遠く、民衆の歓声が聞こえてきた。

何が嬉しいのか、何が可笑しいのか

今の自分の心情からはかけ離れすぎた浮かれた呼び声に、

最早怒りすら抱けなかった。





























アッシュフォード学園の地下、冷たい牢屋から出されたラクシャータ達は、民衆の呼び声を避けるように政庁代わりとなったクラブハウスの生徒会室に集められた。

公道で晒し者にされていた捕虜や彼らを解放したコーネリア率いるブリタニアの手を逃れていた者たち、最後には仮面の男やナナリーまで室内に現れ、重苦しい沈黙が漂っていた。

全てを知るもの、知ったもの、何がしかに気づいた者、何が起こったのか理解し切れていないもの・・・各々の理解度に差異があり、それぞれの内心が戸惑いと猜疑に揺れる中、不自然な不在者に気づいたのは意外にもKMF以外には興味がないものと認識されている元キャメロット主任のロイド・アスプルンドだった。



「ねぇ、オレンジ卿はどこに行ったんだい?」



そういえば、ピンクのラウンズもいないよねぇ。

何故か楽しげに準備運動を始めた彼は、足の屈伸を終えて肩を解し、手首と足首を回しながら愉快そうに笑う。

否、実際に笑っているのは口元だけで、飄々と肘を伸ばす男のアイスブルーの瞳は一分の隙も見せず真っ直ぐに扉口で佇む漆黒の男へ向かっている。



「おかしいよねぇ、どうしてボクらはこんな所に集められたのかなぁ?明らかにこの関係者のオレンジがここにいないのはなぁぜ?いくらアレが今回のことを黙認してたって、ルルーシュ陛下のご遺体を君たちが確認すらしていないのはどうしてだろうねぇ」



のんびりした準備運動を止め、いつの間に着替えていたのか白い囚人服から黒の上下に着替えた男は、問いを積み重ねながらカツン、カツンと靴音を鳴らして獲物と定めた男へ歩み寄る。



「教えてくれるよねぇ?ゼ・ロ」



研究者としての彼ならば想像もつかない凍てついた氷のような視線で突きつけるのは、偽りでコーティングした現実だ。
その背の向こうで息を呑む声が聞こえようが、男の隣に佇む少女の瞳が不安に揺れようが構わず黒い仮面の奥を覗くように黒衣の男の内心を抉る。



「ルルーシュ皇帝陛下は?」

「・・・・・・彼の死体は、ジェレミア・ゴットバルトが持ち去った。現在、探索中だ」

「あっはぁ〜♪」



繰り返された質問への返答に、厳しく靴音を立ててロイドは一歩踏み込み、肩を震わせ堪えきれないとばかりに笑う――嗤う。



「・・・いいねぇ〜とてもいい。素晴らしい寝ぼけっぷりだよぉ、ゼロ。二度死んだ救世主は誰もが恐れ尊んだ妖刀をナマクラに変えて三度目の復活を遂げたらしいねぇ〜」

「っ・・・・・・」



大げさな素振り、舞台俳優のような言い回しで言葉を詰まらせる仮面の男に言い切り、くるぅりとその場で一回転して話についていけず呆然としている周囲を見回し――

カシャンッ



「っ―――!?」

「アスプルンド、何を!?」

「いやだなーぁ、あの方を貫いた剣を君らなんかの血でボクが汚すわけないじゃない〜」



相変わらず掴み所のない笑みで問い詰めようとするコーネリアを往なし、ひょいっと拾い上げたのは漆黒のゼロのマント。もう片方の手には、瞬きの間に奪いマントの留め金を壊したゼロの――皇帝ルルーシュの剣が握られていた。

訓練を受け、または戦場を行きぬいた戦士たちの目でも追えぬ動きを見せた男は、奪った剣を“それ以上使う気はない”といった言葉通り、その刀身をマントで包み背負った後、ふざけた仕草で周囲の面々へと馬鹿丁寧にお辞儀をしてみせた。



「お〜め〜で〜と〜ぉ!君たちにはあの方が生んだあの方のいない“優しい世界”と、この世界で唯一の至玉を失った絶望をプレゼントぉ〜♪」



奇妙な節までつけて歌った言葉に、表情の見えない仮面の男の代わりにナナリーが盲目であった薄い紫玉をロイドに向け、小さな体を怯懾に強張らせた。



「満足したかい〜?自分の妄執であの方を追い詰めて、自分こそ矛盾した生き方をしているくせに全てを終わらせる大役(栄光)を引き受けられて。
満足でしょぉ?身も心も守られて何も思考せずあの方のお荷物になりつつけ、終わってみれば悲劇のヒロインだ。せいぜい君たちのお好みな光の中で暮らすといいよぉ〜」



たとえ光の中に晒すのが、彼ら自身が忌んだ“人殺し”で大逆を犯した“裏切り者”の面であっても。

痛みに揺らぐ幼い紫玉に宿るのは、どんな悲哀よりも色濃い悔恨と明滅する絶望の気配。稚い容貌に映すには余りに不似合いなものでも、幼い頃の“彼”を知っているロイドには痛ましさよりも呆れの伴った苦笑くらいしか感情の表には出てこない。



「まさか探して本当に見つかると思ってないよねぇ〜?君は一度あの方の手を離したんだ。ま〜ぁ、悪魔とまで呼んだかの君を今更血眼になって探すこともないだろうしぃ」



けらけらとどこか頓狂な笑いを見せながら、隙なく身構える目の前の男なぞまるで無視し、すいっと痩躯を折って車椅子に乗った少女の耳元に唇を寄せた。

目の前で死んだ兄。その亡骸すら手元から奪われて、散々泣き叫んだのだろう目元は赤く腫れ紫玉は少しくすんでいる。

傍目に見れば確かに痛々しい姿なのだろうが、今ここで彼女に・・・彼らに容赦するつもりはさらさらなかった。
だから、



「君には――君たちには――あの方の“大切なもの”でありきれなかった自己嫌悪と永遠の孤独をプレゼント♪」



ジェレミアのギアスキャンセラー、ルルーシュの遺体、彼の全てを見守ってきた魔女・・・どれか一つでもここにあれば、彼らは容易く免罪符を得てしまうだろう。それではとても気が治まらなかった。
残されるものの苦痛を、足掻くものの苦悩をせいぜい味わえばいい。

囁く声は隣の男にも聞こえていただろう。漆黒の仮面が物問いたげにこちらを向いたが、答えてやる義理も義務も情すらない。


ほーんと、素敵なまでの寝惚けっぷりだよ、ゼロ。


表に出るよりも心の中で散々嘲って、ロイドは再び背後の面々に視線を流す。その中にある的確な警戒心とお門違いな憎悪には殊更愉しい気分で笑みを向けてやる。



「それではみなさん、」

「・・・かえ・・・て・・・」

「さよぉ〜ならぁ〜♪」



挨拶の途中で入った声を詰まらせた言葉を無視し、一同に向かって大仰に一礼してみせたロイドは、それと同時で痩身を包む黒衣へと伸ばされた小さな手を一瞥もせずひらりとかわし、残酷で深い刃のような微笑を残してその場を去った。



「かえしてぇえええっ!!」



血を吐くようなナナリーの悲鳴と、それを更に抉る道化師の哄笑を置き土産にして。



















































とんだ無駄な時間を食ってしまった。

先程までのふざけた笑顔を投げ捨て、道化師の仮面を一時的に剥ぎ取り、荒々しく舌打ちしながら慌しく人々が行き来するクラブハウスの中を全速力で駆ける。

一刻も早く、こんな場所からは離れてしまいたかった。

背後からの追っ手の気配がないことに口元に澱むような笑みを浮かべながら、ロイドは幾分かすっきりした気分を抑えて誰にも見咎められる事無くその場を後にした。


本当に時間がなかった。

多少の自制が効かなかった所為とはいえ、あんなに長々と彼らに話してやること(義理)など一切なかったのだ。

寧ろ、戦後の後片付けから何から全てが一段落させて、密かに姿を消しても良かった――それが、ベストな選択だった。

だが、言ってやらずにはおれなかった。今更悲しみにくれた(仮面)を晒す者たちに、散々傷つけておきながら掌を返したように彼への愛慕を露にした者たちに。

自分だって、かつて彼を傷つける一端を作ったものだ。本当なら、こうして彼を追う資格などない。だけど――気づいてしまったから。



「ルルーシュ様・・・どこへ・・・」



息も切らさずアッシュフォード学園から離れたロイドは、租界を離れてゲットーに入り、更に通りには出ず暗がりが目立つ裏路地に回って一つ一つ彼の主の行方を脳内でトレースする。

彼の元には確実にジェレミアとアーニャもいるのだろう。あの場に居なかったのが何よりもの証である。


それが解っていても、脳内で追うのは彼らの卓越した行動力ではなく、それすらも活用し自分の駒となす主の思考だった。



彼が死んだ後、その亡骸に集る(たかる)であろう民衆を避け、彼の世界がどのように始動するかを見届けながら姿を消せる、そんな位置――

すでに彼が生きていると微塵も疑っていない自分を嘲笑しながら、それでも一縷の望みに賭けようという気持ちは変わらない。追っても追わなくても、彼が本当に死んでいたとき自分が取る行動は決まっているのだから、追ったほうが断然気分がいい。

頭に叩き込んである三次元の町の見取り図を引き出し、あらゆる可能性を取捨選択して、瞬き一つで思考を確定させた男は猛然と駆け出した。










































腕の中に至宝を抱いたまま風を切るように小柄の少女を従えてビルからビルへと飛び移っていたジェレミア・ゴットバルトは、不意にこちらへ迫る微かな気配を感じて立ち止まり、僅かな物陰に丁重な仕草で至宝を横たえ、傍らに佇む元ナイトオブラウンズ――アーニャ・アールストレイムに軽く目配せしてから感じた気配へと進み出た。

湾に程近いビルの屋上・地上より高い位置にいる所為か、潮の匂いの濃い海風が強く吹きつけ、袖や裾にゆとりを持たせた服の端が煩わしくはためく。
べたつく風に眉を顰めながら、先程察した異状を見極めるために辺りを見回すと――



フェンスも何もない朽ちかけたコンクリートの端、海が見える進行方向に、その“影”は音もなく降り立った。



何故“影”と思ったのだろうか。

ジェレミアはその風体とかつてあったイメージに沿わせて疑問を抱いたが、すぐに目の前の人物が見慣れぬ漆黒の上下を纏っているからだと知れた。



「こぉんにちはぁ〜♪」

「ロイド・アスプルンド伯・・・」



ふらふらと手を振りながら相変わらずのふざけた調子で近づいてくる男の名を半ば信じられない気分で呼び、その存在の不自然さにはっと気づいて心持身構えた。

何故ここにいるのか、自分達を追ってきたなら、何故この道がわかったのか・・・



「いやだなぁ〜“伯爵”なんてかの君が取っ払ってくれたものでわざわざ認識しないでくれるぅ〜?」



ケラケラと笑って言い切る男には他意など無いように見える。しかしその目は一部たりとも笑っておらず、ひょろりと長い痩躯からは物騒な気が発されていた。

殺気とも覇気とも呼べそうなそれに思わず身を堅くして身構え直すと、日差しの反射で光る眼鏡が目元を隠している男は何か満足したように鷹揚に頷いて見せた。



「そうそう、それくらいの警戒心を持ってくれなくちゃ、あの方の身を預かる資格なんかないからねぇ」



そう言って眼鏡を邪魔そうに外し、うっそりと笑う男の目には泥のような狂気が宿っている。

ひょうきんな口元の笑みとの差異は不自然な違和感を与え、道化師と呼ばれるに相応しい奇妙さにぞくりと背筋が粟立った。

暗澹とした影を軽々しく纏った男は、ジェレミアに怖気を与えた笑みのままゆったりと背中に手を回し、その背に負った何かの柄を掴み、のんびりと散歩にでも行くような歩調で近寄ってくる。



「さぁて、ルルーシュ様の居場所・・・教えてくれるよねぇ〜?」

「なんのことだか・・・私にはわかりかねる」

「しらばっくれても無駄さぁ〜・・・それとも、本当に気づいていないと思ってるのかい?」



それは、ボクへの立派な侮辱だよねぇ。

昏い笑みを更に深め、ロイドは体の前で縛っていた布を傷一つつけず鮮やかに取り去り、今まで隠されていた大剣・・・先に“ゼロ”が振るった深紅のそれを片手で構えた。



「それは・・・貴様、ゼロになにか・・・!?」

「じょぉだんじゃないよぉ〜これはボクが我が君のために特別に誂えた物だってのに、なんだってあんなのの血で汚さなきゃならないのさ。もう拭われてるとはいえ、あの方の血とあれの血が混ざるなんて赦せるわけないしねぇ」



いい加減な口調に紛れて内容は酷く物騒で多大な毒を含んでいた。ゼロに何事もなかったらしいことにほっとしながら、ゼロからこの男があの剣を傷一つ負わずに奪ってきたという事実に再び身を堅くした。

そうだ、この男は、彼を抱えていたとはいえ全速力かつ最短距離で疾走していた自分達の進行方向から・・・つまり、自分達に先回りして現れたのだ。

元とはいえ、騎士侯とラウンズの本気を上回るこの男は――



「・・・貴様、一体何者だ」



ついこの間まで只の――といっても天才と呼ばれる変わり者だったが――KMF研究者で貴族だったはずの人間にはあり得ない行動、またそれを可能としている身体能力に、抑えきれない疑問が零れ落ちた。



「あっはぁ!こっちの質問には答えない上、問いかけかい?・・・し・か・も・・・とてつもなく陳腐だ」



くつり、喉で小さく哂い、黒衣に身を包み青銀の色彩を持つ男は、極々自然な動きで深紅の剣を振るった。

キィン!



「っ!?」



返答を聞けぬうちの攻撃。

咄嗟に抜いた短剣でその一太刀を返すと、続いて二度、三度と剣が振るわれ、目で追えるギリギリの迅速な打ち込みに、ジェレミアは歯を食いしばって耐えるしかない。

攻撃に転じたくともそんな余裕は無く、寧ろ一瞬でも気を逸らせばあっという間にあの剣で身を貫かれるだろうと容易に想像できた。



「ボクは元々只の研究者で、元軍人で、元貴族で、今となっては元科学者さぁ」



ジェレミアは必死になって剣戟を防いでいるというのに、攻勢を止めぬ男は憎たらしいほど余裕綽々といった態で詠うように語りだした。



「どうせ君が知ってる肩書きなんかこんなもんでしょ〜?ボクの過去もかの君との思い出も知らない君が、ボクを邪魔するなんておこがましいと思わないかい?」



ギィンッ!


数合目にして遂に仕込みの短剣が弾かれ、手の届かないところに切っ先を滑らせて落ちてしまった。

思わず飛ばされてしまった剣を視線で追うと、すかさずロイドの刃が迫る。息も吐かせぬ攻勢を向けながら呼吸一つ乱さない男は、ジェレミアが知り得た自らの肩書きを一切否定して、手元に残した唯一をそれが宝物であるかのように微笑んだ。



「我が君がいる世なら・・・ボクはただ一人、わが君のもの。ルルーシュ様だけの騎士だよ」



尖った凶器のような狂気を孕むアイスブルーに、うっとりと甘美な夢を見るような陶酔を湛えて。

追い込まれたジェレミアは腹に強烈な膝蹴りを喰らい、なす術もなく硬いコンクリートに倒された。



「主なくして騎士は生きてる意味を失う・・・でも〜主が生きているなら、その下に馳せ参じるのが当然ってものでしょ〜?」

「貴様、あの方が死してなお仕えるというのかっ!?」

「まだそんなこと言うつもりかい?・・・いい加減にしないと、僕もあんまり我慢強いほうじゃ無いんだよねぇ」



逆行の影に沈む面の中、唯一見える口元には歪な道化師の笑みが刻まれる。

この男の彼に対する忠義はおそらく本物なのだろう。しかし道化師の仮面を被り、科学者の肩書きで隠し続けてきたこの牙がかの君のために研がれていたとするならば、何故あの大戦でそれを剥かず隠し通したのか・・・否、隠し通すしかなかったのか。

だんまりを続けるジェレミアの首筋に突きつけられた深紅の刃とは別に、痺れを切らしたらしく纏う空気を冷やした男は日差しを受け銀に輝くナイフをのんびりした仕草で取り出し構えた。



「君の忠義は確かだけど、選択のときを間違えた。・・・ボクは主の喪失にこれ以上耐えられるほどマゾヒストじゃないんだよねぇ」



歌うように軽やかな口調で、飢餓感すら感じる渇望を湛えた声音で言い放ち、





道化師
     子供の無邪気さ
          嗤った



「さよならだよぉ、ジェレミア卿」














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管理人コメント

ちょっとイっちゃってるロイドさん。
一回書いてみたかったんです、盲目で狂人一歩手前な人を。
ナナリーやら(きっと本人解ってないですが)コンビニ氏に厳し目
ですが、ナナリー実はそんなに嫌いじゃないです(説得力皆無)
しっかしルルさま出てないですね!次こそ出しますよルルさま!
というわけで、続きます。