故死”など不恰好すぎる。

鼓動を大疾走させながら不名誉すぎる事故死を逃れたジェレミアだが、間違いなく加害者の男はこちらを意に介さず求めた人物にのみ意識を向けていた。



「ルルーシュ、さま・・・」

「お前も困った男だよ、ロイド。俺から解放されて自由に生きろと言ったのを忘れたのか?」



困るといいながらその声音に非難する色は見えず、寧ろ凪いだ柔らかさが耳に心地よく響いた。



「魚は水がないと生きれません。鳥は空がなければ自由とはいえないでしょう。・・・ルルーシュ様がいないと、僕にとって世界は自由を求めるどころかただの煉獄でしかない・・・いいえ、生きている価値すら、ないのです」



あなたが真実亡くなったのだと知れたときには、僕も後を追うつもりでした。

ふらふらと覚束ない足取りで歩み寄るロイドは、先程ジェレミアを追い詰めたときとは打って変わって言葉遣いを改め弱々しい声音で言った。

建物の隙間に荒々しく共鳴する海風が吹き付ける中で、今にもかき消されそうな声量の言葉は不思議とよく通り、ジェレミアが見上げた先の彼にも過たず届いたようだった。



「お前も馬鹿な男だな・・・お前ほどの頭脳を持つ人間ならどんな風にも生きていけるだろう。・・・それに、俺は二度もお前を手放したんだぞ」



ようやく身を起こしたジェレミアは、身なりを正して黙したままロイドの背を見送る。

ルルーシュが少しでも警戒する態勢を取ろうものなら即止めるつもりだったが、当の本人は全くその気配もなく泰然として歩み寄る男を見つめているのだ。


――そのルルーシュの背後に一定の距離を保ってアーニャが複雑そうな顔で佇んでいたことも一因にあったが。



「やだなぁ、ルルーシュ様、僕は不器用な人間なんですよ。心に決めた唯一を取り替えることなんてできません。それに・・・一度目も二度目も、あなたは僕を生かすために決断してくださった。僕はねぇ、ルルーシュ様・・・実はかなり執念深い性質なんですよ」



へにゃりと気抜けしただらしない笑みを浮かべ、黒衣の男は少年皇帝に向かって最後の一歩を詰めた。

そして改めて彼の真正面に佇んだロイドは、苦笑の中に慈しみを湛えた笑顔を見せる主の前に恭しい仕草で跪いたのだった。

















































物騒な気配がする。

戦場から解き放たれ、永遠の安息の下緩めていた緊張の糸が、意識せずとも弦のごとく引き絞られていく感覚。


世界は平和になったはずなのに。自分は全てやり遂げたというのに。

肌に触れる気配は安穏ではなく争いの痛みを伝えてきた。


感じられる気配は遠く、体に痛みは起こらない。一体何が起こっているのかと、本能レベルにまで叩き込まれた自衛心が状況を探ろうと鎌首をもたげた。


指先が、震える。



「――――っ」



何かが聞こえた。

手の周り、触れるか触れないかのところで躊躇う気配。二度、三度と離れ、ふわり、柔らかく暖かなものに包まれた。


それは、予期していたどんな“死”よりも生々しい感触で。


すう、と宙に揺湯うようであった意識が地に落ち、醒める感覚に陥り――


キィン!



「―――ッ!?」



鋭いナイフの鳴く音に、掌のぬくもりや“目覚め”の新鮮さを味わう暇もなく半ば反射的に飛び起きた。



「ルル様ッ!」

「ほわぁっ!?」



と同時に押し倒された。

少女特有の高く甘い声。背に回された細い腕を意識しながら上体を持ち上げ、朱華(はねず)の頭を見つめ記憶を探る。

顔を合わせたのは数度きり、あとはKMF越しに戦場で剣を向け合う存在だった少女――



「アーニャ・アールストレイム?ラウンズのお前がどうして――」
「違うっ!」



すかさず上げられた否定の声に、ルルーシュは思わず声を詰まらせた。事実をそのまま言っただけで、一体どこが間違っているというのか。

・・・しかし、何故と問い返したくとも目にいっぱい涙を溜めて見つめてくる視線に何も言えず、どころか目の前でふわふわ揺れる朱華の髪を無意識のうちに撫でていた。



「あたしには、記憶がなかった。・・・ルル様のこと、忘れてっ」

「それは・・・ああ、ジェレミアか。お前も、父上のギアスに・・・?」



涙ぐんだ眼差しを向けた必死の訴えに実情を悟ったルルーシュは、こくこくと何度も頷く彼女の頬に掌を寄せ、ゆっくりと親指の腹でその左目の白い目蓋をなぞる。

自分と過去あったことあるような言は、恐らく本当のことだろう。ギアスキャンセラーを掛けられたというなら、尚のこと信憑性も高い。


ルルーシュは目の前の少女を思い出そうと自分の記憶を辿り、彼女は幼い頃の自分の写真を持っていたことを思い出した。

あれは、アリエスの離宮で、まだマリアンヌ皇妃()が存命だった頃――明日も来る幸福を無邪気に信じられていた、幼くて愚かで、無知だった頃の自分。

容姿からして10歳前後の自分は、向けられたレンズに偽りなき笑みを向けていた。



「あたしは、アリエスの離宮に、行儀見習いに行っていました。でも、ずっと一緒にいられるなら社交界に出るより騎士がいいって、」



小さな両手が頬に触れていたルルーシュの手を包む。その柔らかな感触と一途な親愛の言葉が、ルルーシュの記憶の一部――忌まわしい記憶に傍近い位置にあったピースに導いた。



「・・・『いずれ大きくなって、自分が死なないくらい強くなれたら、その時まだ同じ気持ちなら、もう一度・・・』だったか。・・・まさか、本当に強くなって・・・ラウンズにまでなってるなんてな」

「ラウンズは、皇帝の騎士。でも、あたしはその前にルル様の騎士」



そう言ってルルーシュの上からどいた彼女は、片膝を立てて座りなおした彼の前に跪き、先程とは違った意味合いで彼の手を取った。

そこで自分が纏う服の惨状に漸く目をやったルルーシュは、今更になって死に損なったことを自覚したのだが、現状とこれまでの経過を考えて内心で密かに“皇帝ルルーシュの死”を蒸し返さない決意をした。

服越しに刺された胸元を探ってみても痛みは無く、かつて見たC.C.の様子からして傷痕すら残っていないだろう。・・・死を求め、民衆の前に出てわざわざ彼らの憎悪と恐怖を掻き立てる必要は無い。

全て済んだ今は、もう。


そんな思考を瞬き一つの間に済ませた彼が顔を上げると、目を合わせた少女がルルーシュの手を包んだまま、小さな唇を震わせながら開いた。



「ルル様・・・あたしを、」



キィン!


「っ!?」



ぎこちなく紡がれようとしていた言葉は、先程よりも鋭く軋んだナイフの交わる音に遮られた。
自分が飛び起きたのも、この音の所為だった。アーニャのやり取りの間もずっと鳴っていたのだろうそれに気づかなかったのは、やはり動揺しすぎていたせいか。



『我が君がいる世なら・・・ボクはただ一人、わが君のもの。ルルーシュ様だけの騎士だよ』



そして、届いた声音と言葉に再び息を呑む。



「ロイド・・・」



聞こえてきたのは、かつて自分が捨てた騎士の、相変わらず飄々としていても、どこか悲嘆の混じる声だった。



『主なくして騎士は生きてる意味を失う・・・でも〜主が生きているなら、その下に馳せ参じるのが当然ってものでしょ〜?』

『貴様、あの方が死してなお仕えるというのかっ!?』

『まだそんなこと言うつもりかい?・・・いい加減にしないと、僕もあんまり我慢強いほうじゃ無いんだよねぇ』



「まずい・・・ジェレミアは、ロイドには・・・」



勝てない。

伯爵だが軍人で、天才科学者。しかもKMF第一の変人として名高い男の隠れた牙を知っている。だからこその発言に、目の前のアーニャが小首を傾げてこちらを見上げた。
ちょこんとした仕草が小動物のようで、思わず彼女のふわふわした頭を撫でて、ゆっくりと元少年皇帝は立ち上がる。



「まったく、仕方のない奴だよ」



建物の間を吹き付ける風鳴りの向こうで始まった、道化師による最後通牒を聞き、半ば悲しみ半ば呆れながら、彼は一歩踏み出した。



















































奇跡のようだと、その瞬間を目にしたアーニャは思った。


ジェレミアが不振な気配の方向に赴いてから少しして聞こえてきた会話に身を強張らせながら、些細な変化も見逃すまいとアーニャは一心に横たわるルルーシュを見つめていた。

血に汚れた手や顔は拭き清めたものの、確かに彼があの剣で貫かれたことを示す、真っ赤に染まった皇帝服。
白かったそれが、彼の青白い顔色と相俟っていっそう彼の存在を余計儚くしている。もう目覚めてくれないのではないかと不安に感じた時、


ピクリ、ほんの微かに、ルルーシュの指先が動いたのだ。



「ルルーシュ・・・ルル様ッ!」



アッシュフォードや戦場で呼んでいた名ではなく、取り戻した記憶のままに彼を呼び、何度も迷って彼の指先に触れ、自分のものより一回り大きい手を両手で包む。そして――

夢を見るような穏やかさで、ロイヤルパープルの色彩が姿を現した。



「〜〜〜〜〜〜〜っ」


キィン!



「―――ッ!?」

「ルル様ッ!」

「ほわぁっ!?」



確かな生を示す光景に言葉が出ずにいたアーニャが彼の名を呼んで飛びつくのと、彼がナイフの鳴る音に飛び起きたのはほとんど同時。
勢いの差でルルーシュを押し倒す結果になったが、それはそれで役得だった。



「アーニャ・アールストレイム?ラウンズのお前がどうして――」

「違うっ!」



ルルーシュの言葉を反射的に否定する。

過去ほんの短い時間を共にしただけの彼が自分のことを覚えていないのは解るが、それでも自分にとっての不本意な結果をここで突きつけられたくはなかった。



「あたしには、記憶がなかった。・・・ルル様のこと、忘れてっ」

「それは・・・ああ、ジェレミアか。お前も、父上のギアスに・・・?」

「あたしは、アリエスの離宮に、行儀見習いに行っていました。でも、ずっと一緒にいられるなら社交界に出るより騎士がいいって、」



何かを考えている様子のルルーシュに、自分を思い出してもらえるようにつっかえながらも言葉を募らせる。思うのは、ほんの数日で終わりを迎えた輝く幸せな日々。

そうする内に、ゆっくりと焦点を合わせて見据えられた眼差しに胸中に歓喜が灯った。



「・・・『いずれ大きくなって、自分が死なないくらい強くなれたら、その時まだ同じ気持ちなら、もう一度・・・』だったか。・・・まさか、本当に強くなって・・・ラウンズにまでなってるなんてな」

「ラウンズは、皇帝の騎士。でも、あたしはその前にルル様の騎士」



そして、当時の自分がもらった言葉を一言一句違わず再現されて舞い上がりそうになりながら、記憶を持った今の自分の主張を必死で伝えた。

ラウンズであった自分は、完全な記憶を持ったアーニャにとって意思を曲げた上に彼と敵対してしまった“過去の汚点”だ。前皇帝は逝去し、自分とルルーシュからブリタニアの柵が解かれた今、今度こそ彼の騎士になりたかった。


アーニャはぬくもりを惜しみながらルルーシュの上から退き、その場に跪いて生きた暖かさで伝わる白い手を取って両手で包む。
見届け人もおらず、形式から外れた誓いだったが、そんな体裁も関係なく彼自身の赦しが欲しかった。
彼の傍にいられる赦し(口実)が。
なのに。



「ルル様・・・あたしを、」



ギィンッ!

騎士に――

そう告げようとした言葉を激しい打ち合いの音に遮られ、自分に向いていたルルーシュの意識がそちらに向かってしまった。



『我が君がいる世なら・・・ボクはただ一人、わが君のもの。ルルーシュ様だけの騎士だよ』



風に乗って、男の声が聞こえてくる。ジェレミアではないそれは追っ手のもので、舌打ちしたいのを堪えて彼を見ると、血の気の戻ってきた薄く形のいい彼の唇が躊躇うように動く。



「ロイド・・・」



そして、自分を通り越して双方に死角になっているこの場所から男の場所を辿ろうと視線を投げるルルーシュに、アーニャはつい唇を噛んだ。

続く言葉に彼の柳眉が悲しげに顰められ、見据えるために眇められていたロイヤルパープルは戸惑いを焦りに揺れた。



「まずい・・・ジェレミアは、ロイドには・・・」



勝てない、と声に出さずとも確信して聞こえた言葉に、アーニャは不思議に思って首を傾げた。

ジェレミアは気に食わなくとも騎士候の一人で、スザクほどではないが体術にも長けている。でなければ戦場で大破したKMFを乗り捨てて生身でモルドレッドに乗り移ることなんてできるはずがない。
相手は、聞いていた話からして科学者(非戦闘員)のはずなのに。

アーニャの疑問に気づいたらしいルルーシュは、しかし答えを与えず彼女の頭を優しい仕草で撫でて立ち上がっった。



「まったく、仕方のない奴だよ」



思わずこぼれたというような声は、なんて――











なんて、忌々しい。

アーニャは自分の邪魔をしてくれた人物に対して内心毒づきながら拳を握り、止められない主の背中を見つめ数歩分の距離を保って彼の後に従う。いざと言う時は守れるように。

しかし、アーニャの懸念は容易く裏切られた。

ただそこにいるだけで親しいと解る二人の雰囲気。無防備に向けられた背中や交わす会話からも伺い知れて、アーニャは今すぐにでも彼を引き離して連れ去りたいのを堪えた。

自分だけを見ていて欲しい、自分以外を構って欲しくない。そんな子供のような独占欲を堪えたのは、声音は困惑に満ちていたけれど、彼が嬉しそうだったから。

あの男が彼の前に跪き、彼の白い手を取っても許容していたのだ。
甚だ不本意だったが。
















































夢を見ているようだと思った。

彼が生きてそこにいる。生きて、自分を見て、話し、微笑さえしているのだ。


美しいロイヤルパープルの瞳は困惑と切ない孤独に揺れている。
最後に別れてからたった2ヶ月の間にまた痩せてしまったらしい華奢過ぎる肢体。白い手を伸ばしてもらえる気配はないが、僅かな距離くらい自分で詰めれば事足りた。


深紅に濡れ、赤黒く変色してきた皇帝服の前面は痛々しい傷の名残を見せている。考えるまでもなく、刃が貫いた背面も同様だろう。

それでも、かつて聞いたギアスについての話が本当なら、あの男(ゼロ)に付けられた傷痕は跡形なくすっかり無くなっているはずだ。
でなければ、いずれ表で生きている“死者”に死なない程度の傷痕を違う場所に――お揃いの傷痕なんて冗談ではない――付けてやるところだったが。

彼を一心に見つめ、近づく間に向けられるのはかつていた場所に戻るよう促す言葉だったが、視線を合わせた先の瞳に拒絶の色がないことを見て取り、ロイドは自分の主の下に跪いた。

ガラス細工を扱うよりも丁寧な仕草、神に対するよりも敬虔な心で、白い手を取る。
見上げた彼は苦味を帯びた微笑を浮かべ、静かな視線をこちらに向けてくれる。



「誓わせてください。僕はどんな立場に立ってもあなたの側にいます。あなたがどこに行こうと共に往きます。永遠の時が経っても、世界が滅びても、僕はあなたの隣にいます。・・・いさせてください」



彼への思慕をありったけ詰め込んだ誓い。両手で包んだ手は言葉の端々に反応するように震え、宥めるためにほんの少しだけ力を込めて握った。

ついていくだけなら、彼の赦しも必要ないだろう。しかし共に往けるなら、彼自身の意思もそこに欲しかった。

柵から解放された今では、“騎士”や主従の関係も必要ない。ただ共にいられる場所を。手が届き、視界に入り、声が聞ける居場所が彼の隣に欲しかったのだ。



「戻るつもりは、ないんだな」



未だに自分を元の場所に戻そうと促すような、自分の思いを確認するような声音で問われる。
それこそ今更だった。自分なりの決別はすでにつけて、彼をここまで追ってきたのだから。



「元よりあの場所は僕の居場所じゃありませんでした。僕が帰る場所も望む位置も、全てはあなたの元に」

「・・・・・・・・・・・・・・・お前はほんとに、馬鹿な男だよ」

「ルルーシュ様に関してはとことん馬鹿になれますよぉ」



なんせ僕の全てを捧げちゃってますからぁ〜。

ふわりと彼の目元が和んだのに合わせておどけた声音で真実を語って見せると、見上げた先の彼は小さく笑みをこぼして彼の手を包む自分の手を握り返してくれた。



「・・・いいだろう、ロイド・アスプルンド。共に往く赦しを・・・永劫を生きる俺の隣をお前にくれてやる」

「Yes,my master!」



胸が震える瞬間。

心を震わす歓喜のままに彼の白い手に唇を落とし、それだけでは足りず細い体に飛びついて、反動で傾いだ彼を腕の中に抱きこんだ。

可愛らしい悲鳴がくぐもって聞こえたが、それはいろいろと吹っ飛ばしたロイドの抑止力になるどころか少しばかり激しいスキンシップをエスカレートさせた。


戦乱の最中では叶わなかった願いが、一抹の行幸で現実になるなんて。

ジェレミアをあそこまで追い詰めながら、その実“奇跡”の可能性はイーブンなのだとロイドは理性の冷静な部分で理解していたし、知りえていたのだ。


魔女でさえ、その真実を把握しきれていなかった、それが。



「〜〜〜〜っ、いやったぁ!!これで僕はあなたのもの、あなたの隣は僕のもの、もうぜぇえったい離れませんからねぇ!」



高らかに宣言――相手は勿論、ルルーシュ本人と前後に控えた二人の騎士もどきだ――し、ぎゅうぎゅうと腕の中の温もりを抱きしめ頭半分下にある彼の髪にぐりぐり頬を押し付ける。
ついでに彼の体に支障がないかとぺたぺた触り出したところで、ようやく放心状態から脱したルルーシュから待ったがかかった。



「いい加減に離れろ、ロイド!」



が、聞けたものではない。



「ああ、そういえば逃亡中ですもんねぇ〜・・・行き先は中華ですかぁ?それとも旧中立国?」

「中華に入ってオーストラリアにっ・・・ほわぁ!?」

「あ、かわいい。てルルーシュ様、軽すぎですよ〜普通なら失血死してもおかしくないんですからちょっとこれ飲んで大人しくしてくださいね〜」



中華へ空から入ると目立ちすぎるから海からですね〜オーストラリアには民間ジェットが出てるから、適当に一般人に化けちゃいましょう。

ルルーシュの悲鳴への感想をポロッと漏らし、ロイドはサクサク計画を立てながら――元から彼が立てていたものと相違なかったらしくそれへの訂正は入らなかった――ほぼ片腕で抱き上げたルルーシュに水無しで飲める増血剤を渡し、目を閉じさせてのんびりと屋上の端へ向かう。



「ロイド?」

「アスプルンド、何を・・・!?」

「何って、主と一緒に国外逃亡に決まってるでしょ〜」

「ルルーシュ様を抱えたままで行くつもりか!?」

「ざぁんねんでしたぁ〜君ができて僕ができないなんてこと有り得ないよぉ、オレンジ卿」



へらりとジェレミアの懸念を笑い飛ばし、腕の中の大切な存在に不安を抱かせないよう両手でしっかりと抱える。

後ろを見ると、未だに不満そうな顔をしたアーニャ・アールストレイムがすぐ近くに寄ってきていた。
確かこの少女は、皇子時代のルルーシュが無意識の内に吐いたタラシ文句で落ちた一人だ。あれには驚いた、一体誰が仕込んだのかと思ったくらいだ。



『君みたいに幼くて可愛い女の子が騎士なんてもったいないな。でも、いずれ大きくなって、自分が死なないくらい強くなれたら、その時まだ同じ気持ちなら、もう一回誓いを立ててくれないか?』



妹と年の近い少女だからと対応が甘くなって、更には断りきれず半ば苦し紛れに吐いた台詞とはいえ、幼い少女に光を持たせた彼の言葉は立派に“帝国最強の騎士”を作ったわけだ。

彼らはルルーシュに危害を加えることはないのだろうし、ルルーシュが拒まないのなら同行を認めない理由はない。


自分の腕の中にルルーシュがいる、それが全てなのだ。

愛しい主を抱く腕に無意識の内に力が篭る。それを訝んだのか、自分の名の呼びかけと共に美しいロイヤルパープルが姿を現した。



「何でもありませんよぉ〜幸せを噛み締めてただけです。目ぇ閉じて、できれば眠っててくださいねぇ♪」



では、新天地に向かって出発〜!

言葉通りの至福も露に微笑んで見せると、安心したように体の力を抜いて目を瞑ってくれる主の額に一つ口付けを落とすと、びしばしと背後から咎める視線と嫉妬めいた視線が送られてくる。

それを心地よく受け流し――なんせルルーシュ様の一番は自分なのだ――ロイドは振り返りもせず軽々と地を蹴った。





































おまけ。



無事国外逃亡を果たした四人は、1年前に“謎の異人(マオ)”に買い取られていたオーストラリアの地に落ち着いた。
ゼロレクイエムの終わりに、皇帝ルルーシュに敵対していた者たちに世界を返したルルーシュだったが、最後まで側近として働いていたジェレミアに対しての逃亡経路を示すと同時に、当面の安住の地として買取人のいなくなって空き地となっていたその土地を確保していたのだ。



「そういえば、お前軍人やめて何をするつもりなんだ?」



それは一度生を手放しながら思い掛けない偶然(幸運)で彼に愛され彼を殺した世界に生き返った少年が放った一言。

全てが終わり生きるために逃げ延びたのは良いものの、現実主義者(リアリスト)な主によって一時の安堵感が吹っ飛んだ。が、立ち直りの早い元軍人(ジェレミア)はすかさず食いついた。



「・・・実は、天啓を受けたのです!」

「はぁ?」

「私は、この農地一面に世界一のオレンジ畑を作ります!」



ああ、じゃあここの無駄に広い土地はオレンジ畑で決定か。
・・あれ?

ついうっかりジェレミアの言葉に頷き返してしまったルルーシュは、既に決定事項のように宣言された内容に首を傾げた。
ここの農地、オレンジなんて苗すら一本もなかったような。



「・・・それってさぁ、いわゆる共食いだよねぇ?」



オレンジ卿?

呆れた風にロイドが突っ込みを入れているが、若干的が外れているようだ。自分としては本人がそうしたいなら至って構わないのだが。・・・実際に現実化できるものなら。



「何を言う!ルルーシュ様が付けてくださった名で世界を取ってそれが共食いになるものか!」

「・・・俺のためか・・・いや、俺のせいか・・・?」



そうか、共食いの原因を作ったのは自分か。

ぽつりと呟き、なんだか頭痛を感じてこめかみをぐりぐりと押さえる。

否、こうなると知っていたならイチゴとかにしておくべきだったのか?
ルルーシュ自身、思考の方向性がずれてきていることに気づいていない。これは突発的な出来事による混乱というよりも逃亡の疲れによる諦めによるものだろう。単に深く考えるのも面倒になっただけともいえる。



「じゃあ僕は表の偵察とルルーシュ様のお好きなプリンを作りますよぉ〜♪主の嗜好に沿ってこその理解だからねぇ〜」

「ロイド・・・その主というのは止めろと何度言ったら・・・」

「だって騎士の制度が無くなってもルルーシュ様は僕の主ですしぃ〜ルルーシュ様、もうプリン嫌いになっちゃいました?」

「・・・・・・・・・いや、そんなことはない」

「あっはぁ!なら決まりぃ〜材料と道具、確かめて来ますねぇ〜♪」

「それでは私は早速木の買い付けに・・・!」



早速プリンを作るつもりのロイドと、派手な騎士服のまま飛び出して行ったジェレミアに疲れも露にため息を吐いて、



「もう、好きに行って来い」



と手を振り見送った。


静かになった室内で、ルルーシュは暖かな風が吹き込むのにゆるりと微笑む。緑が茂る開けた広野にぽつりぽつりと木が生え、遠く視界の端に一軒隣家があるだけの、心地よく外界から隔てられた場所。

マオが選んだ、C.C.との聖域(サンクチュアリ)にはぴったりな――

自分が殺させた読心の子供と、約束を果たせず仕舞いで別れた共犯者を思い出してきつく目を閉じたとき、



「・・・ルル様、」

「――アーニャ?」



静かに声を掛けられ朱華の少女を視界に治めると、その手にあるティーセットを見て思わず微笑んだ。



「お茶を?」

「ルル様、疲れてる」

「――ありがとう。一緒に飲もう」

「うん」



カップに注がれる芳醇な香りに、ルルーシュは漸く体から力を抜いてソファに身を沈めた。

穏やかに綻ぶ午後

  新しい日々

が、始まろうとしていた。








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管理人コメント

幸せ気分夢気分で話は終わります。
結局の所はロイルルというより勝者はアーニャだったような。。
いいんです、どっちも好きだから。しかし騎士がこんなキャラになっちゃうなんて(元々だったなんていわないで!/笑)
この後ジェレミアは見事オレンジ畑の栽培・増殖に成功し、一部では有名な美味しいオレンジ農家に生まれ変わります。
専属パティシエはロイド氏、主夫はルルさま、お手伝いにアーニャと言った具合。時々C.C.が見に来たりとのんびりゆったり暮らすことでしょう。