今日も彼はそこへ赴く―――
日の光をたっぷり呼び込む南向きの窓辺に据えられたベッド。
風に揺れる白いカーテン。
穏やかなときが流れる室内で、ベッドに眠る人だけは時が止まったように日々変わりなく静かだった。
夢のように美しく安らかな光景に、いつもながら扉口から一歩踏み込んだまましばし見蕩れていたロイド・アスプルンドは、ゆっくりと美しい夢を作り出す彼の元へ近寄った。
壁際にはこの部屋に不似合いな心電図が設置されており、眠る人の心拍を明確に捉えて安定したリズムを打っている。
安らかな寝顔。長い睫毛は頬に柔らかな影を落とし、薄い胸は緩やかに上下して深い呼吸を繰り返し彼は眠っている。
うっすらと開いた唇は笑みすら象っていて、彼が目を覚まさずとも幸せな夢を見ていることが伺えた。
「今日は、なんの夢を見ているんでしょうねぇ」
夢の中まで会いにいければいいのに。
くだらない自分の発想に苦笑しながら、一方では現実になればどれほどいいかと考えている自分を知っている。
一度ここを訪れた魔女には、
「そんなものなくともこいつは死にはしないさ」
といつもの小馬鹿にした笑いをつけて言われたが、それでも――僅かでも彼の状態を伺い知れることができるならと取り付けたのだ。
彼が見ている夢が、穏やかなものだと思える道具になるかもしれないと。
彼の傍に跪き、最小限の栄養摂取しかしていなくとも変わらず細く滑らかな繊手を取って白い手の甲に口付けを落とす。
そうしてから、ようやく近くにあった椅子を引き寄せ腰を下ろした。
ピクリとも反応を返さない手は包んだままに。
半ば日課となり始めたその儀式を済ませ、ロイドは静かに口を開いた。
「聞いてくださいよぉ、ルルーシュさま。今日は・・・」
目覚めぬ彼に、ロイドは語りかける。
今日の天気から世界の情勢、世間に起こった出来事、新しく変化する技術の模様、身近だった者達の転身・・・毎日来ても語りつくせないそれは、本来ならばルルーシュが見ていたはずの出来事。
ほんの少しでも、彼の気を引ければいい。
自分が生きている世界に惹かれて彼が戻ってきてくれれば。
「今日やっとフロートシステムの簡略化に成功したんです。兵器がどんどん機械に変わってますよぉ」
ある日は長く研究していた成果を運んで、彼が望んだ“優しい世界”、特に彼の妹が自由に動ける世界へと近づいているという報告をしてみたり。
「今日は暖かいですねぇ〜どこかへお出かけしましょうか」
日差しの柔らかな日には特性の車椅子を持ち出して、眠ったままの彼を外へ連れ出してみたり。
「C.C.に会いましたよ。諸国漫遊ピザ巡りの旅だとか。世界一美味しいチーズの組み合わせを探すんだそうで」
彼が最後の大戦までずっと大事に思っていた魔女の消息を掴んでは、彼が叶えると約束した“笑顔の未来”を迎えているかを話してみたり。
「いい香りでしょう?オレンジがオレンジ作るなんて、共食いもいいとこですよねぇ」
収穫の時期には枕元に“オレンジ”が育てたオレンジをいっぱい置いて、味は無理でも香りで彼に示してみたり。
「今日はセシル君が初めてまともにおにぎり作れたんです。梅おにぎりに感動って低レベルかなぁと思うんですけど。・・・あなたの手料理が恋しいですよ」
他愛の無い身近な話題のついでに自分の要望までちゃっかり織り交ぜて主張してみたり。
返事の無い語り口を止めることもできず、目覚めぬ存在に痛みさえ抱いて。
ある日。
健康と呼ぶには程遠い白さの、しかし確かな生のぬくもりを宿す頬に触れ、彼の目元を隠す前髪を払って形の良い額に口付けを落とす。
「ねぇ、そろそろ起きてください・・・・・・・・・ルルーシュ様」
長いようで短い時間を過ごし、最後に彼を呼ぶ声はいつも切なく震えていて。
離れたくないのだと叫ぶ感情を押さえつけ、身を切る思いで繋いだ手を離し、ロイドは世界へ続く扉を潜る。
「いってきます、ルルーシュ様」
帰る場所は
彼の元
と定めて
そして今日も、彼は愛しい主に会うため揺り篭へ赴く。
彼の唯一が目覚めるときを迎えるために。
管理人コメント
父からコードを奪っていて不死の体になっているにまだ起きないルルさま。
実はCの世界に入っていてロロやシャーリーやユフィに幸せな足止めを喰らっている模様。
ただこの話、あまりに待つ年月の長さに我慢できなくなり遂にルル様の唇を奪っちゃうロイドに白雪姫よろしくルルさまが覚醒するという落ちがつきます。
C.C.のキスで魔王が目覚めるならロイド氏のキスでルルさまが目覚めてもいいじゃないか!というささやかな主張でした。